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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
111/145

エピローグ1 復興

「もう少しで死者の街跡地へたどり着ける。油断するなよ!」


 野太い声を上げたのは、全身を黒く染めた全身鎧で身を固めた大柄な男だった。その背には身長とほぼ変わらぬ長さの大剣が備え付けられている。


「相変わらずの大声ですね。以前より強くなっているとはいえ、危険な領域に変わりないのですから、もう少し慎重に」


 中肉中背で生真面目そうでありながら、動きの端々に鋭さを感じさせる青年が、眼鏡の鼻当てを人差し指でくいっと上げる。もう片方の手には全ての指に色の異なる宝石が埋め込まれた指輪を付けており、その一つ一つが魔法の発動体となっているようだ。


「皆さん真面目にしてください~。死者の街跡地での異変調査を成功させたら、私たちはAランク冒険者なのですよぉ。冒険者の憧れ、超一流の証ぃ。うひひひ、想像するだけで、涎がぁ~ふへぇへぇ~」


 司祭以上の位の者が着ることを許されている、純白の法衣を着こんだ小柄な女性が、目を輝かせながら口元を拭っている。その瞳には今、輝かしい未来予想図が広がっているのだろう。


「あんさん、聖職者としてかなり上の地位なんやろ? 相変わらずの物欲剥き出しはどうにかならんのか? 金は既に結構貯まってるやん」


 頭を左右に振り、肩をすくめている青年の両耳は鋭く尖っていて、その特徴は森の民と呼ばれるエルフのものである。弓の名手と呼ばれているエルフの青年の左手には、神木から削られた材木で作られた弓が握られている。


「あれから、三年か。ライトさんが最後の戦いに赴き、連絡が途絶えてから長かったな。あの戦いの生き残りである俺たちや、人将軍が何度もライトさんの活躍を訴えても、国や教団は聞き入れず……光の神も未だに、イナドナミカイ教の象徴として祀られている始末だ。それどころか、ライトさんが騒ぎの元凶だという与太話まで広まっている……くそがっ!」


 全身鎧男は厳つい顔に涙を浮かべ、零れ落ちないように天を仰ぐ。

 その視線の先には薄暗い雲が広がっているが、以前に来た時よりも暗雲は薄く、仄かにだが日の光が感じ取れる。


「今更なのですが、死者の街にまつわるあの噂は本当なのでしょうか。その為に調べに来ているとはいえ、にわかには信じがたいのですよ」


 眼鏡青年が顎に手を当て考え込みながらも、周囲へ視線を走らせ警戒は怠っていない。


「本当だとおもうよぉ~。だってぇ、教団ではかなり騒ぎになっていて、私が調べに行くって言ったら、必要経費とか言って結構な金額出してくれたからね~。今は大人しい振りして貰っといてあげるけどぉ、Aランクになって発言力が増したら、あの老害共に目に物見せてくれるわ、ふふふふ」


 聖職者に似つかわしくない邪悪な笑みを浮かべると、低い声で笑い始めた。

 仲間の三人はそんな女性から距離を取り、遠巻きに眺めている。


「どす黒さが吹き出とるで。しっかし、ここまでの道のり以前と比べたら随分楽になったなぁ。わいらが強うなったんもあるし、嬢ちゃんの聖属性魔法の威力が上がったのも大きいんやけど、それにしてもちょっと弱体化してへんか?」


「それは~、去年あたりから、腐食の大地に大量発生していた闇属性の魔物が一掃されて、急激に弱体化したらしいよぉ。その代わり、今から通る死の峡谷は、以前より敵が強化されてAランクの魔物も結構出てくるから気を付けて~って、みんなから言われてきたぁ」


 無邪気な笑みを浮かべ、そう言い放った小柄な女性を、仲間の男性たちが目を見開き凝視している。

 そして、予め打ち合わせしていたかのように一斉に口を開く。


「「「何で、その話をしなかった!」」」


「え~、だって聞かれてないしぃ」


「そういう問題じゃないだろ! お前は何で毎回大事な部分を話さないんだ!」


「いい女はちょっと抜けている方が魅力的なんだぞぉ」


 全身鎧男に怒鳴られても動じることなく、小柄な女性はくねくねと体を揺らしながら、甘ったるい声を出して誤魔化そうとしている。


「腹黒いのには慣れましたが、いい加減、物忘れが激しいのどうにかしてくださいよ。実年齢を実際はもっと誤魔化していません?」


「むっかつくわね、この眼鏡。その無駄に高価だった魔道具の眼鏡に指紋つけまくるわよぉ」


 頬を膨らませ、両手の人差し指を伸ばし眼鏡のレンズを触ろうとするが、眼鏡青年が懸命に止めている。


「わいらの方がむかついてるっちゅうねん。Bランクぐらいなら問題はないんやけど、Aランクが複数でこられると、流石にきついで」


「じゃあ、このまま帰っちゃうの? 死者の街跡地で動きがあり、あの街に再び死者や魔物が集まっている可能性がある。この情報を確かめる為に頑張ってきたんじゃないの。私は今更引く気はないからねぇ」


 腰付近まで伸びた髪を指に巻きつけ、さっきまでの悪ふざけした態度は鳴りを潜め、真剣な眼差しの小柄な女性がいる。


「そうだったな……ライトさんが命がけで守ってくれた世界を、今度は俺たちが守る。その為に俺たちはもっと強くならなければならない。Aランクは通過点に過ぎない。いずれはSランクとなり、ライトさんの勇猛さと行いを世に知らしめないとな」


 全身鎧男の力強い発言に、仲間たちは表情を引き締めると同時に頷く。

 全員の強い思いを再確認すると、彼らは躊躇うことなく前へ踏み出した。初めてここを訪れた時とはまるで別人の、頼もしい冒険者の姿がそこにあった。





 それから十数分後、彼らは次々と湧き出てくる敵を薙ぎ倒し、死者の街跡へ急いでいる。

 ゴブリンやオーガといった名の知れた魔物の体から、人間の手が八本生えたヘッドハンドや、褐色の骸骨ハードスケルトンを危なげなく処理していく一行は、死の峡谷、最後の難所と呼ばれていた石橋に差し掛かる。


「ここを抜けたら、あとちょっとで死者の街や! みんなきばっていくで!」


 エルフの青年は仲間に注意を促しながら、前方に現れた闇属性の魔法を次々と射落としていく。


「懐かしいわぁ。前はここで確か挟み撃ちにあってライト様に助けてもらったのよね!」


「そういう不吉な発言には気を付けてくださいよ。前もそんな会話をしていたら、ブラッドマウスが現れたのですから――あんな風に」


 走る速度を落とすことなく駆け抜けていた小柄な女性は、過去を思い出して瞳を潤ませている。そんな彼女に苦言を呈した眼鏡青年だったが、橋の接岸部付近から現れた魔物を見てため息を吐いた。


「あんさー、ここってやっぱ、口にしたら現実になる呪いか何かかかってへんか?」


 二体のブラッドマウスの姿を見て、エルフの青年も眼鏡青年に釣られたように、ため息を吐く。


「以前なら助けを求めて焦る場面だが今は、な」


 走る足を止めず、そのまま橋を渡りきると、四人組はブラッドマウスに怯むことなく襲い掛かった。

 全身鎧男が牽制も兼ねた大振りの横薙ぎを放ち、ブラッドマウスが攻撃に移る際の予備動作の出鼻を挫く。

 足が止まったところに、六連続で射出された矢が顔面に突き刺さる。

 そこに眼鏡青年の指にはめられた金色の指輪から飛び出した、二条の雷撃が体を打ち抜き、焦げた臭いと煙を漂わせているブラッドマウスに、無数の光の弾が降り注いだ。

 碌に抵抗できずに消滅したブラッドマウスたちに目もくれず、四人は目的地に向けて走り続ける。

 ブラッドマウス二体を片付けてから、闇の魔物たちは全く姿を見せなくなり安全に、死者の街跡地前へ到着した。


『ようこそ、新しい死者の街へ! 新たな猛者がやってくるのを、首を長くして待っておったぞ!』


 以前彼らが来た時よりも、真新しい立派な門と扉がそこにあり、扉の前には首なし騎士が以前と変わらぬ格好で二体並び、槍を構えている。


「え、あれ、死者の街は滅びて廃墟と化したって話だよな!?」


「そ、そうやな。わいもそう聞いとったで」


「そもそも依頼内容が廃墟となった死者の街で不穏な動きがあるから、調べて来いって話だし」


「この首なし騎士さんも~、前にいたよねぇ?」


 四人組はこの状況に理解が追い付かず、円陣を組み、顔を見合わせ小声で話し合っている。


『あー、お主たちは、見たところ冒険者の様だが。死者の街に何用か。要件によっては我らと戦うことになるのだが』


 槍を持っていない方の手で、存在しない頭を掻くような仕草をして、首なし騎士が四人組に声を掛ける。

 びくっと全員が身を震わせると、恐る恐ると言った感じで首なし騎士に振り返り、交渉事を担当することが多い、エルフの青年が代表して返答する。


「いやね。死者の街で何か動きがあるっちゅう話でして、それをギルドからの依頼で調べに来たんですわ。首なし騎士さん、わいら覚えてませんか? 一度、Bランク試験の時にお邪魔させてもろたんですけど」


 首なし騎士は体を斜めに傾けさせて、ない首を傾げる様な動きをしているつもりのようだ。暫く、何処から発生しているのか謎な唸り声を上げ、記憶をたどっていた首なし騎士は手を打ち鳴らすと、上半身を前後に何度か揺らした。

 あれは、おそらく頷いているつもりなのだろうなと、四人組は察した。


『お主らか! 覚えておるぞ。あの頃より立派になっておったから、思い出すのに時間が掛かってもうた。そうか、ギルドの依頼か。ならば通ってよい! わしが説明するより、その目で確かめた方が良かろう! 歓迎するぞ、勇敢な冒険者よ!』


 構えていた槍を下ろし、二体の首なし騎士は扉に手を添えると、両開きの巨大な扉を押し開いた。

 ゆっくりと内側に開いていく扉の隙間から、四人組はその身を滑らせ中へ入っていく。

 彼らが街に一歩踏み入れ正面を見据えるとそこには、整地された地面に立つ真新しい無数の建物と、行きかう人々の姿があった。

 そこに居る人々の顔には笑顔があり、入り口付近は大きな広場になっているのだが、その周辺に立てられた幾つもの露店から、活気のある声と美味しそうな匂いが漂ってきている。


「ここが廃墟になった死者の街?」


「以前と変わらない……いや、以前より活気があるように見えるよ」


「何か、思いっきり意表を突かれたんやけど」


「この魔力は、闇の波動。ここの住民は死者であり闇属性を纏っている。前に一回来た時とそこは、変わってないわ」


 男性陣三名は、物珍しそうにきょろきょろと辺りを見回し、小柄な女性は鋭い目つきで周囲の魔力や人々を観察している。


「あれ、あんたら生者かい?」


 四人組に向けて呼びかけられた声に振り向くと、そこには巨大な体躯の馬に跨った、一人の少女がいた。

 見た目で判断するなら、十代半ば、二十代はもう少し先といった感じだろう。ショートカットの髪が活発そうな雰囲気に良く似合っている。

 まだ発展途上の体だというのに、体つきは女性として充分すぎる程に発育しており、体に貼り付いた袖のない服の上からでもわかる豊かな膨らみと、ショートパンツから伸びる健康的な足が、女性としての魅力を十分に備えている。


「そうだが、死者の街は壊滅し廃墟となっていたのではないのか? 俺たちはギルドの依頼で死者の街跡地を調べに来たのだが」


「あー、なるほど。じゃあ、俺――じゃない、私も仕事しないとな。私はマース。ここで資材の運送と、訪れた人への案内説明を担当してるんだぜっ」


 序盤は頑張って、丁寧な口調で話すつもりだったようだが直ぐに諦めたようだ。


「じゃあ、町の観光がてら説明するから、後ろの荷台に乗ってくれ。さっきまで資材運んでいたやつだから、座席とかないけど気にしないよな」


 白い歯を輝かせて笑うマースに押し切られる形で、四人組は巨大な馬の背後にある、屋根もない荷運び用の荷台に乗り込んだ。


「じゃあ、出発だ! こいつは相棒のナイトシェイド号。見た目は厳ついけど、頭のいい奴だから安心してくれ。まずは町中をゆっくり進むか」


 四人組は巨大な馬が魔物のワイルドホースであると一目で見抜き、一般的なワイルドホースより一回り以上大きな馬体からにじみ出る迫力に、少し警戒しているようだ。


「さてと、観光案内始めるよー。門を潜って直ぐの、さっき皆さんがいた場所が大広場となるんだって。壊滅前にもあったらしいんだけど、その時は迷惑な来訪者たちを、捕縛するショーで盛り上がっていたらしいよ」


 マースは手元のメモ帳に目を通しながら、書かれている文章を自分なりの説明で伝えている。


「やはり、死者の街は壊滅したのかい?」


「そうだよ、眼鏡の人。ここは三年前の戦いで一度廃墟になったんだけどさ、兄ちゃんが私財を投げ打って、現在復興中だよ」


「死者の街を復興させようなんて、物好きで豪気なお方やな。あんさんの兄ちゃんとやらは」


「兄ちゃんと言っても、俺のじゃない、私の本当の兄ちゃんじゃないよ。昔、助けてもらってから、そう呼ばせてもらっているんだー」


 眼鏡青年とエルフの問いに淀みなく答え、兄ちゃんと呼ぶ人の話に差し掛かると、本当に嬉しそうな笑顔になった。


「兄ちゃんってさ、格好良くて、強くて、優しくて、すっごいイイ男なんだぞ」


「ふふふふ。マースちゃんはその人の事が凄く好きみたいねぇ~」


「うん! でも、ライバルが多くて困っているんだ。あの人たちしつこいから、兄ちゃんもきっと迷惑している筈なのに、いつも、無理して笑っててさ……」


 唇を突き出し、不満を隠そうともしない年頃の少女の姿に、酸いも甘いも乗り越えてきた四人組の冒険者は、温かい視線を注いでいる。


「あ、ごめん、関係ない話しちゃったよ。話し戻すね。で、今は兄ちゃんが出資者となって、復興中なんだけど、この街を取り仕切っているのは兄ちゃんじゃなくて――あ、丁度あそこにいるや。あの人だよ!」


 マースが指差す方向に冒険者たちが目をやると、建物の骨組みだけ出来上がっている建築中の物件前で、額に白いタオルを巻き、上下が繋がった作業用の服を着込んだ、長い白髪の美しい女性が声を張り上げていた。


「みんな、もう少ししたら休憩だから、ここだけは仕上げておきましょう!」


「お疲れ様です、死を司る姉さん! そろそろ、人員不足が目立ってきていやすが、どういたしやしょう。復興が進んできたのは良いことなんですが、慢性的に人手不足ですぜ」


 てきぱきと指示を出していた、作業服姿の死を司る神に作業員が歩み寄ってきた。頭を下げ恐縮した素振りをしながらも、現状の問題を口にしている。


「安心して、そんなこともあろうかと……実はついさっき新鮮な死者をスカウトしてきました!」


 死を司る神が軽く手を振るうと、現場前の地面が黒く染まり、そこから無数の人影が浮き出てくる。その数、ざっと五十はいるだろう。

 全員が、動きやすく頑丈な素材でできた作業服に身を包み、状況が掴めないのか慌てた様子で、辺りを見回している。


「俺たちは作業中に土砂崩れで死んだんじゃ……」


「何処だここは! 何で生きてんだ!?」


 取り乱し騒ぎ立てている集団の前に、死を司る神が歩み寄ると体から神気を解放する。

 神気に触れた者は一瞬にして黙り込み、神々しい光を放つ作業服姿の神に見入っていた。


「皆さん、落ち着いてください。ここは未練を残した死者が魂を休める場所。急な死で状況が掴めず不安なことでしょう。ですが、ご安心ください。ここでは生前と同じように働き、過ごすことができます」


 穏やかに優しく語り掛ける死を司る神の言葉は、心に沁み込んでくるようで、新たな死者たちは落ち着きを取り戻しているようだ。


「そういうことで――詳しい説明は、作業中に誰かから聞いてください。よーーっし、みんな、大工ゲットよ!」


「ひゃっはー! こりゃいいぜ! 復興が早まるってもんだ! 歓迎するぜあんたら!」


「あ、いや、どういうことなのか……」


「結構いい腕してそうだな。じゃあ、こっち手伝ってくれや!」


「え、だから、意味が……」


 歓声を上げる現場の作業員に、戸惑いながらも強引に参加させられる新たな住民を見つめ、死を司る神は満足げに何度も頷いている。


「あの美人な現場監督さん……死を司る神とか呼ばれていなかった、か?」


「死者を連れてきたとか、聞こえたんですけどぉ」


 荷台の上で目の前の状況を理解できずに四人組が小声で言葉を交わしている。


「あーうん、死を司る神さまで間違いないよ」


 あっさりと肯定するマースに、大きく見開いた八つの目が向けられる。


「兄ちゃんと一緒に復興支援中でさ、この街を統治するのは兄ちゃんが相応しいって、言ったんだけど「嫌ですよ面倒事は。母さんがすればいいじゃないですか。元々そうだったのですから」って断ったんだよ」


「ちょっ、ちょっと待って! あの方が死を司る神だと仮定して考えると、その兄ちゃんと呼ばれる人は神なのですか?」


 死者が地面から現れたのを直視した現実がある為に、死を司る神を神と認めるのには、それ程抵抗はないようだ。しかし、この街を復興している人物が金持ちの商人あたりかと算段を付けていたようで、神の息子だという事実には驚愕を隠せない。


「兄ちゃんは死を司る神さまに育てられたけど、人間だよ? あ、でも一度神様になりかけたとか言ってたような」


 マースの説明に益々訳がわからなくなった四人組だったが、今は他に疑問も多く悩むだけ無駄だと、そこの問題を考えるのはやめることにした。


「ちなみに、復興はどれぐらい進んでんだ?」


「ええとね、一割ぐらいとか言ってたよ。それでも、凄い復興速度なんだぞ。一つの街がたった三年でここまで復旧してるんだから」


 馬車が通る道も土がむき出しではあるが平らに舗装され、まだ建物の姿が一切ない区画も、地面を平らにならす作業だけは、かなり進んでいるようだ。


「じゃあ、この区画は建物殆どないから、今一番力入れている場所にいこうかな。そこに兄ちゃんも居そうだし。それに途中で冒険者ギルドもあるから、興味あるんじゃない?」


「なんや! 冒険者ギルドまであるんかい!」


「うん。建物ができたばっかで人員が不足しているから、開店休業中みたいだけどさ。近々活動を始めるらしいよ」


「それは是非、伺いたいです! 死者の街の冒険者ギルド。知的好奇心が疼きますね、くくくくく」


 眼鏡のレンズを怪しく光らせ、不気味な笑みを浮かべている仲間を、また始まったかと冷めた目で見ている。


「じゃあ、少しとばすから、しっかり捕まって! ナイトシェイド号お願い」


 大きく一度嘶くと、全身の筋肉を膨張させ、さっきとは比べ物にならない力強い足取りで、大地を踏みしめ駆け抜けていく。


「「「「おおおおおおおおっ」」」」


 激しい振動と風圧に顔を歪め、荷台から振り落とされないように必死にしがみついていた四人が、目的地前に着いた頃には息も絶え絶えで、疲れ切った表情をしていた。


「みんな大袈裟だなー。兄ちゃんなんかこの倍の速度でも、笑顔だったぞ」


 それは人間なのか? という言葉が喉元まで出かけたが、全員その言葉を吐き出す元気もなく、黙り込んでいる。


「何にせよ、目的地に到着。ここが死者の街冒険者ギルドだよ!」


 彼らの前には巨大な黒い石造りの、無骨な建物があった。冒険者ギルドの建物というよりは、戦場の拠点になりそうな要塞を小型化したと言われた方が、納得できる外観をしている。


「ちなみに建物の材質は、永遠の迷宮で採れた鉱石を惜しみなく使っているんだってさ。前に魔物に滅ぼされた教訓を生かして、いざという時にはここを避難所にするらしいよ」


 ただの冒険者ギルドにしては規模も大きく、頑丈過ぎる建物だったのには、理由があったらしい。

 建物の迫力に大口を開けて眺めているだけの四人組の耳に、妙齢の女性らしき大声が届いてきた。


「嫌だと言っているだろうが。面倒なことはもう、したくないんだよ! あれだ、ここには優秀な冒険者山ほどいるだろ。そいつらにやらせろ!」


「駄目です! 皆さん復興作業で忙しいですし、一番要領がわかっているのは――」


 生真面目な若い男性の叫ぶような声を掻き消す様に、乱暴に入り口の扉を開けて飛び出したのは、一人の四人組が良く知る女性だった。


「「「「ギルドマスター!?」」」」


 男物の飾り気のない上下を着こみ、顔には心底面倒臭そうな表情を浮かべ、逃げる気満々だった女性――ギルドマスターは懐かしい声に思わず振り向く。


「お、久しぶりだな。お前らも死んだのか?」


「生きてますよ! ギルドマスターこそ……って、死者の街でしたねここ」


 この街がどんな町であったのか、すっかり失念していた四人組だった。


「マスター逃げないでください。僕は難しいことはわかりませんが、あの人がそう言うのなら間違いありません!」


 続いて扉から出てきたのは、町中だというのに白銀の鎧を着こんだ、凛々しい顔つきの青年だった。


「あ、皆さんは! お久しぶりです! 虚無の大穴ではお世話になりました!」


 礼儀正しく頭を下げる青年の姿に、四人組が一斉に指を突き付ける。


「「「「シェイコム君!?」」」」


「はい! 皆さんも死んで、こちらにいらっしゃったのですか。丁度良かった、冒険者ギルドは人員不足なので、働いてみる気はありませんか?」


 挨拶もそこそこに勧誘を始める生真面目な青年の態度を懐かしく思い、驚きながらも口元を緩めた。


「シェイコム君。仕事熱心なのはいいんだけど、ギルドマスター逃げたよ?」


「あっ、マースさん! きょ、今日はいい天気ですね! 元気でしたか!」


「いつも通り暗雲が立ち込めているし、昨日会ったじゃないか。シェイコム君はいつも変なこと言うな」


 顔面を赤く染め、しどろもどろになりながらも言葉を何とか紡ぎ出しているシェイコムに対し、マースは小首を傾げ眉根を寄せている。

 噛み合わない二人を眺め思うところはあるようだが、四人組は口を挟まずに状況を見守っている。


「でさ、ギルドマスターの姿がそろそろ見えなくなるけど、いいの?」


「あああーーーっ! 今日こそはちゃんと説得して褒めてもらわないと! で、では、また後でマースさん!」


 慌てて走り去るシェイコムの背に、マースは手を振っている。

 四人組はギルドマスター、シェイコムという懐かしい知り合いに再会した驚きはドタバタ劇で完全に消え、懐かしい気持ちと嬉しさが今になって徐々にこみ上げてくる。


「二人と知り合いだったみたいだね。みんな、今とっても素敵な笑顔しているよ」


 その言葉に四人が顔を見合わせると、全員が今まで見たことがないような優しい表情をしていた。


「んじゃ、そろそろ本命に行くよー。また飛ばすから、気を付けて!」


 全員の笑顔が一瞬にして霧散し、必死の形相で荷台の縁を掴む姿がそこにあった。



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