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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
109/145

三神

 仲間の気配を感じなくなったライトは足を止め、一度だけ後方へ振り返る。


「従ってくれたようですね。ああ言ったものの、生き残る確率はどれだけあるのやら。死んだら、あの世まで追ってきそうでしたから、それだけは避けるように努力しましょう」


 自分自身へ言い聞かせるように呟くと、ライトは再び前を向く。困ったようでもあり、嬉しそうにも見える、そんな表情をしていた。


「これで合計十の特別な贈り物スペシャルギフトが備わったわけですか。さっき、一度全て発動させた感じでは、どうも予想外というか、感覚が鋭敏になりすぎているような。詳しく調べてみましょう『審査』」


 得た特別な贈り物の詳細を知るために、ライトは特に考えもなしに魔法を発動させる。

 ライトは神力開放中に加え、十もの特別な贈り物が集まり、能力が以前よりはるかに増している。そんな状態で発動した『審査』は予想以上の効果を発揮する。


「ええと、所有している能力は――『神力』『神体』『神声』『神速』『神翼』『神感』の五つですか……神……感? 何ですか、これ。残りの『神味』『神嗅』『神触』『神眼』『神聴』が消えて、代わりにこの『神感』が現れたということですか。能力の詳細は」


 『審査』の魔法発動中により、ライトが疑問に思った部分の説明が頭に浮かぶ。



 『神感』人間の感覚機能である五感、視覚、触覚、嗅覚、味覚、聴覚に相当する、特別な贈り物『神眼』『神触』『神嗅』『神味』『神聴』を所有した者が同時に全てを発動することが条件で得られる、新たな特別な贈り物である。

 五つの能力が一つに集約され、全ての能力が強化される。



「意外すぎる結果ですね。まさか、能力が融合するとは。他にも何かあるのでしょうか? ですが、さっき全部同時に発動させ――いや『神翼』は使ったばかりだったので、消していましたし『神声』も使っていませんでしたね。ならば」


 ライトは考え事をする時の基本である独り言を呟きながら、頭の中で考えをまとめると、今度は全ての能力を『神声』で口に出しながら、順番に発動させることにする。


『まずは『神力開放』これが全てのきっかけになる可能性もありますからね。更に連続で『神体』『神速』『神翼』『神感』でどうです――かっ!?』


 全ての特別な贈り物を発動すると同時に、ライトの全身を激痛が襲う。体の内部から骨が軋み、内臓が悲鳴を上げ、体内の筋肉が別の意思を持った生き物のように蠢く。

 産まれて初めて経験する、痛み、にライトは悶絶する。


「くうぅぅっ! これは、これが、もしや痛みという感覚なのですか」


 突如襲い掛かる全身の痛み、悲鳴を喉の奥で抑えつけ、地面にはいつくばり五指を大地へ突き刺し掻き毟る。

 初めて経験する痛覚。その感覚に戸惑い恐怖を覚えるライトだったが、これまでに培ってきた強い精神で何とか耐えていた。

 この場で死んだ方が楽なのではないかと思えるほどの痛みが、徐々に和らいでいき、ライトは荒い呼吸を繰り返しながらも、激痛から解放される。


「これが痛み……皆さんが怪我を恐れるわけですね。自分がしてきたことが常識外れだったということが理解できましたよ」


 背中に大量の汗をかき、法衣が背に貼り付いているがライトはそれを気にしている場合ではなかった。あの痛みが何だったのか。それを確かめる為に、激痛のあまりに解除してしまった『審査』をもう一度発動させる。

 そこには今まで所有していた特別な贈り物に加え、一つの能力が新たに現れていた。



『神人』

 人でありながら、神の境地に達した者。

 そのモノ、神と同等でありながら、あらゆる理に縛られない存在。

『神人』を所有せしモノは能力が強化され肉体は人を超越する。

 この力は創造神から与えられた特別な贈り物となる。



「…………」


 ライトはじっと手の平を見つめる。少々無骨ではあるが、指が五本備わった人間の手がある。おかしな点はない。


「はあ」


 体中を調べてみるが、以前と違う肉体の部位は見当たらない。背中に大きな羽があることを除けば、いつもと変わらぬライトの体である。


「神ですか。急にそんなこと言われましても。見た目に変化はないようですし、おや……そう言えば神気が体の周囲に纏わりついていませんね」


 ライトが『神力』を発動中は常に体が白銀の光を放っているのだが、今は薄らと光ることもなく、通常時と変わらぬ見慣れた法衣がそこにある。

 神と同等だという実感が微塵も湧かないライトは、首を傾げたまま暫くの間唸っていたが、取り敢えず実力を確かめようと、拳を握りしめると無造作に軽い気持ちで、地面へ拳を叩きつける。


「あ、痛覚が――」


 ミリオンとの戦闘で食いちぎられた手甲を外していたことと、痛覚が復活したことをすっかり忘れていたライトは、素手で地面を殴ってしまう。

 腕があっさりと肘近くまで地面にめり込むと、腹の奥まで浸透してくるような鈍い音が死者の街に響き、続いて足元が大きく揺さぶられる。

 腕が突き刺さった地点を中心に亀裂が周囲へと広がっていき、慌てて飛びのいたライトは、体が力を制御できずに後方へと吹き飛ぶ。


「拳に痛みを全く感じませんでしたが、痛みが戻っている筈なのですが。ふむ」


 力を上手く操れずに、地面と水平に飛ばされながら、ライトは痛覚の確認する為に自分の顔を殴ってみた。


「痛いですね……つまり、あれぐらいでは痛みを感じぬほど、体が強固になっていると考えて良いのでしょうか」


 まだ残っていた瓦礫や土砂が盛り上がった山、岩に次々とぶつかっているのだが、体が痛みを訴えてくることは無い。ちなみに障害物は触れただけで全て粉々になっている。


「少し飛びすぎましたか。何とか制御してみますかっ」


 得たばかりの『神翼』を羽ばたかせるようにイメージすると、空中で体が停止する。思いのほか上手くいったことにライトは気を良くすると、続いて空を舞う鳥をイメージして『神翼』を羽ばたかせる。

 体が空へと急上昇し、ライトの眼下に見える地表が遠ざかっていく。上空で動きを止め、今度は空中を縦横無尽に飛び回った。


「思った通りに動くようですね。これなら本番でも違和感なくやれそうです」


 ライトは『神翼』も含めた体の感覚をひとしきり確かめると、上空から永遠の迷宮があった場所を確かめる。

 死者の街の片隅にあった永遠の迷宮の入り口は完全に消え去り、そこには巨大な大穴が口を開けていた。


「光の神が強引に掘削でもしたのでしょうか。つくづく大穴と縁がありますね」


 しみじみと呟きライトは大きく息を吐くと、顔を両手で挟むように叩く。

 ぱんっ、という音が響き渡り、少し赤くなった頬を擦りながら、ライトは口元を歪める。


「なるほど、この痛みで気持ちが引き締まるのですね。痛みも悪くないじゃないですか」


 加減がわからず強く叩きすぎたようで、涙目になりながらも笑みを浮かべる。それはいつもの薄い笑みではなく、心の底から楽しそうな笑顔だった。


「この力も、光の神が解放された場合の本来の力を知りませんので、比較ができないので楽観視するのは早いですが、少し前までの絶望的な状況からは脱却できたようですね。では、待たせすぎるのもあれですので、行きますかっ」


 死者の街の隅に開いた大穴の縁に舞い降りると、穴を覗き込む。

 『神眼』を得たライトの目が、深淵の最奥部を覗き見る。そこには、不可視の巨大な結界があった。

 まだ封印が解かれていないのかと、ライトは結界を凝視すると、脳へ結界の情報が流れてくる。

 それは、封印の結界ではなく異空間を生み出した際に生まれた障壁であることがわかった。つまり、あの結界の奥は異空間が存在し、そこに二人の神が居る筈だということだ。


「解放された二神が、戦いにより周囲へ被害を出さないように、異空間で決着をつけていると考えるべきでしょうか」


 ライトの想像は当たっている。人々へ直接手を出すことを禁じられている闇と光の神は、お互い力を用いて、異空間を生み出した。そして、そこで思う存分、神々の戦争の決着をつけるつもりのようだ。


「今の状態なら、何とか割り込めるでしょう」


 ライトは躊躇いもせず、大穴へと身を投じる。頭から落ちていくライトは背中の白き翼をたたみ、真っ逆さまに結界へと突撃する。

 何かしらの衝撃がくるものだと、身を縮ませ衝撃に耐える身構えをしていたライトだったが、それはいつまでたってもやってこず、ライトの体はいとも簡単に障壁を突き抜けた。

 暗闇を抜けた先には荒れ果てた大地と、仄暗い空。

 そこに佇む二体の神。

 それだけしかない、空間だった。

 男の神は白をベースとした法衣を身に纏い、その法衣には金色の刺繍があらゆる箇所に施されている。金色の糸で縫われているのは、歓喜の表情を浮かべる生き物の姿で、本来なら笑うことができない動物や虫までもが笑顔を浮かべている様に見える。

 そんな煌びやかな法衣を着ている男は、見た目は二十代半ばの青年で、金色の髪に目鼻立ちの整った顔をしている。人の目を引きつける容姿なのだが、無邪気すぎる笑みを浮かべた顔は、子供なら似合うだろうが青年の顔には不釣り合いで、少し不気味にも思えた。


「あれが、本来の光の神ですか」


 空に張られていた障壁を通り抜け現れたライトは、上空で停滞し眼下の光景を見下ろしている。

 光の神の姿を凝視したライトは次に、対面する女性へと視線を移す。

 そこには母親に似た容姿の女性がいた。

 髪の色は黒で母とは違うが、顔はまさに瓜二つで、母が髪を染めればライトでさえ見分けがつくか怪しい。

 ただ、それは見た目だけで判断すれば、であり、闇の神から放たれるオーラは死を司る神など足元にも及ばぬ迫力を備えている。

 『神眼』を発動していなければ、豆粒のような大きさにしか見えない二神なのだが、ライトには、神の強力すぎる威圧感をその身に感じていた。


「これは『神人』を得ていなければ、動けたかどうかも怪しいですね」


 人が立ち向かうことすら、おこがましいと感じさせられる存在。少し前までの自分の考えが甘すぎたことを実感し、土壇場でこの力を得られたことに感謝せずにはいられないライトだった。


「おー、ライト君。着いたようだね。いらっしゃい。そんなに遠くから眺めていてもつまらないだろ? こっちまで来なよ」


 かなり距離があるというのに、まるで隣にいるかのように光の神の声が鮮明に聞こえる。それは『神人』となり『神聴』が強化されたからなのか、それとも光の神の力なのか、判断がつかないライトだったが、誘いに応じて二神の元へ飛んでいく。

 神の姿が『神眼』を使わなくてもはっきりと見える距離まで近づくと、笑顔で手を振る光の神を無視して、闇の神の隣へ降り立った。

 ライトは神々の戦いと聞いて想像していたのは、山よりも大きな神が二体で戦う姿だったのだが、目の前の二神はライトと変わらぬ通常の人間サイズでそこにいる。


「ライトアンロックか。こうやって直接目視するのは初めてになるな。わらわは闇の神」


 声も母と同じなのだが、口調が頑張って神らしさを演出している母より威厳があり、その声には母にない落ち着きを感じさせられる。


「承知しています。母と容姿が似ていたので少し驚きましたが」


「それは当たり前だ。あれはわらわの欠片。死を司る神が見てきたことの全てを把握しておる。ライトアンロック、お主の事もあれの目を通し、良く知っておるぞ」


 感情の起伏の感じられない声に、絵で描かれたような表情の変わらぬ顔。闇の神と雑談をしているだけだというのに、ライトは異様なまでの重圧をその身に感じている。


「それは、お目汚しを。不躾な申し出なのですが、この戦いに私も参戦させていただいても宜しいでしょうか?」


 この世界においての最高神と呼ばれている、光と闇の神同士の戦い。

 神話として語られている戦いに手を出そうというのだ。いくら神経が鋼鉄製の鉄筋で出来ていると、仲間内で囁かれているライトでも、額に薄らと汗を浮かべ緊張の色を隠しきれていない。


「本来なら人の身である、お主の手助けなど邪魔にしかならぬのだが……面白いことになっているようじゃの」


 感情の一切見えない顔で淡々と面白いと言われても、ライトとしてはどう返事していいのやら、判断に迷ってしまう。


「ライト君。ほんの少しの間に一体何をやったんだい? キミの力が全く見えないんだけど。僕が分け与えた力を超越してないかい? そもそも、この空間には最低でも僕の一割程度は力が無いと入り込めない仕様になっているのに、あっさりと通過したよね」


 光の神の発言から、ライトは自分の力が光の神の一割以上はあることを確信し、顔には一切出さずに喜びのあまり拳を握りしめる。

 最低でも一割には達しているというのであれば、物理的な邪魔も可能になると、ライトは今の自分に何ができるか作戦を練り直す。


「色々ありまして。少し強くなったようです。邪魔にならぬように立ち回りますので、参戦の許可をいただけますか」


「よかろう。力になるのであれば歓迎しよう。正直わらわでは少しきつかったのでな。奴を封印する為に力の大半を使い果たし、弱っていたところに無理やり闇の魔力を注入され、強制的に復活を促されてしもうた」


「ずっっっと、僕を封印する為に力を注いでいたキミと。ただ、静かに時を待ち、力を蓄えていた僕。どっちが有利かだなんて、言うまでもないよね。僕はまさに完全復活だけどさ、闇の神はかなり消耗しちゃっているから、本来の半分も力を出せないよね~」


 その言葉を肯定するように、闇の神の眉尻が少し吊り上がる。


「正直やり過ぎて、ゲームが簡単になっちゃったからどうしようかと思っていたら、ライト君が思ったより強くなっていて、嬉しい誤算だよ。やっぱり楽しむには適度な歯ごたえが無いとね」


 ライトが闇の神に味方をしたところで、自分の勝ちに揺るぎがないと、光の神は自信満々で余裕を見せている。

 否定するにも、どの程度の力の開きがあるのか不明なので、ライトとしては言い返す気の利いた言葉が見つからないでいる。


「そうだね、それでも力の差があるからさ……そうだ、僕は半分の力で戦ってあげるよ!」


 胸の前で手を叩き、名案が思いついたと喜んでいる光の神の隣に――ライトが瞬時に移動した。


「心遣い感謝しますっ!」


 完全に油断した状態の光の神の頬に、人の目では捉えることが不可能な速度の閃光が走り、突き刺さる。

 重力など存在しないかのように、体をピンと伸ばした状態で吹き飛んでいく光の神は、頭から地面に着地すると、砂塵を巻き上げ、大きく跳ねかえり横回転で地面を転がり、大地を抉りながら何とか停止する。

 右拳に残る手ごたえと微かな痛みが、ライトの攻撃が光の神に通用したことを教えてくれていた。


「ほう、これは驚いた。良い右ストレートだ」


 闇の神は、ほんの少しだけ目を大きく見開き、感心してライトを見ているが、声は平坦で本当に驚いているのか疑ってしまいそうになる。


「うわー、凄いやライト君! まさか、僕に傷をつけられる人間がいるなんて! あはははははははははは! 凄い、本当に凄いことだよ! ライト君から豪快な戦闘開始の合図があったことだし、本格的に始めようか。神々のお遊びをさ!」


 歓喜の絶叫を上げ、狂ったように笑い、喜びに体を震わせている光の神が、もう無邪気と呼ぶには無理がある、獲物を前にした野獣を彷彿とさせる、獰猛な笑みを浮かべ立ち上がった。


「ライトアンロック、期待しておるぞ」


「程々に頑張ります。相棒のメイスを置いてきたので、少し勝手が違いますが、何とかします」


 愛用のメイスは中に母とメイド長が入っている為、万が一破壊された場合の事を考え置いてきたのだが、最後の戦いに相棒の重みが手にないというのは、少しだけ心許ないようだ。


「そうか、ならば武器を貸そう。わらわは武器を扱うよりも遠距離での戦いの方が向いているからのう」


 闇の神は空中に漂う闇の塊に手を突っ込むと、一本のメイスを取り出した。それは、ライトが愛用していたメイスと酷似しており、手渡され握った感じも違和感がなく、同じメイスとしかライトには思えなかった。


「愛用の武器と形、重さを同等にしておいた。武器としての性能はこちらの方が遥かに上だが、馴染のある方が良かろうて」


「ありがとうございます。これで、思う存分暴れられそうです」


 光の神、闇の神、元聖職者という、一名の不自然さが際立つ、この世界の命運をかけた最終戦が始まろうとしている。


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