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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
107/145

内に秘めたモノ

 エクスとキャサリンが前衛となり、じりじりとミリオンとの間合いを詰める。

 ロジック、ミミカはいつでも魔法の発動が可能な状態で待機し、土塊は戦意を向上させる曲を奏でる。メイスの中で何度も鍛錬し、鍛え上げられた必勝の陣。

 ライトたちは五人の連携を邪魔しないように、かなり距離をとってミリオンの側面へと回りこもうと動き始めたところで、エクスから声が掛けられた。


「ライト、ここは俺たちに任せて、お前たちは先に行ってくれ。ミリオンには大きな借りがあるからな」


「僕たちもあの頃とは比べ物にならない程、強くなっている。負ける気はさらさらないよ」


「貴方たちは、やるべきことがある筈よ。ファイリ、ライトさんを助けてあげてね」


 三英雄の飢えた獣のような鋭い目つきと真剣な口調に、ライトはいつもの薄い笑みを消し、素の表情で三人を見つめている。


「ライトちゃん。心配してくれるのは嬉しいんだけど、ここは私たちの出番よ。この日の為にずっと鍛えてきたのだから。貴方たちはこんなところで、時間を喰っちゃダメ。無駄な消耗は避けるべきなんでしょ? だったら、行って」


 キャサリンは子を見守る母親の様な慈愛溢れる笑みで、ライトへ先に進むように促す。

 土塊も同意見の様で、さっき喋ったのはただの気まぐれだったらしく、黙ったまま小さく頷いた。

 ライトたちは顔を見合わせただけで意思の疎通が行われ、召喚された五人へ揃って頭を下げると、その場から離れようとする。


「「「「「何、勝手に話をまとめているのよ! 私は、ライトさんと戦いたいの! お前らの様な雑魚はお呼びじゃないわよ」」」」」


 ミリオンの体中に浮かび上がった口が唾を吐き捨てると、まるで瞬間移動したかのような速度でライトたちの進路方向に移動しようとした。

 だが、エクスたちの眼前から瞬時に姿が消え、目にも留まらぬ速さで数歩進んだところで、ミリオンの足は魔法の槍によって地面へ縫い付けられる。


「貴方の相手は私たちと言った筈ですが。物覚えの悪い子は嫌われますよ?」


 ミミカは長い髪をかき上げ、法衣のスリットから惜しげもなく晒している脚をミリオンの方向に向け、前かがみの状態で人差し指を唇の前で振っている。

 相手を小馬鹿にしている動作と、楽しみにしていたライトとの戦いを邪魔されたことにより、ミリオンは憤怒し、去っていくライトたちを後回しにして、先に目の前の五人を葬ることに決める。


「「「「「エクスさん、ロジックさん、ミミカさん、キャサリンさん、土塊さん。元死者の街の住民同士とはいえ、私の邪魔をすることは許さないから。楽しみは誰にも邪魔させない! 私に歯向かったことを後悔する時間も与えずに、消滅させてあげる」」」」」


 顔についている本来の口も含めた全ての口が大きく開き、その口内が輝き始める。大気中の小さな光の粒子が、無数の口へと吸い込まれていき、口内の光はその輝きを増していく。


「尋常じゃない魔力を全ての口から感じる! エクス、キャサリンあれを撃たせたら駄目だ!」


「わーってるよっ!」


 素早い踏み込みで一気に間合いを詰めたエクス、キャサリンの両名は鋭い斬撃をミリオンの肩口、右脇腹に叩き込むが、刃が触れた個所へ新たに出現した口が刃に噛みつき、その攻撃を防いだ。


「くそっ、放しやがれ!」


「鉄分不足しているのかしらねっ!」


 刃に喰らいついていた歯を無理やり引き剥がすと、キャサリンとエクスは普通の攻撃では効き目が薄いと判断し、腰だめに武器を構え、連撃ではなく一撃に威力を込める。


「二人とも戻って! 攻撃が来るっ!」


 ロジックの慌てた声に反応して、二人は後衛の元へ駆け戻る。

 ミリオンの全身に浮かんだ口からは光が溢れ出し、その膨大な魔力が放たれる寸前であった。


「この魔力、私の結界でも防げるかどうかっ! お願い耐えて! 『聖域』」


 限界まで魔力を注ぎ込み、強度を増した光の壁がミミカたちを包み込む。並大抵の魔法では揺るぎもしない強固な結界なのだが、相手の攻撃がミミカの想像の範疇を超えていた場合『聖域』は何の役にも立たず、消滅する羽目になるだろう。

 ミリオンから吹き出す魔力が限界に達し、エクスは万が一に備えミミカの前に歩み出て、大剣の刃の腹を敵へ向け、崩壊した場合、少しでもミミカを庇えるように構える。


「エクス……」


「信用はしているが、まあ、一応ってやつだ」


 ミミカの瞳から、エクスは目を逸らすと頬を指で掻き「だから、安心しな」と小さな声で励ます。


「いちゃいちゃするのは後にしてね。くるわよっ!」


 良い雰囲気になりかけていた二人へ警戒を促し、キャサリンは前を見据える。


「「「「「ガアアアアアアアアアッ!」」」」」


 野獣の咆哮の様な声を上げ、放たれた無数の光の束が『聖域』に接触すると、激しい震動と力の余波が結界内の五人を揺さぶる。何とか耐えているように見えた『聖域』だったのだが、五秒も経たずに光の壁に亀裂が入り、壊れると思った時には亀裂は結界全域に広がり、いとも容易く破壊される。

 エクスは自分の身を犠牲にしてもミミカを助ける覚悟で、続いて襲ってくる衝撃に備えたのだが、魔力の束はエクスたちの頭上をかすめるように通り過ぎ、事無きを得た。


「……外れたのか? いや、外したのか」


 魔法の射線を見る限り、確実に命中していた光の束が、急に上空へと逸らされたことが理解できず、訝しみながらも注意深くミリオンを観察する。

 魔力を放つ直前までいた筈の場所にミリオンの姿は無く、何故か離れた位置で地面から足を浮かせ、少し上空でお腹を前に突き出し、くの字に折れ曲がっているミリオンがいた。


「はぁ?」


 状況が掴めず、思わず間抜けな声が口から漏れたエクスの上空を、折れ曲がった状態でミリオンが滑空していき、そのまま地面へと衝突し、爆音と共に粉塵を巻き上げている。


「惜しい。髪で防がれてしまいましたか」


 戦場に似つかわしくない、呑気な口調の聞き覚えのありすぎる声に、エクスたちが声の発生源に視線を飛ばす。

 そこには、巨大なメイスを肩に担いだライトと仲間たちの姿があった。


「何故戻ってきたんだ、ライト! ここは俺たちに任せてくれと言っただろ! 俺たちの望みは、全力を出しきって戦い、悔いを残さず死ぬことだ。二度も死から逃れ、生き恥をさらしている俺たちが、やっと、やっと見つけた、相応しい死に場所なんだ! 邪魔をしないでくれ!」


 感情の全てをライトにぶつけるように吐き出し叫ぶエクスに、ライトは一瞬だけ寂しげな表情を浮かべるが、直ぐに真剣な顔つきになる。


「いいえ、邪魔します。綺麗に終われたら、貴方たちは満足するかもしれませんが、それでは困るのですよ。それに戦いは勝つことが重要であって、過程などどうでも良いのです。そもそも、戦力は集中させてこその戦力ですよ? 何でわざわざ苦戦するのがわかっていて、戦力を分けないといけないのですか。先に行けって仰ってましたが、力を合わせて、早めに倒せばこの先の決戦において味方が欠けることなく、戦えるのですよ。どちらの判断が正しいか考えるまでもないと思いますが」


 感情を爆発させ捲し立てていたエクスは、ライトに正論を返され言葉に詰まる。


「しかし、ライト君。僕たちの願いを叶える為に召喚してくれたのだろ? だったら、僕たちのやりたいように、やらせて欲しい。我がままだとはわかっているんだ、でも」


「でもも、へったくれもありません。確かに召喚する時の詠唱の一小節に『その願いを叶え』という言葉はありましたが、あれは建前です。召喚の際に貴方たちのやる気を刺激することにより、体が構成される際に、素体の身体能力が変わると聞きましたので」


 ライトの暴露内容にロジックは言い返すどころではなく、驚きと衝撃のあまり全身が硬直している。


「ライトさん。本当は、私たちの身を案じて戻ってきたのでしょ? あのまま、ここを立ち去り、私たちの本懐を遂げさせてやろうと思っていたのよね。でも、心配で戻ってきてしまった、そうよね」


 聖女と呼ばれていた時代を思い出したかのような、優しさと温かみを感じる言葉遣いと雰囲気をまとったミミカに、ライトは笑みを返すと口を開いた。


「ミミカさん――貴方たちの願いと、世界の平和どちらが大切なのですか。それともミミカさんは、ここで我を通し、全力を出した結果負けて、そのせいで私たちが殺されたとしても満足できるのですか?」


 静かに淡々と語りながらも、その言葉には迫力がある。ミミカは自分の胸に手を当て、ライトの言葉を噛み締め、自分たちの行動と目的をもう一度考え直しているようだ。


「ライトちゃん、ちょっと言い過ぎじゃない?」


「キャサリンさんと土塊さんのお二人もそうです。貴方たちは、三人と違って死に場所を求めているわけではないのですよね? なら、煽るのではなく冷静になることを促すのが役目ではありませんか」


 いつもと変わらぬように見えるライトだったが、ここまでの話を聞き、キャサリンはライトが押し殺している感情に気づく。


「ライトちゃん、もしかして怒っている?」


「ええ、怒っています。この際ですからはっきりと言っておきますが、貴方たちが死にたがっていて手助けが余計な行為であろうが、私は助けますよ。仲間を見捨てて、死んでいくのを何度も見せられて黙っていられる程、精神面強くありませんからね。それが願いであれ、私は皆さんに消えて欲しくない。召喚しておいて言う台詞でありませんが、この後、消滅する定めだとしても、持続時間が切れる最期の時まで皆さんと共にこの世界で過ごしたい。それが、私の願いです」


 怒り、後悔、躊躇い、様々な感情が浮き出ていた三英雄は、同時に大きく息を吐くと、

 ライトへ頭を下げる。


「すまねえ、ライト。変にこだわり過ぎていたようだ。生前じゃあるまいし、今更俺たちが格好いい死に方求めてもしゃーないわな」


「だね。僕たちは三英雄。だけど、死んでからの僕たちは憧れる存在ではないよね。自由気ままに、やりたいことをやる」


「うんうん。死者の街に名の知れた三人組。それが私たちチーム――」


「「「三英雄」」」


 声を揃えて言い放った三英雄は、憑き物が取れたような吹っ切れた顔をしている。

 その表情を見て、もう大丈夫だと判断したライトは、後方で黙って見守っていた仲間と目を合わせ小さく頷くと、吹き飛ばされたまま地面に転がっている状態のミリオンを、距離を空け取り囲むように陣を張る。


「大変長らくお待たせしました。空気を読んでいただき、ありがとうございます」


「もういいのかな。お話は終わったのね。気にしないで良いよー、私はライトさんと戦えたら、それでいいんだからっ」


 仰向けに寝転がっていたミリオンは、腕も使わず体の反動だけで起き上がると、体中についた砂汚れを払う。

 『神力』を開放している状態のライトの一撃を背に受けたにもかかわらず、ミリオンにはダメージがないようで、動きに違和感や無理をしている感じがない。


「今更ですが、その髪といい体中の口といい、首都攻防戦でお会いした悪魔になった方々の能力ですか?」


「正解よー。贈り物って奪えるのは知っているよね? それに悪魔って相手の力を完全に奪えるから便利なの。贈り物と能力。その全てを吸い取っちゃったから、こんなに強くなりすぎちゃって困っているの。あ、そうそう、それだけじゃなくて、私って、光の神から直接頂いた特別な贈り物スペシャルギフトも所有しているから、すっごく手強いわよ。だから、油断したらダメだぞっ」


 自らの能力を自慢げに暴露するミリオン。余程、己の実力に自信があるらしく、不意の一撃を喰らったというのに、まだ自ら仕掛けることなく、ライトたちの動向を楽しげに観察している。


「特別な贈り物ですか。そういえば、貴方は悪魔に化けているようですが、元々光の神の下僕でしたね。ならば、所有していてもおかしくはありませんか」


「ちょっと違うかな。化けているのじゃなくて、そもそも両方なの。悪魔でもあり従神でもある。どっちにでも為れる、それが私。ちなみに、特別な贈り物なんだけど、悪魔たちに見せると自分の正体がばれるからずっと使えなかったのよ。久々に使っちゃおうかー『神翼』」


 ミリオンの背に流れている長髪が不自然に盛り上がり、その髪を掻き分けるように一対の白い翼が飛び出してくる。

 その翼は汚れやくすみの一つもない完全なる純白で、大きさはミリオンの背丈より少し上回っている。


「綺麗……」


 味方の誰が呟いたのかはわからないが、仲間の女性陣の殆どが、神々しさを漂わす白の翼に見とれている。


「確かに、悪魔でありながら白き翼が背に生えていれば、違和感どころの騒ぎではないですね。特別な贈り物ということは……ミリオンさん。一つご相談があるのですが」


「何々、面白いことなら乗るよ?」


「勝った方が死ぬ間際に、特別な贈り物を譲るというのはどうでしょうか。私が勝てば貴方の『神翼』を貰い受ける。貴方が勝てば私の所有する『神力』『神体』『神声』『神味』『神嗅』『神触』全部お譲りしますよ」


 そう切り出したライトをミリオンはじっと見つめている。この申し出はミリオンにとって不利な点は何もなく、それだけの力を得られるというのなら断る理由は何もない。

 だが、ライトの捻くれた思考を熟知しているミリオンは、この誘いに裏がある気がしてならなかった。


「へぇーいいの? 私の方が貰うの多いけど」


「どうぞどうぞ。提案した側が多く支払うのは当たり前の事ですよ。それに、負けて死ねば後生大事に持っていたところで、何の意味もありませんから」


 ライトの言うことに矛盾はない。どちらにしても勝てばいいだけの話だと、ミリオンは判断し、その誘いに乗ることを決める。


「うん、いいよ。じゃあ、お互い負けたらちゃんと譲渡してから死ぬこと、いい?」


「了解しました。では、仕切り直しといきましょう。キャサリンさんは、後衛の護衛と遠距離からの投擲とうてきで妨害を。エクス、イリアンヌ、共に前衛で戦ってもらえますか」


「オッケイよー。投擲用の武器も大量に持ってきているから、安心してね」


「まっかせなさい。でも、ちょっと怖いから『神速』全開で行くわよ」


「当たり前だ! 懐かしいなこの感覚」


 ライトの右に並ぶイリアンヌと左前方に進み出るエクス。ちょっとした動作でも、お互いの性格の差が良くわかる。


「そうそう、三英雄の皆さんに言い忘れていたことがありました。止めた理由のもう一つが、こうやって再び、貴方たちと肩を並べて戦いたかったのですよ」


 ライトの言葉に心底嬉しそうな表情を浮かべた三英雄は、意識を高め戦場に集中する。


「後衛の人は臨機応変にお願いします。では、参りましょうか!」


 メイスを収納袋に納めると、ライトは武器を持たずに正面から突撃する。エクスは右から回り込み、イリアンヌは反対側へと回り、後方を除く三方向から挟み込むようだ。

 ファイリはイリアンヌへの支援魔法を掛け終わり、続いて攻撃魔法の詠唱を始めている。

 姉のミミカもエクスへの支援は既に発動済みで、続いて相手を妨害する魔法を発動させるようだ。


「「「「「ライトさんは何をしてくるのかなー」」」」」


 悪魔の能力を吸い取ると同時に記憶も奪っているミリオンは、ライトの手段と能力を把握している為、一番警戒しているようだ。

 真っ先にミリオンへ攻撃を加えたのは、この中で最も素早いイリアンヌだった。低い体勢で足元に滑り込み、両手に握りしめられた黒い刃の短剣を、相手の足首へと走らせる。


「危なーい。かじりつくところだった」


 体中にある口でその刃を防ぐのかと思っていたイリアンヌの予想を裏切り、刃が到達する寸前に、上から長い髪の束が振り下ろされ、刃を弾く。


「ちっ、狙い通りにはいかないか」


「毒を塗っているなんて、暗殺者っぽーい」


 口で塞がれた場合の対策に、予め猛毒を刃に塗っていたのだが見抜かれていたらしい。

 横目でイリアンヌの動きを確認し、鼻で笑っているミリオンの右肩へ、風を切り裂き迫りくる大剣の刃があった。


「はい、ご苦労様」


 髪の一本一本が意志を持つ生き物のように蠢くと、楯状に固まりエクスの一撃を容易く弾いた。

 両者の攻撃をその場から一歩も動くことなく凌いだミリオンへ、本命のライトが向かってくる。両手には武器がなく、黒色の手甲だけで攻撃の間合いは、無手と同じと思って間違いない。

 相棒である巨大メイスでも届かない距離でライトは右腕を後方へ引くと、指先を伸ばした手刀の形で、前方へ突き出す。


「何のつもりっ!?」


 腕が伸びでもしない限り、絶対に届かない場所からの突きが、油断していたミリオンの顔面へと襲い掛かる。


「なっ、不意を突かれたけどそんな攻撃……軽い?」


 速さのある手刀を、残りの髪の毛を眼前で交差させるようにして防いだのだが、その攻撃は軽く、ライトが放った一撃だとは思えぬ弱さに、ミリオンは眉をひそめる。


「本命はこちらですからっ」


 自らの視界を防ぐように動かしたミリオンの髪を下から、右手で払うようにしてライトが弾く。


「右手!? まだ髪に手の感触が」


 防いだ髪にはまだ突き刺さった右手の感触が残っているのだが、ライトの右手はそこにある。ライトは右手の突きを出したと見せかけて、手甲を飛ばしたのだ。だから、攻撃が軽く、ミリオンが違和感を覚えることになった。


「その口、ここにも出せますかっ!」


 残った左手の指を二本立て、ライトはミリオンの目を狙う。体のあらゆる場所に出現させることができる口だが、本来ついている顔の器官には出せない筈だと見込んで、ライトは眼球を狙った。


「「おひぃー」」


 口に物を入れたまま話しているかのような喋り方で、言葉を発するのは眼球のあるべき場所に現れた、二つの小さな口だった。

 その口にはライトの指が二本咥えられ、手甲ごと噛み千切ろうと力が込められる。咄嗟に引き抜こうとしたのだが、相手の咀嚼力の方が強く、指の第二関節から先が噛み千切られてしまう。


「くっ、そちらが一枚上手でしたか」


 左手の指を右手で押さえ、大きく後方へと跳ぶ。一定の距離を取った時には発動しておいた『治癒』により、出血は止まっていた。


「「「「「あははは、ライトさんのお肉だー、独特の風味がして美味しいぃぃ。ああ、胃が歓喜の声を上げているわ。もっと、もっと、もっと、食べさせて!」」」」」


 目からライトの血を滴らせ、何度も咀嚼している姿を不気味と感じるべきなのだろうが、ライトの口から出たのは別の言葉だった。


「うちの母さんみたいですね」


『一緒にしないで!』


 メイスは収納袋の中にあるので、母の声など聞こえない筈なのだが、怒ったように否定する声が聞こえた気がした。


「ライトちょっと見せろ! 指の先がやられているな『再生』」


 慌てて駆け寄ってきたファイリがライトの手を取り、上位回復魔法を唱えた。失われた筈の指先が再生し、一呼吸する間に指が元に戻る。


「ありがとうございます。しかし、ちょっと厄介ですね」


「ちょっとで済まないだろう。想像を遥かに超える強さだぞ」


「いえいえ、想像は超えていませんでしたよ。予想通りです」


 強がっているわけでもなく、焦っている様子も見えず、いつもと変わらぬライトがそこにいる。もっとも、ライトが焦り取り乱している姿など、ファイリには想像もつかないのだが。


『後衛の皆さんは遠距離からの集中砲火お願いします。余計な動きをさせないように。前衛は、フェイントを多く用いて相手の噛みつきに注意し、体を触れさせないようにしてください。一撃の重さより手数を心がけていきましょう』


『神声』の能力を使い、仲間にだけ声を届けると実行に移す。

 本気を出したイリアンヌの動きにはミリオンも付いていけないようで、唇を避けた攻撃が僅かながらも裂傷を生み、体中に新たな傷を次々に生み出している。

 エクスは逆にその場から殆ど動かずに、緩急を巧みに使い分けた剣捌きで、刃筋が見えているというのに、その刃を無数の口が捕らえることができずにいる。

 二人は攻撃する時はほぼ同時に切りかかり、相手が動きに対応し始めると粘ることはせず距離を空ける。そして、逃げる二人に攻撃を加えようとしたミリオンには、四方から魔法と投擲用の槍が降り注ぐ。


「面倒な攻撃してくれるわね! でも、効かないわよっ!」


 髪の毛を百本ずつまとめ鞭のように操り、槍や魔法を撃ち落していくが、数が尋常ではないため、防ぎきれなかった魔法の幾つかは、体に浮き出た口が呑み込んでいく。

 ライトはというと、積極的に攻撃に参加せず、前衛が攻撃している時はミリオンの死角へ入り込むような動きを見せ、遠距離攻撃が降り注いでいれば、一歩引いた場所で収納袋の中に手を突っ込み、何かを探す素振りをしていた。

 ライトが怪しい動きを見せる度に、ミリオンの集中力が乱れ、攻撃と防御が疎かになる。そんな隙を見逃す彼らではなく、意識が逸れると攻撃が盛んになり、だからといって、ライトから目を離すと何か妙な事をしそうで気になって仕方がない。


『あ、これか!』


 ミリオンの鋭く先が尖った髪の先端が、イリアンヌが一瞬動きを止めたタイミングで襲い掛かるが、突如上がったライトの声に反応して、毛先が揺れ、攻撃速度が少し落ち、易々と避けられてしまう。


『おや、違いましたか。あ、でも使えますね』


 ライトは収納袋から取り出した、戦場には場違いな熊のぬいぐるみを足元に置く。

 戦闘に参加せずに色々と動いているライトだが、この行動に意味は全くなかった。相手が自分の情報を得ていることを逆手に取り、何かありそうな思わせぶりな言動を繰り返すことで相手の集中力を削ぎ、動揺を誘っている。

 お互いに決め手を失ったまま時間だけが過ぎていく。

 積極的に戦闘に参加していないライトと、闇の魔素が充満していることにより無尽蔵の魔力を得たロッディゲルスは消耗が少ないのだが、仲間たちの疲労が溜まり、魔力残量が乏しくなってきている。


「どうしたのー、そっちはかなり疲れているみたいだけど」


 ミリオンの方はロッディゲルスと同じく魔素のおかげで消耗はなく、時折相手の魔力を喰らい回復しているので、むしろ強化されている筈なのだが――その動きは戦闘当初より鈍くなっている。

 口では余裕な振りをしているが、自分の体の異変に気づき、かなり心が乱れている。

 内部から体を締め付けられるような感覚と、全身の痺れ。頭痛と吐き気に関節の痛み、様々な症状がミリオンを蝕んでいく。


「おや、ミリオンさん顔色が優れないようですが、どうかしましたか? 唇が全て紫色になっているような」


「ライトさん……何かした?」


 攻撃を何とか捌きながら、全身に脂汗を浮かばせているミリオンの質問に、ライトはわざとらしく腕を組み、考えるような素振りを見せる。


「んー、もしかして食あたりではないでしょうか。私の指を食べてしまいましたからね。幼少の折から毒物を摂取させられ続けた私の体液――特に血は高濃度の毒物ですから。まあ、触れた程度では感染しませんし、即効性で死に至る毒は含まれていないので、その点はご安心ください」


 事もなく口にしたが、体液が毒を含むというのはかなりの問題である。

 ライトが独りを好み、女性との深い付き合いを拒む最大の理由。汗や老廃物でさえライトの体内から出た物は全て毒性が強い。人を死に至らしめる毒ではないのだが、様々な身体異常を引き起こす、強力な毒であるのは確かだった。

 ランクが高く魔力や身体の頑強さがあるものには、汗や唾液が触れる程度でならば全く問題が無いのだが、その血や濃い体液が傷口や体内に一定量以上、入り込んだ場合、その苦痛は計り知れないものになるだろう。


「……それで、学生時代も人を寄せ付けなかったのか」


「あ、それは、昔から母以外と話すことが無かったので、人との接し方がわからなかっただけですよ」


 いつもの薄い笑みが少し寂しげに見えたのは、自分の思い込みが見せた幻覚だったのか、ファイリは判断が付かずにいた。


「昔話はいいとして、『悪食』に毒物がかなり有効なのは間違いなかったようですね。イリアンヌの毒が塗られた短剣に噛みつかずに髪の毛で防いだことに、まず怪しんだのですが、その後、貴方が指を食べる直前に、私は素手で髪の毛を払いましたよね。その時に『神触』で弱点を探ったのですよ。その『悪食』は食べた物を吸収して自分の物にする能力故に、そのモノの毒性も取り込み全てを吸収してしまうと。本来毒の効きにくい体質である、闇属性の悪魔であっても『悪食』を発動させたときは効果が出てしまう」


「あの時……手甲を飛ばしたのも素手になり『神触』で確実に調べる為だったわけか。ということは……指を喰わせたのもわざとか」


 睡魔と全身の痺れにより、声を出すのも億劫になっているミリオンだったが、それでも何とか意識を保ち、ライトを憎々しげに睨んでいる。


「痛みがないとはいえ、指を食べられるのには勇気がいりましたよ。貴方なら私の部位に噛みついたら、少しでも私の能力を得る為に迷わず『悪食』を発動させると信じていましたので、何とか耐えられましたが」


 指を二本食べたことにより毒に対する耐性も少しは得たのだが、食べた量が少なかった為に、ライトから得られた能力は微々たるものでしかない。

 その程度の毒の耐性では、指に含まれていた血の毒を防ぐには及ばなかった。


「勝負はありました。気を失う前に、約束の『神翼』渡してもらえますか?」


「そんな約束したかなー。嘘、嘘、ちゃんと覚えてるよ。仕方ないな約束は約束だから……って言うと思った? 守るわけないでしょ、そんなこと。私は光の神に作られた道化師。場を荒らし、混乱させ、嘲笑う存在。人を困らせることが無上の喜び」


 毒が浸透してきている状態であるにもかかわらず、これ以上ない満足げな笑顔をライトに向けている。

 外道とはいえ、最後まで自分の意思を貫くその姿勢に考えさせられるものがあったが、ライトはそれで躊躇うほど、お人好しではない。


「そう来るとは思っていましたよ。なので、もう一つの手段を使わせてもらいますね」


 意識が朦朧としはじめているミリオンに歩み寄ると、右手を大きく掲げた。


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