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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
12/145

熟練度

「で、このボロ雑巾どうすんの。死んで入口に戻るなら、止めを刺した方が早くない?」


 さっきまでの取り乱した態度が嘘のように、イリアンヌは動けないライトを足で小突く。


「ライトちゃんを回復させないと困るでしょ。この散らばった鉱石とかゴーレムも解体して、収納袋へ入れてもらわないとね」


 辺り一面の地面は鉱石の礫により陥没し、もはや平らな地面など何処にもない。


「じゃあこの回復薬使ってー。高性能の回復薬という売り込みで仕入れたんだけど、怪我した部位に直接塗りこまないと効果を発揮しないし、回復の際に激痛が走るから全く売れないの!」


 ミリオンが自分の収納袋から取り出した物体は、どす黒い液体で満たされた瓶だった。

 その液体はボコボコと水面を泡立てている。ミリオンが蓋を開けると、鼻をつく刺激臭が周囲に漂い、イリアンヌとキャサリンはその場から飛び退る。

 どう見ても回復薬には見えない代物だ。


「わ、私なら絶対拒否するけど、ライトにならいいんじゃないの」


「そ、そうね。激痛はここの住民やライトちゃんには関係ないから大丈夫だけど。たぶんそれ、売れなかった理由そこじゃないわよ」


「そうかなー。いい香りもするし、オススメなんだけど。ええと、それで、この薬誰が塗る? 」


 回復薬を取り囲み、三人は顔を見合わせる。


「まあ、あれよ。その回復薬には触りたくもないけど、みんなが無理なら……いやいやだけど、私がするしかないわね」


 イリアンヌが回復薬に手を伸ばすが、キャサリンがその手首を掴んだ。


「無理しなくていいわよ、イリアンヌちゃん。ここはお姉ちゃんに任せなさい。私が、全身くまなく、隅々まで塗りたぐってあげるからぁ。ハァハァ、ライトちゃんも安心して、身を任せるのよ。ハァハァ、その筋肉に直接触れてみたかったのよぉ」


 充血した目で呼吸も荒く、両手の指がまるで別の生き物かのように怪しく蠢いている。

 ライトは今までにない窮地に陥っているのを察した。逃げようにも全身の怪我で体がピクリとも動かない。先ほど顔に回復薬を垂れ流しされたおかけで、口だけは辛うじて動くようなので、慌てて制止に入る。


「大……丈夫ですから。少し待っていただければ、魔力も回復して『治癒』が使えるようになりますので」


 その言葉にキャサリンの十本の指が動きを止めた。


「本当に無理してない? いいのよ、お姉ちゃんに全てをさらけ出して」


 キャサリンは人差し指を口にくわえて、体をくねらせている。


「ええ、魔力保有量はそれなりですが、魔力回復は早いので治癒一発ぐらいなら、数分のうちに」


「でもでも、こんな所で無防備な状態でいていいのー? 他の敵がきたら、やばいと思うけど」


 非戦闘員であるミリオンは心配らしく、辺りをキョロキョロと見回し落ち着かないようだ。


「それは安心してください。あのメタルゴーレムはこの階層にいるボスなので、倒したあとは敵が出なくなりますよ。それが永遠の迷宮でのルールですから」


 この迷宮には各階層にボスが配置されている。そのボスを倒した者のみが、次の階層に進む権利を与えられる。

 そして、倒した後は一度迷宮を出るか、別の階層に進んで戻ってこない限り、その階層に敵は現れなくなる。


「ほんっと、便利仕様よねここ。利用する側としてはありがたいけど。んじゃ、どうする? これが回復するまで、みんな寝っ転がってぼーっとしとく?」


「イリアンヌちゃんの提案は魅力的だけど、ちょっとライトちゃんに聞きたいことがあるのよ。いいかしら」


「構いませんよ。時間つぶしにもなるでしょうし」


「それじゃあ、遠慮なく。さっきのことなんだけど、あの全身光ったの……魔法なの? 結構色んな冒険者と共に戦ってきたけど、一度もあんなの見たことないわ」


「ああっ! それ私も気になった!」


「私もー! 私もー!」


 頬に人差し指を当て、頭をひねっているキャサリンの両脇で、残りの二人が元気に手を挙げている。


「あれは、ただの上半身強化と下半身強化ですよ」


「んなわけないでしょ」


 イリアンヌは手の甲でライトを叩く。怪我人であろうと、ツッコミは忘れないらしい。


「その魔法ぐらい私でも知っているわよ。あれでしょ、初歩中の初歩魔法で、使い道がない魔法だってことぐらい」


「確かー、全身強化の魔法があるから、使われないのですよね」


「一般的な認識だとそうですね。この魔法は全身強化とほぼ同じ筋力増強効果なのですが、魔力消費量が全身強化と、ほぼ同量なので実質同じ効果を得たいなら、倍の魔力消費量が必要となります」


「効果が一緒で消費量が倍なんて誰が使うのよ。あ、いたわね」


 イリアンヌは半眼でライトを見下している。


「とまあ、表向きはそうなのですが、他にも使われない理由があるのですよ。タイプの違いです。全身強化は発動型。上半身、下半身強化は放出型になるのです」


「「発動型? 放出型?」」


 キャサリンとイリアンヌが首をかしげる隣で、ミリオンだけは平常だ。


「魔法職でない二人には馴染みがありませんよね。魔道具技師であるミリオンさんはご存知のようで」


「うんうーん。魔道具も同じようなタイプに分かれているから」


 ミリオンが頷くたびに、頭のリボンが大きく揺れている。


「発動型とは、その魔法を発動さえしてしまえば術者がどうなろうと発動し続ける魔法です。つまり、全身強化を自分や誰かに掛けたあとは、術者が気絶しようが殺されようが、持続時間内であれば、全身強化の効果は消えることがありません」


 そこで一度区切り、理解できているか二人の様子を窺う。

 納得しているように見えたので、ライトは先を続ける。


「放出型の方は、発動後も術者が魔力を放出し続けなければなりません。故に、術者が気絶や殺害されれば魔法の効果は消えます。何らかの原因で、集中力が途切れても効果が消えますので、使い勝手はお世辞にも良くありません。それに、上半身強化と下半身強化は比較的維持も簡単な魔法なので、二つ同時に発動も可能ですが……発動中は他の魔法は一切不能となります。あと、自分以外に掛けることも叶いません」


「なにその、クズ魔法。自分のみで他の魔法も無理になって、使っている最中は魔力が垂れ流し状態って、そんなの使うやつがいるわけないじゃないの――って、ごっめーん、ここにいたわー」


 イリアンヌは失言に、両手で口を押さえる振りをしているが、完全に目が笑っている。


「イリアンヌの言い方はあれだけどー、それじゃあ、その魔法使う人がいるわけないよね」


「そうね。私も聖職者だったら、ライトちゃんには悪いけど、その魔法には見切りをつけるわ」


 言い方は違えども二人も同意見のようだ。


「私もそう思いますよ。全身強化が覚えられていたら、この魔法には見向きもしなかったでしょう。ですが、他に道はなかったので使い続けていると熟練度が上がったらしく、ある日、魔法の放出量を上げることにより、効果を飛躍的に上昇させることが可能になったのです」


 ライトは何故そんなことが可能になったのかを、薄々感づいていた。

 魔法の熟練度が上がると魔法の威力が上がるのではなく、熟練度が上がれば上がるほど、その魔法に注ぐ魔力量を増量できるようになることを、ライトは実戦での経験により理解していた。


「そして限界近くまで魔力を放出した結果が、あの状態です。身体能力が三倍以上に跳ね上がってはいますが、魔力消費量が尋常ではないレベルなので使ったあとは、魔力が空になることが多いですよ」


 実際の話、以前に聖イナドナミカイ学園の生徒を助けた時も、魔力量が空になった状態を指摘されると面倒だったのでライトは姿を消した。


「でもー、それって冷静になって考えてみると、大発見じゃない? 使い道がないと思われている上半身下半身強化魔法も熟練度を上げれば、進化するなんて。この情報高値で売れる! 商売チャンスがきたー!」


 拳を振り上げ、天に向かって吠えているミリオンを少し冷めた目で、ライトは眺めている。


「盛り上がっているところ申し訳ないですが、おそらく無意味かと。まず、この魔法を今の状態で使えるようになったのがつい最近です。幼い頃から、ほぼ毎日戦闘に明け暮れ、この魔法を命懸けで毎日何度も使い続けてきた自分でさえ、十五年はかかってます。普通の方なら何十年かかるのでしょうね」


「そ、それでも、価値は……」


「それに、他の人がここまでたどり着けたとしても、身体能力が三倍に跳ね上がれば、肉体がついてこれません。全身の筋肉が断裂してもおかしくないでしょう。それ以前に激痛で動けなくなる可能性が高そうですが」


「で、でも……」


 降って湧いた儲け話をまだ諦めきれないようで、なんとか抵抗しようと反論を口にしようとする。


「ミリオンさん大事なことを忘れていませんか。聖職者の殆どが、前に出て戦うことはないのですよ」


 ライトの止めの一言に、ミリオンは完全に沈黙する。

 もっとも、神官戦士ならば可能性はあるのだが、ライトはそれを黙っていた。

 ライトは、この熟練度における魔法の変化に気づいたのは自分だけではないと考えている。聖光弾や治癒魔法にもライトの魔法は変化が生じている。つまり、他の魔法も熟練度が上がりさえすれば、能力が変化する可能性があるということだ。

 それを、魔法関連の組織が把握していないわけがない。知ったところで条件が厳しく、何十年かけ苦労して熟練度を上げても使い勝手が良くなるとは限らない。なので、公表してないだけなのではないかと。

 だとしても、情報として公開しても良さそうな話なのだが、それはまた別の理由があるのではないかと、ライトは睨んでいる。

 どちらにせよ、ライトには関係のない話であり関わりたくもないので、この話は、うやむやにしておきたい。


「何にせよ、この長い歴史においてこれを発見したのが私だけとは思えません。魔法関連組織の上層部では案外常識なのかもしれませんよ。おそらく、情報としての価値は皆無でしょうね」


 ライトの容赦のない追い打ちに、ミリオンが崩れ落ちている。


「さてと、大変お待たせしました。魔力量もある程度回復できましたので」


 ライトの体も少しだが動くようになってきている。ゆっくりと右手を自分の体に押し付ける。


「今から治癒を発動させますので、ミリオンさんとキャサリンさんは少し離れてください。治癒には聖属性が含まれています。仮初の体である、お二人には聖属性は毒なので」


 死者の街で仮初の体を与えられた者は誰しもが闇属性となる。人間は基本無属性であるため、聖属性に触れても害はないのだが、この街の住民にとっては自分の存在を消されかねない。

 二人はそれを承知しているので、かなり距離をとった。イリアンヌは関係がないと、ライトの隣から動いていない。


『治癒』


 回復した魔力の大半を使いきり、治癒を発動させた。

 ライトの手を中心とした、半径二メートルの地面が円形に光り輝く。その光は目も眩むほど輝きを増し、天に向かって吹き出す光の柱と化した。

 その光が止むと、ライトはおもむろに立ち上がり、体の調子を確認するために屈伸や柔軟を始める。痛む部位もなく、無数の傷も全て消えていた。

 あれほど傷つけられ、満身創痍だった体が完全に回復している。


「目がぁぁっ。目がああああっ」


 ライトと共に光に包まれていたイリアンヌが、過剰な明るさに目をやられたようで、目を抑えて地面を転がっている。


「治癒の光なので大丈夫でしょう」


 ライトは気にしないことにした。

 離れた場所から、こっちを見ていた二人は目を見開き、何か言いたそうに口を開きかけたが、左右に頭を振り黙り込んだ。

 二人は今日一日で驚くことに疲れたらしく、大きなため息を一つ吐いただけだった。

 


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