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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
外伝
113/145

朝が憂鬱な回復職

 ライトアンロックの朝は早い。

 まだ日が昇る前に目を覚ます。と言っても、死者の街は常時雲に覆われている為、眩しい日差しを感じることはないのだが。

 それでも、復興前と比べれば天然の光が少しは差し込むようになっている。


「さてと、今日も日課を始めますか『聖光弾』」


 光の神を討伐したあの日、『聖光弾』が進化して『神光弾』が扱えるようになったのだが、死者の街は闇属性の者が殆どなので『神光弾』の光が強すぎて悪影響を与える為、使用を控えていた。

 ライトの手の平から飛び出した光る球は、天井付近で停滞し室内を明るく照らす。


「やはり、寝起きは光を浴びなければ目覚めた気になりませんね」


 復興前からここで暮らしていたライトの日課。朝日代わりの『聖光弾』浴びなのだが、以前は闇の魔素が強すぎる街で、体に蓄積された闇属性を光属性で中和するという重大な役割があった。

 だが、復興中の死者の街ではその必要がない。闇の神と死を司る神の助力により、この街の闇の魔素は調整され、普通の人間が暮らしても支障がないように抑えられている。

 なので、ライトの行為は意味のないただの習慣であり、感覚的な問題である――筈だったのだが、最近は別の効力が重要性を増しているようだ。


「ぐああっ!」


「目が、目があああっ!」


 ライトの個室で女性二名の呻き声が響く。

 大きく息を吐き出し、ライトは無言で『聖光弾』の光量を上げる。


「きゃあああっ!」


「やめてくださいませっ!」


 部屋の隅に置かれているベッドの直ぐ隣の床に闇が広がり、そこから白い燕尾服姿の美形が浮かび上がってくる。

 もう一人、ベッドが接している壁にメイドが上半身だけを出した状態で、目を押さえている。


「毎日毎日懲りませんね。いい加減諦めたらどうです?」


 ライトが光を弱めると、二人はベッドの隣に立ち服装の乱れを確認した後に、澄ました表情でライトに挨拶をする。


「おはよう、ライト。少し早くついてしまったようだ」


「おはよございます、ライト様。お召し物を用意いたしましょうか」


「今更取り繕っても遅いですよ。準備ぐらい自分で出来ますので、この部屋から出ていってもらえますか。今から着替えますので」


 ライトはそう言うと部屋の扉を開け、出ていくように促す。「我が寝間着を脱が――」「目覚めのキスをまだし――」抵抗する二人を部屋から追い出すと、扉の鍵を閉めようとしてその手を止める。

 扉の向こうに追いやられた二人はこの場から離れていったようだが、ライトは眉をひそめたまま部屋を見回している。


 ここは復興二年目に入り、ようやく出来上がった二階建て共同住宅の一室なのだが、質素な部屋で良いとライトは言ったにも関わらず、何故か通常よりも広めのサイズで部屋が出来上がっていた。

 まるで、二人暮らしを前提にしたかのような部屋の大きさと設備である。

 寝巻き用の簡素な上下に、法衣が十着。あと下着ぐらいしか持っていないライトには不釣り合いな、巨大な備え付けのタンス。

 ダブル、いや、キングサイズはあるベッド。

 ライトには全くもって必要のない化粧台。

 それが初めからこの部屋には設置されていたのだ。ライトが頼んでもいないのに。


「誰かの悪巧みを感じずにはいられませんね」


 頭に浮かぶのは、白い髪を首に巻きつけ高笑いをする母と、その後ろでほくそ笑んでいる女性陣の姿だった。


「さてと、残りの掃除を終わらせましょうかね」


 ベッドの足元に移動したライトは、縁に手を掛けベッドを持ち上げる。

 その下には口元が引くついた状態で手を振るファイリの姿があった。


「何をしているのですか、元教皇の身でありながら」


「ベッドの下というのは少し冷たくて、案外過ごしやすいな」


 最早言うことは無いと、ライトは静かにベッドを下ろす。


「おい、何か言えよ!」


 くぐもった声が聞こえてくるが、ライトは当然無視をする。

 次に大きめの窓に向かうと、窓を開け放った。その窓の外ではなく手前に露出度の高い黒の服を着たイリアンヌが、憂鬱な表情で外を眺めている。


「あ、奇遇ねライト。こんなところで会うなんて」


 素早くカーテンを閉じた。

 この部屋に自分の居場所はないと確信したライトは、部屋から出ると一階へ降りていく。一階には食堂兼憩いの場であるホールがあり、後は炊事場とトイレ風呂の設備がある。

 食堂には当初専門の料理人がいたのだが、何故かその人は追い出され、今は住民が順番に料理当番を担当している。


「さて、今日の当番は」


 階下に着いたライトは、食堂脇の掲示板に目を通した。

 この共同住宅でのルールや、料理当番の名前が書かれている。今日の担当はどうやら、エクスのようなのだが……そのエクスは長机の隅で目元に穴の開いたずた袋を被せられ、体を黒鎖でぐるぐる巻きにされて転がっている。


「さてと、今日の朝ごはんは何でしょうか」


 取り敢えず、見なかったことにするようだ。エクスが何か言いたげに身をよじらせているが、ライトは目を一切合わせようとしない。

 食堂の長机の端に共同住宅の住人である、ロジックとミミカが既に座っていた。


「お二人とも妙に早いですね。おはようございます」


「寝てないんだよ……誰かさんが、闇の魔素さえ供給できたら、もっと働けるでしょ? とか言って、こき使ってくれるおかげでね」


「ライトさん知っている? 肉体の疲労がなかったとしても、精神は休養を求めているって」


 二人とも疲れきった表情で、ちびちびと飲み物を口にしている。そんな二人を見るに見かねて、ライトは労いの言葉を口にする。


「お二人ともご苦労様でした。そうですね、今日一日ゆっくり休んでください。今日お二人が担当する場所には、他の人を向かわせますので」


 思いもよらぬライトの気遣いに、二人は信じられないと目を限界まで見開き、ライトを凝視した。


「ほ、本当かい! 今更、冗談とか無しだよ!?」


「や、やったー! 今日は一日だらだら過ごすんだから!」


 喜び合う二人を眺めながら、ライトは嬉しそうに表情を緩めていたのだが、何かを思いだしたらしく、懐から手帳を取り出し今日の作業箇所を確認し始める。


「お二人が休みとなると……ロジックさんの担当予定だった現場は、ああ、専用宿舎でしたか。来年から受け入れを予定している幼女専門の」


 その言葉にロジックの肩がピクリと動く。


「今、急ピッチで建設中なのですが、少し急かし過ぎていましたね。来年受け入れは難しくなるかも知れませんが、皆さんの体の方が大切ですから――」


「ライト君! 休憩なんて必要ないさ! 食事を終えたら直ぐにでも向かわせてもらうよ」


 瞳に怪しい光を宿したロジックが、鼻息荒くライトの手を握りしめると、その手を何度も激しく上下に振っている。


「あまり無理はしないでくださいね。皆様の体が一番大切なのですから」


 俄然やる気を出したロジックを、ミミカは半眼で流し見て、呆れたように小さく息を吐いている。


「ミミカさんの担当は――」


「ライトさんが何を言おうとしているのかわからないけど、私はロジックほど容易くはないわよ」


 ライトの魂胆に気づいているミミカが釘を刺したのだが、気にも留めずに続きを口にした。


「ええと、ああ、先月この街にやってきた、あの有名劇団員さんと一緒に劇場の建築を手伝って貰いたかったのですが……お休みならしょうがないですね。何故かこの現場だけは女性の応募が殺到していますので、直ぐに埋ま」


「あ、何か急にやる気出てきたわ! あれ、疲れって何だっけ! あー、仕事したいなー、体動かしたいわー」


 席から立ち上がると、腕をぐるぐると回し露骨なアピールを始めたミミカを見て、ライトは満足そうに頷いている。

 急にやる気が湧きだしてきた二人から少し距離を取り、ライトは長机の真ん中へと陣取った。席に腰を下ろし、ライトは目を閉じ静かに朝食が運ばれてくるのを待つ。

 暫くして、何名もの足音と次々と、何かが机の上に続々と置かれている音がライトの耳に届いている。それが何の音なのか『神聴』を使えば、目を閉じていても判明するのだが、あえて耳を澄ますこともなく、ただ音が止むのを待っている。

 その音が聞こえなくなり、次にやってきたのはライトの鼻孔を刺激する、多様な香りだった。

 ライトがその瞼をそっと開けると、目の前には様々な種類の料理が並んでいる。野菜がメインの煮物もあれば、豪快に盛り付けられた肉料理。繊細な腕が必要であろう、盛り付けにこだわりが見える魚料理。黄金色のスープもあれば、米を細かく切った食材と炒め合わせたものまである。

 皿に盛られた料理が合計、五つ並んでいる。

 そして、その料理の湯気の向こうに見えるのは、調理人の顔である。

 左から順番に野菜の煮物、ファイリ。肉料理、ロッディゲルス。魚料理、メイド長。スープ、イリアンヌ。米料理キャサリンとなっている。


「皆さん、朝食には重すぎると思うのですよ」


 いつもの薄い笑みが今は、少し無理があるように見える。


「今日の煮物はいつもより味付けを薄めにして、さっぱりさせているんだ。結構自信があるぞ」


 ファイリが料理の皿に手を添え、ライトの方へと少し押し込む。


「朝食は一日の原動力だそうだ。消化しやすいようにミンチ状にした肉を焼いてある。中にチーズも入れておいた。我ながら上手くできたと褒めてやりたいぐらいだ」


 ロッディゲルスが自慢げに胸を張ると、包帯の巻き付けられた指で料理の皿を押す。


「今朝、市場に並んでいた新鮮な魚を捌いてまいりました。収納箱で運ばれてきたものなので、鮮度は落ちていません。お早目にお召し上がりください」


 魚の切り身の上に作り立てのソースが掛けられ、メイド長が微笑みながら皿を、誰よりもライトの近くへ持っていく。


「ったく、みんなわかってないわね。朝は汁物が一番いいのよ。重い物は寝起きの体が受け付けないからね」


 イリアンヌは片目を閉じて、自分が一番ライトを気遣っていると主張し、周囲の敵に挑戦的な視線を飛ばしている。


「あなたたちね、一応、品目が被らないように気を付けているみたいだけど、もう少し自重しなさいな。ごめんね、ライトちゃん。前に、米が食べたいって言っていたから、作ってみたんだけどぉ、一口だけでいいから感想もらっていいかしら?」


 ハートのアップリケが付けられたエプロンを装着した巨漢のスキンヘッドという、気の弱い子供なら泣きだしそうな見た目のキャサリンが、口では一口だけと言いながら、山盛りの料理を見せつけている。

 誰も、ライトの意見は聞いていないようだ。もう、言うだけ無駄だと悟っているのだが、それでも最後のあがきとばかりにダメで元々言ってみたのだが、やはり無理だった。

 ライトは食事について悩んでいた。これだけの食事量を朝から平らげる。普通の男性ならかなりきついだろうが、ライトは元々大食漢であり、怪力を振るうことによりエネルギーの消耗が激しい。全てを平らげても昼前には消化できる自信はある。

 問題はそこではない。ライトが本気で悩んでいることは……どれから先に口を付けるか。その一点である。

 ライトを見つめる、あの期待に満ちた目。先に食べてもらえることが勲章と言わんばかりの表情。たぶん、今、どれを先に食べても角が立つ。

 いっその事、全部同時に口に入れるしかない。そう決断しかけたが……残念なことにライトに口は一つしかなく『悪食』の能力はなかった。


「今日はちょっとお腹の調子が悪く――」


 即座にファイリから全ての状態異常を治す『解呪』の呪文が飛んでくる。逃げ道は何処にもないようだ。

 万策が尽きた。普通の人ならそう諦める場面だろう。だが、ライトは違う。今まで幾つもの修羅場を潜り抜けてきた実績がある。窮地に陥った時の発想力が常人とは違う。


「あ、でも無理ですね」


 あっさり諦めた。

 いつの間にか体を黒鎖で固定され、足元には対象相手の行動を一切封じる魔法陣が張られていた。自由になるのは顔と腕のみのようだ。

 『神力開放』で強引に突破するという手段もあるのだが、苦労して建てた新築の建物を壊す気にはなれず、そして何よりも重要なことがあった。


「あのですね、毎日、全員で料理作って持ってくるのを、いい加減やめてくれませんか」


 これが死者の街におけるライトの日常である。


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