男が好きな武器防具職人
キャサリンの朝は早い。
まだ日が昇らない時刻に起き、工房の炉に火を入れる。
そして、今日取り掛かる武器防具、その他の材料に声を掛けていく。
「みんな、今日もよろしくねぇ~」
当人以外誰もいない部屋で、陽気な挨拶をするスキンヘッドの大男。絵面として中々にきついものがあるが、キャサリンにとっていつもと変わらない日常である。
「あ、そうなんだ、へぇ~。最近扱いが悪いのね。ちゃんとご主人様に伝えておくから安心してね。え? あんまり強くは言わなくていいですって。もぅ~、何だかんだ言ってラブラブなんだからぁ」
かなり年季のいっている片手剣とキャサリンが話し込んでいる。
会話内容は主婦の井戸端会議のように聞こえるのだが、キャサリンに言わせると、これもちゃんとしたメンテナンスの一環らしい。
「ライトちゃんがイリアンヌちゃんから『神聴』譲ってもらったおかげで、私もまた使えるようになって助かったわ。ああっ、ライトちゃんとの魂の繋がりを感じるぅぅぅ!」
キャサリンの言っていることは間違いではない。ライトに一度倒され、メイスの中に封印された五人。エクス、ロジック、ミミカ、キャサリン、土塊は今も、ライトと魂の繋がりが残っている。
その為、ライトが手に入れた特別な贈り物を本来の持ち主であったキャサリンも使用することができるのだ。
「よっし、じゃあ、今日も仕事始める前にっ」
軽い足取りで工房の隅に置かれている本棚に向かう。
そこには、武器防具制作に関する参考資料や、キャサリンのメモが大量に挟まったお手製の教本等が詰め込まれている。
無数の本や書類の中から、ピンクの表紙でかなり大きなサイズの本のようなものを取り出す。
一枚一枚、まるで芸術作品を見つめているかのような真剣な眼差しで、吟味しながらめくっていく。
「あら、先週来たこの子、野性味があって素敵じゃないのっ! やだっ、こっちは大人しそうだけど冷たい目つきがそそられるわ~。逆に夜は凄かったりするのよね、こういうタイプって!」
それは、死者の街にいるイイ男だけを集めたアルバム。キャサリンの一番の宝物だった。
今でこそ、この街でその名を知らぬ者はいない程の男好きで、心は自称乙女なキャサリンだが、昔からこうだったのではない。
キャサリンが転換期を迎えたのは、まだ男としての生を謳歌し、カーマインと名乗っていた頃……数百年も前の話である。
キャサリンことカーマインは、名の売れた防具職人の末っ子として生を受ける。
産まれた直後、両親――特に父親は大喜びし、歓喜の涙を流していた。
何も知らない人が見れば、少々大袈裟にも見える父親の喜びようだったが、それには理由があった。
齢四十五にして、初めて授かった男の子であったからだ。
カーマイン以外に子供がいなかったわけではない。むしろ子宝に恵まれていた。
だが、何故か十人目の子であるカーマイン以外、全て女の子だったのだ。この世界において女性の防具職人というのは存在せず、武器や防具を扱う鍛冶関係の仕事は全て男性の仕事と認識されていた。
どうしても後継ぎが欲しかった父親は、夜の営みを何度も何度も頑張り、多くの子を儲けたのだが全てが女の子という状況。心が何度も挫けかけそうになったが、それでも諦めず、半ば意地になりながら授かった待望の息子である。
九人の姉に囲まれすくすくと成長していくカーマイン。
物心ついた頃から、防具の素晴らしさや、職人の大切さを父親から毎日聞かされていたカーマインは、父の半ば洗脳とも言える押しつけを嫌がることなく、自然に職人の道を進んでいった。
その頃のカーマインの性格は、女性を尊重しながらも、男らしい態度で弱い者の味方をし、礼儀正しく近所の評判も良い少年だった。それに加え、見た目もかなりの美形で、本人にその気が無くても言い寄る女性が後を絶たない。
だが、九人の姉が可愛い弟に変な虫をつけさすまいと、常時誰かが見張っていたので、親しい女性ができることが無いまま思春期を迎える。
色恋沙汰に縁のない青春だったが、それでも満足していた。毎日、職人の技術を父親から教わっていたカーマインには父親に対して、一つ疑問があった。何故、父は防具だけを売り、武器を売ろうとしないのか。
父親にはポリシーがあった。それは武器を売らないこと。彼は人を守る何かを作りたかったのであって、人を傷つける武器を好まず嫌悪していた。
腕の良い防具職人というのは防具の性能を最大限に引き出す為に、武器にも精通していなければならない。防具専門に作り続けてきた父親だったが、武器の腕もかなりのもので多くの冒険者や貴族に武器制作を頼まれてきたが、一度も頷くことはなかった。
そんな父親の元にある日、国からの使者が訪れる。厳重に封印を施された書簡に書かれていた内容のあらましはこうだ。
近々、近隣諸国との大きな戦争が始まる。よって、職人は武器を献上せよ。質と量の優れた品を納めた者には、褒美を取らす。
カーマインの父親はその書簡を握り潰すと使者を追い返した。
その行いが王の耳に入り、武器を納めることを渋っていた他の職人への見せしめもかねて、カーマインの家は国の兵士に襲撃される。
冒険者を兼業していた両親と姉たちの激しい抵抗も虚しく、カーマインを除く家族の全てが無残にも殺されてしまう。
命がけで逃がされたカーマインの腕には、父が今まで培ってきた技術の全てが書き込まれた書類が、強く、強く抱きしめられていた。それがたった一人生き延びたカーマインにとって、残された唯一の家族との繋がりであった。
カーマインはこの日より、キャサリンと名乗ることになる。若くして散った姉たちの代わりに心だけは女性として生きることを誓い、男としての人生を捨て去ったのだ。
キャサリンが逃げ込んだ先は母国の隣であり、戦争が始まれば真っ先に潰される可能性が高い小国だった。
そこで、キャサリンは産まれついての才能で父の残した技術を取り込み、昇華し、殺傷能力の高すぎる武器を幾つも作り出す。
この時代に作られたキャサリンの武器は人壊武器と呼ばれ、手にした者の殺意を増幅し、人をいかにして殺し壊すことを極めた呪われた武器として名を残す。
当時の話をキャサリンはこう語っている。
「あの頃は若くてね、全てが憎くて憎くて、あの国を亡ぼせるなら何でもするって感じだったわ。若かったのね、私も」
母国が滅ぼされたころには、キャサリンの憎しみも薄れ、怒りに任せた自分の行いを恥じ、山奥に引き込むことになる。
だが、職人としての腕を見込んで、多くの人が訪れることとなり、面倒になったキャサリンはその国から姿を消した。
「まあ、その後色々あって、死んだと思ったらここにいたのよ。もっとも、死んでからの方が波瀾万丈な気はするけどね。どう感動した?」
共同住宅のホールでしかめ面の土塊が演奏する、やる気のない音楽に合わせて自分の過去を喋っていたキャサリンは、ホールにいる人々に感想を求めている。
「まあ、良い話なんだがよぉ……」
「流石にね……」
「何十回も同じ話を聞かされると、ただの雑音と一緒よ……」
うんざりした表情の三英雄がいる。メイスの中で共同生活をしていた、土塊も含めた四人には聞き飽きた話の様で、大きなため息を吐いている。
「まったくぅ、話がいのない子たちね。で、ライトちゃんはどうだった?」
「人に歴史ありですね。素晴らしい話だと思いましたよ。人壊武器ですか……相棒のメイスもその頃に作られたのですか?」
ライトは机のわきに立てかけてあるメイスに視線を移した。
虚無の大穴が開いたあの日、偶然手に入れた逸品。あれから何度も自分の窮地を救ってくれた、掛け替えのない相棒である。
「ん、その子はね、死者の街に来てから作ったのよ。ある日、私の技術の全てを注ぎ込んだ何かを作りたいって思って、半年かけて生み出したのがその子よ。言い方は良くないけど、気まぐれの産物かな……あ、ごめんなさい! 違うの、そういう意味じゃないの。貴方の事も愛しているわよ! 嘘じゃないってば!」
話の途中でメイスに向かって謝りだしたキャサリンを眺めながら、ライトはメイスの柄を撫でる。
「そうでしたか。そのおかげで相棒と巡り合えたのですね」
「あら、ふーーん。あんなにへそを曲げていたのに、ライトちゃんに撫でられるだけで、機嫌治っちゃうんだ、へぇ~」
ライトには違いがわからないが、どうやらメイスの怒りが収まったらしい。
キャサリンは聞こえるというのに『神聴』を所有しているライトには武器防具の声が、そこまで鮮明には聞こえない。まだ能力が馴染んでいないのか、それとも別の要因があるのか、未だに判明していない。
ニヤニヤと意味深な笑みを浮かべているキャサリンに、ライトの両隣にいつの間にか陣取っていた四人の女性が怪訝な表情になる。
優しい笑みのライトと無骨なメイス。一人と一本の触れ合う光景を見て、四人は何か思うところがあったようだ。
「キャサリン、ちょっといいか」
「何、ファイリちゃん」
「一応、聞いておきたいんだが、その何だ……武器や防具に性別ってあるのか?」
ファイリの疑問は他の三人も考えたようで、机に身を乗り出しキャサリンの返事を聞き逃すまいと耳を傾けている。
「あるわよ? まあ、どっちでもない子が多いんだけど、使い手に影響されて性格というか性別が現れる子が結構いるわね」
四人の表情が曇り始める。どうも嫌な予感が止まらないらしく、額に薄らと汗がにじみ出ている。
「あーその、なんだ。一応聞いておきたいのだが。ライトのメイスには性別があるのかな?」
ロッディゲルスの問いかけに、キャサリンは意味深な笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いた。
「も、ち、ろ、ん、可愛い女の子よ」
四人がほぼ同時にライトへ向き直る。
気のせいだとは思うのだが、ライトのメイスを撫でる手つきが艶めかしく見えてしまう。それに、撫でられている漆黒のメイスに、ほんのり赤みが差しているような気がする四人だった。
「な、ないとは思うんだけどさ……もしかして、私たちの一番のライバルって」
「相棒のメイスではないですよね」
イリアンヌの呟くような声に同調して、メイド長が続く。
あり得ないとはわかっているのだが、ライトの表情といつも接している対応を見る限り、メイスへの扱いが一番丁寧で、愛情にあふれているというのは間違いないだろう。
「あらあら、大変ね貴方たちも。まあ、もしもあの子とライトちゃんがくっつくというのなら、私は泣く泣く祝福するけどね。可愛い娘の好きな人を奪うなんて……はっ、それはそれで背徳的な感じで、興奮するかも!」
不審な目でこちらを見つめる女性陣と、目の前で妄想の世界に入り込み身悶えているキャサリン。そんな彼女らに目もくれずライトはメイスへ語り掛ける。
「貴方は無口で助かります。これからもよろしくお願いしますね、相棒」
ライトはメイスに触れている手が一瞬、熱くなったような気がした。
キャサリンファンの方々お待たせしました。