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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
外伝
116/145

妄執

 今際の際で男はまだ諦めきれなかった。


「ここで死ぬわけにはいかぬ! やつを……やつを倒さなければ……」


 涙ぐむ多くの弟子に囲まれ、男は息を引き取ろうとしていた。だが、男はまだ生きて修行を積み、ある男への復讐を果たしたかった。

 男は思う、我ながら傲慢な人生であったと。

 生まれ以て得ていた才能を充分すぎる程いかし、男はその世界での頂点に立つ。


「ワシを超えるものなど何処にもいない」


 と公言するほど自惚れていた。いや、自惚れではないと信じていた。実際、あの日を迎えるまで男を超えるものなど存在せず、誰も男に歯向かう者などいなかったのだ。


 しかし、その考えは覆される。

 弟子や観衆の目の前で、敗北を喫したのだ。

 弟子は負けを認められず相手を罵倒したが、それを見抜けなかった自分が未熟だっただけの話。今になってそう思う。

 あれから、男は精進に精進を重ね、毎日、刃を振るい、いためつけ、得意としていた炎と水の扱いに磨きをかけ、老体に鞭打ち鍛錬の日々を過ごした。

 もう一度あいつと戦い、勝利を収める。男の活動原動力はそれのみだった。

 技を究めることに集中し、今まで適当にあしらっていた弟子への育成にも力を注いだ。自分が届かなかった場合、弟子の誰でもいいので勝利を掴んでほしい。そこまで相手に執着し、執念を燃やしていた。

 だが、男の願いは叶わない。

 どれだけ強い想いがあろうと、精神がまだまだ生へ執着していようと、寿命から逃れることはできなかった。


「あやつに……あやつの悔しがる顔を……み――」


 それが男の最後の言葉だった。





「兄ちゃん、今暇?」


 森から大量の木を収集してきたライトは、木材を乾燥場所へ並べている最中に声を掛けられた。

 聞き覚えのある声に振り返ると、太陽を連想させる眩しい笑顔を浮かべたマースがそこにいた。


「今日はえらくご機嫌ですね」


「うん! ちょっとね、いいことあったんだー。それに、今日はあの四人もいないしぃ」


 マースが口にしたあの四人とは、ファイリ、イリアンヌ、ロッディゲルス、メイド長のライバル四人衆の事である。彼女たちは今、永遠の迷宮へ潜っているので、夕方ぐらいまでは帰ってこないという話だ。

 彼女たちのことが嫌いと言うわけではないのだが、ライトのことに関しては何歩も先に進まれている自覚はあるので、過剰に意識している。


「でねでね、今から大丈夫?」


 頬が触れ合うぐらいに顔を寄せてくるマースを手で制し、ライトは少しだけ考えた。

 木材を運び込んだ後は復興具合の確認をする予定だったのだが、それは急ぎの用ではない。時間も昼には早すぎるが今から休憩を取っても、さほど問題はないだろう。


「はい、この木材を出し終われば大丈夫ですよ。何か用事ですか?」


「やったー! ええとね、ちょっと付き合って欲しい場所があるんだ。ほら、最近商業区が話題になっているでしょ」


 話を振られてライトは思い出した。共同住宅のホールでミミカやキャサリンがそんな話題を口にしていたことを。


「活気が出てきているそうですね。有名なデザイナーが街にやってきて、服飾関係が活発になっているとかどうとか」


「うんうん、そうなんだよ! でね、そういうところの視察って大切でしょ! 兄ちゃんは警備とかも担当することが多いから、大事だと思うんだそういうの!」


 女心に鈍いライトでも、マースの口調や動作から何を言いたいのかを読み取っていた。


「なるほど……一度見て回った方がいいようです。マース、付き合ってもらえますか?」


「うん! あ、ちゃんとした服着て来てよ! じゃあ、二十分後に共同住宅の前で集合ね!」


 何度も振り返っては全力で手を振りながら去っていくマースに、ライトも軽く手を振り返しておいた。


「マースも色々と大人びてきましたね。知らない場所での買い物は独りでは心細いものですから、ここは兄代わりとしてしっかりとエスコートしなければ」


 今一、わかっていないライトだった。





 健康的な美脚を惜しげもなく晒しているショートパンツ姿のマースは、嬉しさを隠そうともせずにライトの腕にしがみ付き、鼻歌交じりで商業区を散策している。


「兄ちゃん、兄ちゃん、そろそろお腹空かない!?」


 異様にテンション高く迫ってくるマースに違和感を覚えながらも、ライトは静かに頷く。


「そうですね。そろそろ昼食時ですか」


「だよね! でね、最近噂になっているレストランのランチ券持っているんだ! 昨日、近所のおばちゃんからもらったの! でね、でね、一緒に行って……くれる?」


 恥ずかしそうに身を縮ませライトの袖を指先で掴み、上目使いで潤んだ瞳を向けてくる。

 ライトはそっとマースの頭に手を当てると、優しく微笑んだ。


「喜んでお付き合いさせていただきますよ」


「やったー!」


 マースは表情をガラッと変えると、その場で嬉しそうに飛び跳ねている。


「まだまだ、子供っぽいところがありますね」


 と歳上目線で語るライトと


「……キャサリン姉、ありがとう。言われた通りにやったら、上手くいったよ!」


 とほくそ笑むマースの姿があった。


「兄ちゃん、こっちこっち! ここだよここ」


 マースが指差す方向には、真新しい二階建ての建物があり、入り口の上に掲げられている看板には『食事処』という文字が書かれているだけだった。

 そこが有名なレストランというのは間違いではないようで、まだ昼には少し早いというのに屋外まで人の列が伸びている。ライトはざっと数えてみたのだが、百人を超えたところで数えるのを諦めた。


「これだけ人がいて、入れるのですか?」


「うん、これ予約しているから。じゃあ、いこう!」


 マースに手を引かれ行列の脇を進み、入り口の店員に券を渡す。

 美少女に手を引かれているという状況に、男性客から嫉妬の視線が絡みつくがライトの顔を確認すると、何故か皆、一瞬にして納得する。


「マース様ですね。ご予約承っております。こちらへ」


 促されるままに店内へと足を踏み入れたライトは、思わず声を漏らす。


「いい雰囲気のお店ですね」


 落ち着いたインテリアと無駄に飾り気を出さずにシンプルに抑えられている内装。食事に集中して欲しいという店主の心遣いが感じられる。

 一番奥の窓際の席に腰を下ろし、ライトにしては珍しく、期待に満ちた表情で料理を楽しみにしていた。


「いい店だろ兄ちゃん! 味もそうなんだけど、値段もお手頃ですっげえ人気なんだよ」


「そうですか。きっと店長が素敵な方なのでしょうね。これは料理も期待させてもらえそうです」


 何を頼んでいいのかわからなかったライトだったが、マースがお勧めする料理を一通り頼み、次々と運ばれてくる料理に舌鼓を打つ。

 全てが素晴らしく、食べ終えた二人は感嘆のため息を吐いた。


「満足。この一言に尽きますね」


「兄ちゃんの料理も大好きだけど、ここの料理も凄いね」


 マースはそう言うが、ライトは自分の料理の腕では足元にも及ばないことを理解している。勝負を挑もうという発想さえ浮かばない圧巻の味。


「気に入っていただけましたかな」


 余韻に浸っていたライトを現実に引き戻したのは、落ち着きのある渋めの声だった。

 ライトは姿勢を正すと、挨拶に来た料理長へ向きなおる。

 そこには、柔和な笑みを浮かべた初老の男性がいた。

 ライトとコック姿の初老の男性は笑顔で向かい合っていたのだが、初老の男性の顔が徐々に歪み始め、マースが何度か瞬きしている間に憤怒の表情へと激変している。


「き、き、貴様はライトアンロック!」


「おや、久方ぶりですねアジリーさん。こちらへやってきたのですか」


 いつもと変わらぬ薄い笑みを貼りつけ平然と返すライトを、視線で人が殺せるのではないかと思えるほどの殺気を込めて睨みつけるアジリー。

 状況が掴めずにあたふたしているマースを尻目に、二人は見つめ合う。

 何事かと立ち上がった客の視線が二人に集中するが、ライトの姿を確認すると全員が席に腰を下ろし、視線だけを向けている。

 この街の住民はライトの事を良く知っている為、この程度の騒動では全く動じなくなってしまっているようだ。


「ここであったが運の尽きじゃ! あの時の屈辱を忘れたことは無い! もう一度、わしと勝負しろ!」


「お断りします」


 意気込む相手に対し即答。相手の気勢を削ぐような切り返しだったが、それぐらいで静まる怒りではない。


「ワシとの勝負が怖いか! 勝つ自信が無いのであろう!」


「はい、勝てないでしょうね」


「……戦いもせずに、負けを認めるというのか?」


「ええ、戦うまでもありませんよ。私が勝てる見込みなど皆無に等しいでしょうから。前回も普通にやっていたら絶対に勝てていませんし」


 戦おうともせずに負けを認めたライトに対し、アジリーは何も言い返すことなく、大きく息を吐くと、その顔から怒りの感情がすっと消える。

 老人とは思えぬ覇気のあった姿が見る影もなく、疲れ果て今にも崩れ落ちそうな弱々しい姿の老人がいるだけだった。


「何の為に……ワシは一体何の為に腕を磨いていたのじゃ……こやつに勝つ、それを叶えられなかったことが未練で、成仏もできずこの街へ来たというのに……ワシはどうすれば」


 ライトは静かに立ち上がると、気落ちする老人に優しく語り掛ける。


『アジリーさん。料理とは勝敗を付ける為のものでしょうか。私はそうではないと思っています。食べる相手の事を考え、喜んで欲しい。それが料理人として最も大切なことではありませんか』


 前回のアジリーとの戦いで、卑怯な手を尽くして勝った男の台詞とは思えない。

 臆面もなくライトの口から放たれる、説得力が皆無な言葉の数々。だというのに、その言葉を耳にしたアジリーや聴衆の心に何故か染み込んできた。


『貴方の料理人としての信念は何処にいったのです? 美味しい物を作りたい。そんな思いは消えてしまったのですか?』


「美味しい物を作りたい……か。そうだった、そうだったな。ワシは子供の頃から美味い物が大好きだった。この世界で最も美味しい料理が食べたい。それが料理人になる原点じゃった」

 産まれつき『神味』を所有していたアジリーは誰よりも味覚が優れていたが故に、幼少の折から食に対して人一倍欲求が強かった。だが、アジリーの舌を満足させるような料理に出会うことは無かった。

 ならば、自分で満足する料理を作ればいい。それが、料理人を目指した切っ掛けだった。


『ここには普通では手に入らない食材を永遠の迷宮で手に入れることができます。あの時、私が使用した食材を使ってみたくはないですか』


「光翼竜の肉かっ。それ以外も見たことのない食材が山のようにあったのう。あれをワシが使えばもっと素晴らしい料理が、味わいが……」


『アジリーさんさえ宜しければ、私が永遠の迷宮で手に入れる食材をこちらへ回しても――』


「本当かっ! 今更嘘とか言わぬだろうな!」


『本当ですよ。私もあの食材で作られた貴方の料理を食べてみたいですから』


 その言葉に感動を覚えたアジリーはライトの手を包み込むようにして握りしめる。

 二人は和解し、今後も長い付き合いとなっていく間柄へと、関係が劇的な変化を遂げる。






「兄ちゃんは、やっぱ良いこと言うよな。心にガツンときた! 柄にもなく感動しちまったよ」


 レストランからの帰り道、マースからの羨望の眼差しを浴び、ライトはいつもの薄い笑みを崩しはしないが、でも何処かばつが悪そうに頬を指で掻いた。


「まあ、台詞は以前読んだことのある小説から抜粋していますからね。それに『神声』を発動させていましたので……するりと心に入り込んだことでしょう」


 『神声』を利用した一種の洗脳のようなものである。


「に、兄ちゃん、それってズルくないか」


 マースのライトに対する尊敬度が少し減ったようだが、ライトは全く気にしていない。


「でもさ、それなら、そんな面倒なことをしないで、勝負受けてあげても良かったんじゃ?」


「それも考えたのですが、おそらく私が負けたらアジリーさんは満足して成仏されることになるでしょう。そうなると、現在発展途上中の死者の街にとって、宣伝材料の一つを失うことになってしまいます。あのお店は国内外を問わず、この街へ人を呼び込むことができますから」


 一応、この街の事を考えているようだが、救える魂を救わずに、この街に定住させ続ける。元とはいえ聖職者として、取るべき行動ではない。


「打算もあるのですが……正直な話、かなり期待しているのですよ。アジリーさんから譲り受けた『神味』を満足させてくれることを」


 以前、『神味』を所有していたアジリーと同様に、ライトは舌を満足させる味を求めていた。『神味』を発動させなければ、普通に料理を味わえるのだが、美味しい料理を口にする場合、発動させると味覚が跳ね上がり例えようのない快感が全身に広がるのだ。

 その分、雑味や不快な味も多く感じ取ってしまうので諸刃の剣となる。

 自分で料理の道を極めるという手段もあるのだが、ライトにはやるべきことが多く料理に手を出す余裕などない。ならば、やれる人にやってもらえればいいだけの話。


「まあ、後は――」


 ここで唐突だがこの街における、冒険者の経済の流れを説明しよう。

 冒険者が永遠の迷宮の魔物から仕入れた素材を冒険者ギルドへ売り、利益を得る。

 冒険者ギルドは買い取った素材に適切な処理を施し、この街の商人や職人に売りつけるという流れになっている。

 ライトは鉱物や素材で武器防具に使える物は直接キャサリンへ売り、余った素材である魔物の肉等の食材を冒険者ギルドへ持っていくというのが、今までの流れだった。もちろん、冒険者ギルドは無料で奉仕するわけではないので、いくらかの手数料を頂くことになる。

 しかし、これからはその食材もアジリーに直接売り捌くことが可能となる。これにより、中間搾取していたギルドを通さずに済むようになり、ライトの収入は更に伸びることになった。


 つまり、そういうことである。

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