鉱石発掘
徒歩十分少々離れた場所に採掘現場はあった。
草木一本生えてない荒地に、周囲は岩肌むき出しの絶壁に囲まれている。
「ここ壁面掘ればいいのよね。ほら、早くツルハシ出して始めなさいよ」
イリアンヌは鼻息も荒く、壁を指差し急かしてくる。
「そんなに慌てなくても、鉱石は逃げませんよ……あ、逃げますね」
「え、何言ってんのあんた」
ライトの意味不明な一言に、イリアンヌは呆れた表情を浮かべている。
「鉱石が逃げるわけ無いでしょ。ここの鉱石には足でも生えているっていうの。私を馬鹿にしているんじゃな――」
イリアンヌの言葉を遮ったのは、背後から聞こえる岩壁が崩れる音だった。
地響きとあまりに大きな騒音に、耳を押さえ振り返った視線の先にいたのは、全長十メートルはある巨大なメタルゴーレムだった。ゆっくりと巨体を岸壁から引き剥がすように這いずりでている。
「「うわああああああっ!」」
女性陣二人の絶叫が響き渡る。
「ここの鉱石は足だけではなく、手も頭もあるのですよ」
現れるのがわかっていたライトは、愛用の巨大メイスを構える。
「この子、凄く大きいわぁ。それにいい艶でてるわね。これは良質の鉱石かも。これ軽くAランクはいってそう。ライトちゃん私の筋力じゃ手も足も出なそうだから任せていい?」
キャサリンにうっとりした表情で見つめられたメタルゴーレムが、一歩後退したように見えたのは気のせいだろう。
「その方が楽なので構いませんよ」
「ありがと。でも、それだけじゃ心苦しいから報酬も兼ねた、これ使ってちょうだい」
渡された物は、黒光りするひと組の手甲だった。それは指の第二関節から肘の上までを覆う形だった。
「ここの鉱石で作った手甲よ。頑丈さだけを極めた、普通の人には重すぎる一品だけど、ライトちゃんなら余裕よね。ライトちゃんたまに素手で相手殴ったりして拳壊しているでしょ。痛みがなくて魔法で治るからといって、体を大事にしないのは良くないと思うの。だからもっと自分をいたわってあげてね。あと、あのゴーレムちょっと嫌な予感がするから、無理しちゃダメよ」
性別の垣根など関係なく、ライトはキャサリンから育ての母と同じような母性を感じた。
「ありがとうございます。大切にしますね」
装着した手甲は内部に余分な隙間もなく、両腕に馴染んだ。
「いい雰囲気のところ悪いんだけど、あれこっち来てるわよ!」
振り向いたライトの視線の先には巨大な鉱石が地面を陥没させながら、駆けてくる姿があった。一歩踏み出すごとに、地面の振動でライトの体が浮き上がりそうになる。
メタルゴーレムはライトまで後一歩の距離に迫ると、片足を上げ踏みつける。
質量の大きな物がお互いにぶつかった鈍い音がした。
ライトは頭の上に掲げたメイスで攻撃を受け止めたのだが、その衝撃に足場が耐え切れず、すり鉢状に地面が陥没している。
「くうぅぅぅぅっ!」
メタルゴーレムの足を振り払おうとしているのだが、ライトの怪力を持ってもその体を退けられない。
「民家の引越しを手伝った際に、土台ごと引っこ抜いて運んだライトさんでも押し返せないなんて!」
「えええっ! 何その驚きのエピソード!」
「ちょっと、無駄話している場合じゃないわよ。ライトちゃんピンチじゃないの!」
どんな場面でも余裕を感じさせていたライトが、汗を浮かべ唸り声を上げている。強化魔法を唱えたいのだが、ギリギリの状態のため、一瞬でも力が抜けると圧し潰される可能性が高い。
「仕方ないわね、私が相手の意識をそらすわ」
それはまさに一瞬。ミリオンが瞬き一つしている間に、その場から消えたイリアンヌはメタルゴーレムの体を駆け上がっていた。
「その目が飾りじゃなければいいんだけど、ねっ」
メタルゴーレムの頭部にある光り輝く二つの目らしき部位に、小さな瓶を投げつけた。
ジュワッと何かが焼けるような音と、硝煙がビンの砕けた場所から立ち上る。
「鋼鉄をも溶かすアースイーターの胃液よ!」
まるで感覚でもあるかのように、メタルゴーレムは目を両手で押さえる。
相手の体勢が崩れ、力が抜けた瞬間を見逃さず、ライトは足元から転がりでた。
「助かりました、イリアンヌ!」
「別にあんたの為にしたんじゃないんだからねっ! じゃなあああい! 何で暗殺対象助けてるのよぉ! 場の空気と勢いに流されたああああっ」
自分の犯した過ちに気づき、イリアンヌが悶えている。
「己の力を慢心していたと言わざるを得ない、失態です。全力でいかせてもらいます!『上半身強化』『下半身強化』」
ライトの全身から光の炎が立ち上る。ライトを中心に爆風が周囲へと吹き荒れ、他の三名は体の表面が痺れるような感覚を味わっていた。
その姿に脅威を感じたのだろうか、メタルゴーレムはライトとの距離をとる。そして、両手のひらをライトに向けた。
キャサリンはその動きを見て、はっとする。
「あれは、ダメっ! ライトちゃん逃げてっ!」
キャサリンはその攻撃に見覚えがあった。うっすらとしか思い出せないのだが、生前あれに似た光景を目の当たりにしたことがある。自分がどんな状況で、何をしていたのかも思い出せないが、攻撃が止んで目が覚めたら無数の屍に埋もれていた。
手のひらに大きな穴が空き、そこから無数の石礫が飛び出してきた。その石の一つ一つがライトの頭より大きく、その全てが永遠の迷宮でしか採れない鉱石だった。
「ライトォォォォッ!」
避ける隙間もないほどに空間を埋め尽くした石礫の絶望的な光景に、イリアンヌは無意識にライトの名を叫んでいた。
ライトは一瞬で考えを巡らす。聖域であの攻撃は耐えられない。それに、今二つの魔法を同時に発動しているため、他の魔法は使えない。となれば、取れる手段は一つ。
メイスでは捌ききれないと悟ったライトはメイスを手放した。右足を一歩後ろにずらし、相手に左半身だけを向ける体勢にする。胸元には手甲を付けた両手を構える。
「はっ!」
軌道を読み取り、かする程度の岩の弾丸は無視する。体に当たる攻撃のみを弾いていく。
「ふんっ!」
弾くたびに腕がしびれ、骨が軋む音がする。
「ふんっ!」
何発かは体をかすり、法衣ごと肉を削ぎ落としている。
「はあっ! うらうらうらうらうらうらうらうらああっ!」
喰らえば致命傷の恐れがある弾丸のみを、ライトは両の腕で捌く。弾き、殴りつけ、勢いを逸らし、全てを凌ぎ切る。
攻撃が止んだ地面には無数の弾丸がのめり込み、大地が荒れ果てている。
荒い息を繰り返すライトの姿は無残なものだ。法衣はもはや原型を留めておらず、ただのボロ切れとかし、左手は力なく垂れ下がり手甲は砕け散っている。左足は辛うじて体と繋がっているようだが力は全く入らないだろう。
左目も頭から流れ出た大量の血で塞がれている。左半身は完全に使い物にならない。体から吹き出ていた光の炎も今にも消えそうな、か細い光を放っている。
「ラ、ライト」
多くの人を手にかけ、数多の死体を見てきたイリアンヌでも、あまりにも壮絶な姿にかすれた声しか出ない。
他の二人は息を呑むだけで、言葉を発することができなかった。
大量の血が流れ落ち、薄れゆく意識の中、ライトはまだ希望を失ってはいなかった。本人は無意識なのだが、微かな音量で考えが口から漏れていた。
「……敵が動かない……あれは連発できるような攻撃ではないのか……魔力保有量が少ないのは……あきらめるとして……残りは治癒が一回使えるかどうか……体を完全回復しても……強化が使えないなら勝ち目はない……なら俺が取れる手段はただ一つ」
消えかかっていた光の炎が再び勢いを増す。それに応えるかのように、メタルゴーレムも再起動する。
メイスを杖に、ゆっくりとライトは前に進む。
メタルゴーレムは先ほどの攻撃に魔力の大半を注ぎ込んだらしく、ライト程ではないが、体を引きずるようにして歩みを進める。
メタルゴーレムは魔法で作られた擬似生命体であるがゆえに、魔力が減るとその能力が極端に衰える。現在の機動性能は当初の三分の一もないだろう。
静かに歩み寄った両者は、ライトの攻撃が届かないギリギリの間合いまで近寄ると、歩みを止めた。
痛いほどの沈黙が続き、先に動いたのはメタルゴーレムだった。
ライトに避ける力はないと判断したメタルゴーレムは体を限界までねじり、残りの魔力を全て込め、渾身の右ストレートを叩き込む。
ライトもメタルゴーレムと同様に体を限界まで捻っていた。この体で完全に避けるのは不可能だとわかりきっていたライトは、あえて左半身でその一撃を受け止める。
が、それと同時に体のねじりを開放し、右足に力を込め相手に向かって跳んだ。
打撃をくらい、きりもみ状態で吹き飛ばされたように三人の目には見えただろう。
だがそれは、相手の打撃力を利用し自らの回転力に相乗させた、ライトが最後の力を振り絞って放つ、起死回生の一撃への布石だった。
「砕け散れっ!」
己に残った力の全てを、メタルゴーレムの頭に叩きつけた。
その瞬間、その場にいた全員の視界が真っ白な光に満たされる。続いて頭ごと吹き飛ばされたのではないかと錯覚するかのような、音の奔流に呑み込まれた。
三人が覚えているのはそこまでだ、気がつくと三人とも、うつ伏せに倒れていた。
状況がつかめずに、頭を振っていたイリアンヌとキャサリンは現状を思い出し、ライトの姿を探す。
離れた位置で瀕死の状態で転がっている、ライトを発見すると二人は慌てて駆け寄った。
「しっかりなさい! ちょっとまって、回復薬だすから!」
「そんなにズタボロになって、馬鹿じゃないの……あんたを殺すのは私なんだからね! 勝手に死んだら許さない!」
懸命に自分を助けようとしてくれている二人にライトは力なく微笑む。
「あの、お二人共……」
ミリオンは取り乱している二人の後方から、少し怯えたように声をかけてきた。
「何よ! いま取り込み中なのわかるでしょ! ミリオンちゃんも何か有効な魔道具ないの!」
「ええとですね、あの、お二人さん」
「別にあんたが死んだって、悲しく、なんて、ないわよっ」
「ですから、話を聞いて」
「「うっさいわね! 一体何なのよ!」」
二人に睨まれ、その迫力に半身を反らすがミリオンは踏みとどまり、ある言葉を口にした。
「確か……永遠の迷宮内で死んでも、元の状態で入口に戻されるのですよね?」
白けた空気と沈黙がその場を支配した。
場の空気とは恐ろしいものですね。と、顔面に回復薬を垂れ流しされながら、ライトはそう思った。