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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
108/145

決意

 薄笑いを浮かべた黒い法衣の男が、毒により動けなくなった少女に手を伸ばす。

 少女は潤んだ瞳で切なげな表情を浮かべ、これから自分の身に降りかかるであろう、残虐な行為に抗う術はなく、ただその身を震わせていた。


「な、何をする気なの? 毒が回って動けなくなった私に……イタズラする気ね! 寄って掛かって全身を舐め尽くした後に、無理やりその凶悪なぼ」


「ですから、そういうのはいいですって。大人しく渡す気がないのであれば、無理やり奪うまでですよ」


 地面に泣き崩れ悲劇のヒロインを演じているミリオンを、ライトは冷めた目で見下ろしている。「いや、いや、やめて……」と儚げな声を漏らしながら、後退る少女と黒一色の男。第三者から見れば、ライトの方が完全に悪役である。


「ライト、その光景は若干引くんだが。それに、特別な贈り物スペシャルギフトは相手が譲る気が無ければ、渡せない物だろ? 無理やりに奪うなんてことは不可能な筈だ」


「ファイリの仰る通りなのですが、実際それも怪しいと思っていますよ。元々の持ち主である光の神が、私の体を操りシェイコム君を殺したとき、強引に特別な贈り物を奪えましたよね? 本人だから手に入れられた可能性も無きにしも非ずなのですが、闇と光の神は元を正せば同じ。闇の贈り物が殺して奪えるのなら、光の特別な贈り物も同様に奪えると思えませんか?」


 ライトの発言を肯定するかのように、ミリオンの顔が一瞬だけ歪む。直ぐに表情を取り繕っているが、ライトを含めた仲間たちが目撃した後なので意味がない。


「わ、私を殺して奪う気! ライトさんは無抵抗なか弱い少女を殺すというの!」


「問題ありません」


 泣き叫びライトを罵倒する声に、あっさりと答えるライト。


「まあ、ミリオンさんのそれも芝居ということも考えられますし、確定ではありませんので、殺して奪えるという可能性に賭けるのは最後にします。その前に一つ試しておきたいことがあったのですよ。これが通用するかどうかで今後の展開が変わりますので」


 戦闘後に消していた『神力』を再び開放すると、ミリオンの額にそっと右手を添える。


「口を出してかじっても構いませんが、後少しでも私の血を体内に入れたら完全に動けなくなりますので、気を付けてくださいね」


 ライトの指摘は当たっていたようで、ミリオンは頬を膨らませライトを見上げている。


「『神力』状態からの『神触』で奪うことが可能なのか試させてもらいますよ」

 ミリオンは現在、心身ともに限界が近い。弱り切った抵抗力のない状態でライトからの侵食を防ぐこともできず、体内へと光が潜り込み大事な何かを鷲掴みにされる。


「私の中でライトさんの手が暴れているぅぅ、まさぐられるぅぅ。お願いやめて、無理無理、だからやめろ、やめろって言っているだろおおおおっ!」


 初めはからかう様な口調だったのだが、徐々に真剣みを帯びていき、最終的には身を仰け反らし絶叫を上げた。

 仰向けの状態で地面に倒れたミリオンから手を放したライトは目を閉じると、意識を集中する。


「ライト、それ……」


 ファイリは震える指先をライトの背に向け、驚愕に目を見開きながら仲間たちはライトの背後を凝視している。

 そこには一対の純白の翼があった。


「「「「『似合わない!』」」」」


 珍しく仲間の意見が一致した瞬間だった。


「酷いことを言いますね。見た目は兎も角、飛行手段が手に入ったのは大きいですよ。これで戦略の幅が広がります。それに強制的に奪うことができて安心しました」


「自ら手を掛けずに済んで良かったわね。本当に甘いんだからライトさんは。毒を飲ませるのには抵抗ないのに」


 もう、指先すら動かせない状態で悪態を吐くミリオンの傍らに、ライトは寄り添うように立っている。


「何を勘違いしているのか知りませんが、貴方を殺すことに躊躇いなどありませんよ。見た目が少女で、知り合いの面影を残していたとしてもね。殺さずに吸い取ったのは、先程も口にしましたが、この後の事を考えての実験です」


 ライトは戦闘中地面に置き去りにしてきたメイスを肩に担ぐと、その柄を強く両手で握りしめる。


「さて、長い付き合いもこれにて終止符が打たれます。何か言い残すことはありますか?」


「じゃあ、最後にミリオンから――本当に……ごめんなさい、ライトさん。こんなことしたくなかった、みんなを苦しめたくなかった、私は、死者の街が、そこに住む人が大好きだった!」


 急に態度が豹変したミリオンが、涙をぼろぼろと零しながら、謝罪の言葉を叫ぶ。

 仲間はその変貌ぶりが理解できず、警戒の色を強めるのだが、ライトはしゃがみ込むと、泣きじゃくるミリオンの頭をそっと撫でる。


「お久しぶりです、ミリオンさん。ずっと心の奥で泣いていたのですね。私の方こそ謝らねばなりません。貴方の心を救うことができず、本当に申し訳ありません。人として育ってきた貴方と悪魔である心が、相反し抵抗していたのは知っていましたが、結局、最後まで貴方を救う術が見つかりませんでした」


 人として育ったミリオンの心は、悪魔として目覚めた後も別人格として残っていた。その存在を『神触』にて読み取ったライトだったが、結局、彼女を救う術は見つからず今に至る。


「いいんです。こうやって最後に話せただけでも、嬉しい。本当に楽しかったな……偽りの心だけど、死者の街で過ごした日々は本当に楽しかった。ライトさんとも会えて……好きになれて良かった。最後に気まぐれで、私に話させてくれてありがとう、もう一人の私。ライトさん、本当に、本当に、本当……に、ありがとうございました」


 そのまま、静かに目を閉じるとミリオンは胸の前で指を組んだ。


「死者の街で貴方と過ごした日々、忘れません。ゆっくりとお休みください」


 ライトは彼女の魂の安らぎを祈り、手にしたメイスを振り下ろした。


「彼女は幸せだったのかな。死者の街で一緒に冒険して、笑いあったミリオンも、悪魔であるミリオンの一部なのよね」


「どうなのでしょうか。人の身ではわからないことですよ。ただ、友であったミリオンが安らかに眠れることを願うのみです」


 ライトは俯いていた顔を上げ、仲間たちへ振り返ると最後に小さく「お疲れ様でした、ミリオン」と呟き、仲間の元へと歩み寄る。


「さて、気持ちを切り替えていきますよ。最後の難関であった壁を打ち砕き、正真正銘残りは光の神となりました。この先の永遠の迷宮跡に居る筈です」


「よっしゃ、最後の戦いだな。神と戦う日が来るとは思ってもいなかったぜ、なあ、ロジック」


「そうだね。魔王、悪魔ときて最後は神か。いやはや、楽しい人生だよ。死んでいるけど」


「そうね。生きている時より充実しているのはどうかと思うけど、三英雄の活躍はまだまだ続くみたい」


 エクス、ロジック、ミミカの三名に緊張はないようで、いつもと変わらぬ雰囲気で軽口を叩きあっている。


「武器防具商人ってバックアップ専門で、表舞台に出てこないものなんだけど、どこでこうなっちゃったのかしらね。こうなったら、最後までお付き合いするわよっ」


 キャサリンが苦笑して周りの仲間を見回し、ライトと目が合うと茶目っ気のある仕草でウィンクをした。


「良い曲が生まれそうだ」


 土塊の本日二度目になる通常時の声なのだが、未だに仲間たちには違和感があるらしく、またも一斉に土塊へ視線が集中する。


「自分たちが崇めていた神へ反旗を翻すってのも、面白いよな。教皇やって、信者を煽っていた奴が、その象徴を叩き潰す。皮肉なもんだ」


「神の定義ってのがよくわからなくなったわ。まあ、結局信じられる物は、自分自身と金ってことね! 神を殺した暗殺者……やばい! どう考えても、依頼殺到するじゃないの! これは、金で出来た屋敷も夢じゃないかも!」


 皮肉交じりに微笑むファイリと金ぴかの夢を見ているイリアンヌ。二人も気負いすぎた様子もなく、いつも通りの雰囲気だ。


「言葉では言い尽くせない程、色々なことがあったが、我らの長い旅もようやく終着地点だな。全てが終わった後に、皆でこうやって再び笑い合いたいものだ――本当に」


 相変わらずの男口調で話すロッディゲルスだったが、最後に零した本音部分だけは、優しい女性の声だった。


「皆さん、意気込んでいるところ申し訳ないのですが、皆さんの冒険はここまでですよ?」


 ライトの一言が、盛り上がっている仲間に水を差す。

 騒いでいた仲間たちが一瞬で黙り込むと、ゆっくりとライトへ視線を向ける。ライトはいつも通り平然と突っ立っており、全員から注がれる鋭い視線が全身に突き刺さっているという状態で、困ったように頭を掻いている。


「あ、実は私が光の神で貴方たちを倒すとかいうのではありませんよ? 皆さんにはここから退避してもらいます」


「おい、ライト。冗談としても笑えねえぞ」


 エクスが体中から、気の弱い者なら卒倒するような闘気を吹きだし、ライトを睨みつける。

 他の仲間もエクスと同様に怒りを隠す気もないようで、一帯に呼吸をするのも躊躇うような、濃密な気が充満する。


「冗談ではありません。ミリオンさんとの戦いで皆さんも理解したと思っていたのですが。口で言わなければわかりませんか? 神との戦いにおいて皆さんの実力では足手まといになるのですよ」


 ライトから発せられた非情の言葉に仲間たちは思わず怯んでしまう。

 実力者であるからこそ、自分たちの力が最終戦において役に立たないという事実に、気づいていた。だが、皆は少しでもライトの役立とうと、無謀だとはわかっている戦いに身を投じようとしていたのだ。

 それは、全てライトの為にとった行動だというのに、それを当の本人に否定されてしまった。


「ファイリ、イリアンヌは特別な贈り物を私に譲ってください。全ての特別な贈り物を所有すれば、勝ち目が上がりますので」


 動揺する仲間を尻目に、ライトは淡々と話す。今のも口調は丁寧だが、二人への頼み事ではなく強要に近かった。


「ライト! お前は何を言っているのかわかっているのか! 今まで一緒に戦ってきた俺たちを切り捨てて、一人で戦うと言っているんだぞ!」


「重々承知していますよ。それが一番勝率の高い方法ですから」


「一人よりも、二人、三人、それ以上で戦った方が、お得意の卑怯な策も色々練れるじゃないの!」


「そういう次元ではないのですよ、もう」


 ファイリとイリアンヌのがなり立てる声に、ライトは寂しげに笑うと、冷静に吐き捨てた。


「それで、渡すのですか渡さないのですか?」


「「渡さない!」」


 二人はそう言い放つと、武器を構え断固拒否の姿勢を示す。


「お前が俺たちの事を思い、生き延びさせる為にきつい事を言っているのはわかっている。でもな、理屈じゃないんだ。ライト正直に言ってくれ、特別な贈り物を全て渡して、お前一人が戦ったとして、光の神に勝てるのか?」


「私一人では勝てないでしょうね。実際、神という存在がどの程度かわかりませんが、仮にも神なのです。どれだけ借り物の力を得ようが、人の手が届く存在ではないでしょう」


「なら、俺たちも連れていってくれ! 最後は、最後ぐらいは好きな人と一緒にいたいんだ!」


「私だってそうよ! あんたが死んで、一人生き残っても何の意味もない! 一緒に最後まで傍にいたいの!」


「まだ、昨日の夜の答え聞いていない。ライト、逃がしはしないから。我らの想い伝わっているのだろ?」


 ファイリ、イリアンヌ、ロッディゲルスの鬼気迫る迫力に、ライトは心を動かされそうになるが、大きく息を吐き冷静さを取り戻そうとする。


「その気持ちは正直、とても嬉しいです。でもね、嫌われても、罵られても、死んでも、大切な人を守りたいのですよ」


 儚げで今にも泣きだしそうな笑みを浮かべたライトの姿が仲間の前から、消えた。

 今まで一度も見たこともなかった、ライトの弱々しい表情に気を取られていた三人娘は、何が起こったのかもわからないまま体に衝撃を受け、意識を失う。

 崩れ落ちる三人を優しく抱えたライトは、そっと地面に横たわらせる。

 閉じた瞼の端から涙を流す三人の顔をそっと撫で「すみません」と謝ると、ファイリ、イリアンヌの額に手を当て『神触』を発動させる。


「ライト、俺も正直お前を力づくでも止めたい。でもな、大切な相手にそこまでやった、お前の決意を買いたい。男として」


「ああ、みんな本当はわかっていたんだよ。でも、認めたくなかった。自分たちが役に立たないどころか、足手まといでしかない事実に」


 エクスとロジックは背を向けたまま二人の額に触れているライトへ、自分たちの想いを語りかけている。


「妹は納得しないでしょうが、何とか説得してみます。姉として女として、本当はライトさんと行かせてあげたかった。でも、死んで欲しくないという家族としての願いもあるの。だから、私からはライトさんを責めることも、お礼を言うこともできない」


 悔しそうな表情のまま意識を失っている妹へ視線を向け、ミミカは悲しそうな表情ではあるのだが、何処か少しだけ羨ましそうに見つめている。


「ライトちゃんは本当に不器用ね。この子たちの事は任せて。全員を連れてできるだけ遠くまで離れるから、思う存分暴れてきなさい! ここまでのことを、やったのだから決して後悔だけはしないで、いいわね!」


 腕を組んで少し怒ったような表情で、家族を叱るような口調のキャサリンに、ライトは立ち上がり振り返ると、小さく頷いた。


『ライト様。私も皆さんと同じ気持ちです。この身があれば御三方と同じように、止めていた筈です。ですが、それすらも叶わない身です。私ができることは、ライト様が無事に戻ってくることを信じて待つだけです。ライト様、いつまでも、待っています。貴方が私たちの元に帰ってくることを信じて』


 彼女たちを支える時に地面に突き刺したメイスから、メイド長の感情を無理やり押し込めた声が、話す度に震えて響いてくる。


『ライト。貴方の決断は神の一員として正しいと判断します。ですが、母として言いたいことは別よ。大切な人がいなくなるのは、生きることよりも辛いのよ。貴方の目の前で死んで見せた私が言えた義理ではないのは、重々承知しているわ。でも、母として女として、彼女たちの気持ちは痛いほどわかる。覚悟している戦いだというのなら、彼女たちを連れていってあげるというのも――』


「待ってください母さん。それに皆さんも」


 ライトの育ての母であり、死を司る神の意見の途中で、ライトはそれを遮った。


「私が死ぬことが前提で話しているようですが、私は死ぬ気ありませんよ? 勝つことは無理かもしれませんが、対応策がない訳ではありません。むしろ、光の神を滅ぼす気、満々なのですが」


 ライトの口から飛び出した意外すぎる言葉に、三英雄とキャサリンが驚いた表情で言葉を失う。


「いや、お前は勝てないって言ったよな?」


「言いましたが何か」


 エクスの問いに即答する。


「勝てないっていう事は死ぬって事だよね?」


「いえ、死にませんよ」


 ロジックの疑問にも迷いなく答える。


「ライトさん、追い詰められておかしくなった?」


「いえいえ、正常です」


 ミミカの精神を心配する声に笑顔を返す。


「どうやら意見の相違がみられる様ですが、勝てなくても色々やりようはありますからね。それに勘違いしていませんか。私一人で戦うのではありません。光の神が蘇るということは、闇の神も蘇るということです。私のすべきことは闇の神への助力。それだけですよ」


 今までずっとライトたちで悪魔や光の神の相手をしてきたことにより、全て自力でなんとかしなければならない、そう思い込んでしまっていた。

 闇の神も蘇る。大事なことが頭からすっぽり抜けてしまっていたことに、今更ながら三英雄たちは気づかされる。


「それでも、危険なことには変わりありません。母さんやメイド長、それに彼女たちはそれを理解していた上で、止めてくれたようですし」


 ライトは気を失っている三人に優しく微笑むと、深呼吸を繰り返し、表情を引き締める。そして、この場にいる三英雄、キャサリン、土塊、メイスと順番に視線を向けると、深々と頭を下げた。


「ファイリ、イリアンヌ、ロッディゲルスとメイスも頼みます。私はちょっと光の神に嫌がらせしてきますので」


 散歩に出かけるような気軽さで彼らに頼みごとをすると、ライトは背を向け、永遠の迷宮があった方向へと走り去っていく。

 あまりにも自然で気楽な雰囲気に流され、止めることを忘れていた仲間たちは、遠ざかっていくライトに、喉が張り裂けんばかりの大声で激励の言葉を送る。


「あの余裕ぶった笑みを引きつらせてこい!」


「遠距離から牽制するだけでも、闇の神の手助けになる筈だよ! 死なないように!」


「聖職者を代表して文句言ってきてね! 変なもの、信仰させるなって!」


「ライトちゃん! 生きてさえいれば何度でも挑めるからね! 逃げるの優先でいくのよー」


『どうか、どうか、ご無事で!』


『まだ、ライトには謝らないといけないことも、母としてやるべきことも残っているのだから、絶対に死んだらダメよ!』


 仲間たちの個性あふれる応援に、背を向けたまま拳を天に振り上げ応える。

 ライトの姿が完全に見えなくなると、残されたエクスたちは約束通り、足早に死者の街から離れていった。何度も、何度も、後方を振り返り、ライトの身を案じながら。



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