争奪戦1
この日、死者の街は復興を始めてから最も活気があった。
「団体客の方は、広場から北西の方向に宿泊施設がありますので、そちらをご利用ください!」
「飲食店は商業区にありますので、看板通りに進んでください! 迷った時は住民に気軽にお尋ねください!」
「死者の街名物、巨大メイス焼き美味しいよー!」
「大会の会場はこの道を真っ直ぐ進んだところにあります! 押さないでください! 客席は充分残っていますので!」
ギルド員や生前接客業を経験していた者を中心に、死者の街の大広場で大声を張り上げ、この街を訪れた旅人へ説明、誘導している。
復興以来、初めて一般の人にも門を開き、簡単な身体検査と入場料のみで町への滞在を許している。その訳は、今日から開催されるイベントの為だ。
次々と訪れる人の波をこの街の物見台の上から眺めながら、一人の女が口元を邪悪に歪めていた。
「ふふふふふっ、まさかここまで盛況だとは思わなかったわ。この数日で復興資金の一割は補えるんじゃないかしら。さーって、あっちの方に移らないと」
その女は長く白い髪をたなびかせ、物見台の上から躊躇いもなく飛び降りる。
十メートルはある高さから落ちてきた女を見て、この町の住民以外は叫び声を上げるのだが、何もなかったかのように着地し、歩き出した女性を呆然と見送るのだった。
街の入り口から真っ直ぐ北に進むと、急遽建てられたにしては立派過ぎる、巨大な円形の建造物が人々を待ち構えている。
その巨大な建造物の入り口には垂れ幕が掛けられていて、そこには『ライトアンロック争奪戦』と無駄に達筆な文字で書かれている。この文字は最近死者として街にやってきた、書道家の先生に頼んだそうだ。
表の入り口は観客用なのだが、奥に回れば本大会の出場者専用の出入り口があり、そこには多くの参加者が並んでいた。
「これ多すぎるだろ……何でライト一人にこんなに人が集まるんだ! おいおい、あいつは一体どんだけの女と接点があったんだよ」
「流石です、ライト様。こんなにも人気があったのですね。未来の旦那様……私の勝利を祈っていてください」
ファイリが多すぎる人々を睨みながら愚痴をこぼしている隣で、メイド長は現実逃避もかねて妄想の世界へ逃げ込んでいる。
「どう考えてもおかしい。ライトの知名度と変に美化された噂話が集まったとしても、この人数はあり得ないだろう」
「てかさ、男の参加者多すぎない?」
ロッディゲルスが辺りを見回しながら感想を口にし、イリアンヌがうんざりした顔でこの場には場違いな筈の男性参加者を眺めている。
今大会の本命と噂されている四人は、異様な数の参加者に驚きを隠せないようで、律儀に列に並びながら自分たちの敵になりそうな相手を観察している。
イリアンヌは、とある参加者を熱心に見つめている。見るからに高価なドレスを身に纏い、気品あふれる仕草が場違いな線の細い女性。これは敵ではないと感じたのだが、その隣に立つ細剣を腰に携帯している金髪の女性が問題だと判断する。動きに隙が無く、ドレスの女性と雑談を交わしながらも、周囲の警戒を怠っていない。
メイド長はファイリの専属メイドをやっていた配下のメイドたちが参加しているのを、目の端で確認する。彼女たちはメイド長の命令により今回の戦いに参加している。
ロッディゲルスは多くの参加者に紛れて姿は見えないのだが、妙な闇の波動を放っている人物の存在を感じ取っていた。悪魔か魔族が参加している可能性が高いと、今も探っているのだが相手の隠蔽技術が上回っているようで、尻尾を掴ませない。
ファイリは『神眼』を発動させ、参加者の能力を調べている。何人か、ファイリたちに匹敵する魔力を内包する者がいるようで、心の中で数名の要注意人物をピックアップしている。
大会の予選が始まる前から、この大会へ意気込みが他とは違いすぎる数名の戦いの幕は、既に上がっているようだ。
参加者全員が会場へ進み、戦いが繰り広げられる場である地面がむき出しの中心部に集まっていく。建物の天井は開放されている造りで、見上げれば薄暗い空が見える。
全員が集まったのを従業員が確認すると扉が閉められた。
『参加者の皆様方、ようこそいらっしゃいました。私はこの街の代表者です』
突然上空から響いてきた声に、参加者全員が反応し一斉に声の元へ顔を向ける。
そこには、天から射し込む一条に光に照らし出された美しい女性が一人佇んでいた。
磨き上げられた白銀のように艶やかな白い髪を首に巻きつけ、大きく胸元の開いた漆黒のドレス姿で立っている。
彼女がいる場所は、参加者たちを取り囲むように設置された頑丈な壁の上で、壁の厚みは大人が余裕で寝そべられる、分厚さがあった。
壁の向こうには観客席がずらりと並んでおり、座席は全て埋まっていた。収容人数は三万人近いという話である。
「予想以上の参加者の人数に正直驚きを隠せません。では、ここで参加人数を発表させていただきます。総勢、四百三十五名。その内訳は、女性が二百十二名。男性が二百二十三名となっています」
その発表に参加者と観客の一部がざわつく。動揺が表に出ているのは主に死者の街在住の参加者と一部の観客の様だ。男性参加者は殆ど騒いでおらず、他の参加者にも動揺の色は見えない。
「はいはい、騒がないでくださいね。男性参加者が多い理由は大方見当が付いています。では、ここで改めて優勝者が得られる権利を発表します」
ライトとの結婚を本気で臨んでいる参加者は、真剣な眼差しを死を司る神へ向けているのだが、多くの参加者は若干冷めたような目つきをしている。
「優勝者にはライトアンロックとの結婚を前提とした付き合いを認めます。これは口約束ではなく、もしライトアンロックが付き合いを拒絶した場合は、結婚以外の頼みごとをライトアンロックが一つ叶えます」
その言葉に結婚への興味がなさそうな参加者たちが目を輝かす。
「その条件なのだが、質問いいだろうか?」
参加者の一人である、背中に大剣を二本背負った大男が手を挙げる。
死を司る神は小さく頷くと「どうぞ」と先を促す。
「本当にどんな頼み事でも構わないのだな?」
「ええ、ですがライトが叶えることが可能な事に限定されますし、永続的に従えというのは無理ですよ」
「ならば、我が国の戦争への参加や、魔境への調査への同行、Sランクの魔物討伐というのはどうだ?」
「何の問題もありません」
参加者の大半が同じような目的だったのだろう。その答えを聞き先程よりも大きなざわめきが生まれる。
「さて、まだ説明が途中でしたね。優勝者の特権の一つとして、結婚を前提としたお付き合いの権利を他人に譲渡することができます。もちろん、譲渡した相手との付き合いをライトが拒絶した場合、先程の権利が譲渡相手にも発生します」
冒険者風の参加者はこれが狙いだったようで、確言が取れたことにより口元に邪悪な笑みを浮かべている。
「詳しい条件やルールは説明後に配布される、小冊子をご覧ください。ちなみに一冊千五百となっていますので、財布の確認を。後でそんなルール聞いてないという苦情は一切受け付けませんので、隅々までご確認ください」
そこら中から「金取るのかよ」という声が死を司る神の耳に届くが、聞こえない振りをしている。ちなみに小冊子の製作販売を行っているのは、イリアンヌ率いる紅蓮流道場の面々である。
「では、今から予選の内容を発表します」
武力で物事を解決するという情報のみが伝わっており、どうやって戦うかという事前情報は全くなかったので、ざわついていた参加者は一斉に押し黙り、死を司る神の発言に注目している。
「参加者を八つのグループに分け、バトルロイヤルを繰り広げてもらいます。つまりグループの全員で戦ってもらい、最後まで勝ち残った二名を本選への出場者とします。そして、そのグループ分けの方法なのですが、早い者勝ちとさせてもらいます」
死を司る神がすっと手を挙げると、周囲を取り囲んでいる壁の前に八つの闇の塊が現れ、闇が凝固し漆黒の扉へと変貌する。
見たこともない闇魔法に驚き警戒する参加者たちを尻目に、死を司る神は説明を続ける。
「この扉の先は全てが異空間へと繋がっています。戦場は全て異なる地形となっていますので、どれを引き当てるのか、運も実力の一つと考えてください。そうそう、この扉の先で大怪我や万が一殺されてしまっても、五体満足でこちらへ生還できますので、ご安心ください」
両開きの扉が重厚な音を響かせ、ゆっくりと開いていく。
闇魔法に異空間。それどころか死をなかったことにする。ただの大会では信じられない発言の数々に人々は、あの噂が本当だったと確信していた。
ライトアンロックは神を倒し、神と同等の存在になったと。
ライトの力を目当てにしていた一同の戦意が一気に上昇し、ギラギラと欲望にまみれた瞳を怪しく光らせている。
「では、どれか一つ扉を選んでください。一度入った扉からはグループの勝者が決まるまで出ることができません。それに扉ごとの規定人数に達するとその扉は閉まりますので、ご注意を」
チームで参加していた者が結構いるようで、仲間内で集まりどの扉に入るか相談を始めている。扉に恐る恐る近づき、軽く指でつついている者も少なくない。
ファイリ、イリアンヌ、ロッディゲルス、メイド長の四人も集まり顔を見合わせている。
「お前たちとは本選で戦おう」
「そんなこと言って、予選で負けないでよ」
「我々の本当の戦いは、最後に取っておくべきだ」
「そうですね。私もできることなら、主や皆様の道をこの手で閉ざしたくありませんので」
四人は最後に自信満々の笑みを浮かべ、お互いの手を打ち鳴らすと別々の扉へと入っていった。
優勝候補筆頭である四人の動向を見守っていた参加者の一部が、彼女たちの姿見えなくなったのを確認して動き始める。
巨大な黒馬に跨ったまま、四人とは別の扉へ入っていく若い女。その女の動きを陰から見守っていた白銀の鎧を着こんだ青年が、女の後に続いて同じ扉へと身を投じる。
四人組の冒険者の一行が、一人の小柄な女性に促され渋々といった感じで、扉へ押し込まれていった。
この場に相応しくないドレス姿の女性と、その従者であろう背の高い女性も一緒に扉の中へと進んでいく。
他にも歴戦の戦士風の男。
何の飾り気もない白のワンピースを着た幼い女の子。
体長が四メートルはある、フード付きのマントで覆われた確実に人ではないもの。
ライトの邪魔をする為だけに参加したらしい死者の街の住民。
妹に懇願され参加を決意した姉。
何故か割烹着姿の若い女性。
周囲のいい男を物色している心は乙女のスキンヘッド。
揃いも揃った曲者たちが次々と扉の中へと消えていく。
半分以上の人が腹をくくり予選会場を決め進んだ頃、一人の人物が動き始めた。
漆黒の仮面で顔を覆い、サイズが大きすぎるロングコートを身に纏った、顔どころか性別すら不明の人物が八つの扉を見回している。
そして、大会の本命と言われている四人の女性を避けるように、別の扉を選び進んでいった。