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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
106/145

五人の死者

「ど、ど、どうすんだよ!」


「まて、落ち着くんだファイリ。ライトはああ言っていたが、こういった事態を予測していた様だぞ。見てみろあの落ち着き払った顔を」


 ロッディゲルスにそう言われ、ファイリがライトへ顔を向けると、そこには腕を組み、澄んだ瞳を輝かせ、悟りを開いた僧侶のように穏やかな表情のライトがいた。


「本当だな。少しも焦っていないようだ。ったく、恥ずかしいじゃねえか。対策があるなら、脅かすような事を言うんじゃねえよ」


 慌てふためいていた自分を思い出し、恥ずかしくなったファイリは顔を赤らませながら、ライトに対して悪態を吐く。

 ロッディゲルスとファイリの間に安堵感が広がり、二人から緊張が緩和されていく。そんな和やかな雰囲気の二人の肩に背後から手が置かれると、力強く握りしめられる。


「あんたたち甘いわよ。私、ああいう表情何度か見てきたけど、あれって、死を覚悟して達観した人の浮かべる表情よ」


 イリアンヌに指摘された二人が、改めてライトの顔を凝視する。言われてみれば、あれは安心というよりは、諦めに近い顔つきに見えてきた。


「おいおいおいおいおいおい! 本当にどうすんだよ! 神との戦いの前に自爆って冗談じゃないぞ! そうだ、ライトの収納袋からその落下傘を取り出して、使えば!」


「それは無理だ。収納袋は所有者登録されているのは知っているだろ。ライトでなければ使えない」


 収納袋はかなり高価な魔道具なので、その袋への出し入れは所有者のみが行えるように、魔法で処理をするのが常識となっている。


「じゃあ、ライトこっちにこい!」


 声が届かないことがわかってはいるが、大声でライトを呼び、三人が伝わるように大袈裟な身振り手振りで、ライトへこっちに来るようにアピールしている。


『こっちにこい、ということでしょうか?』


 ライトの問いかけに、三人は首がもげそうな程、激しく頭を上下させている。

 腰に巻き付け、箱まで伸びている鎖を手に取り、手繰り寄せるようにして箱へ近づいていく。本来なら、風圧で前に進むことは不可能な筈なのだが『神力』発動中のライトには全く問題が無いようだ。

 箱までたどり着くと、箱にしがみ付き上部に登り、入り口の鍵を開け少しだけ扉を開いた。そこから顔を突っ込むと、ライトは涙目の三人に顔を掴まれ一斉に罵倒される。


「馬鹿かお前は! 何でもうちょっと慎重になれないんだ!」


「常識という単語を知っているのか!」


「馬鹿じゃないの馬鹿じゃないの馬鹿じゃないの!」


「まあまあ、皆さん落ち着いてください。罪を憎んで人を憎まずという言葉があるではありませんか。ここは寛容な心で全てを許そうではありませんか」


「「「お前が言うな!」」」


 ライトの誤魔化しとも思えぬ言い分に、三人の怒りが燃え上がるのだが、透明の床から徐々に迫りくる大地が見え、そんな事をしている場合ではないことに気づき、一旦、怒りの矛先をおさめる。


「ライト、収納袋から落下傘を早く取り出せ!」


「ああ、それで良かったのですね。最終的には、自分が先に地面に降りて受け止めようかと思っていました」


「いくら、あんたでも無理でしょ……あ、でも、『神力』『神体』がある今のライトなら可能かも」


 イリアンヌがその光景を想像して唸っている。荒唐無稽である筈の行動を何となく出来そうな気がしてしまうライトの非常識さと、そう思ってしまった自分の頭に疑問を持ったようだ。


「しかし、この落下の勢いだと破れてしまう可能性が高いですね。本来は上昇が終わり下降し始めた時に、開くつもりでしたので」


 下降が始まり結構な時間が過ぎ、あと一分も経たぬうちに地面に激突するのは確実だろう。ここまで加速している状態ではライトの言う通り、この落下傘では耐えきれそうにない。


「ならば、少しでも速度を落せばいいのだな! ライト場所を代われ! 我が上半身だけ箱から出す。ライトは我の体が吹き飛ばされないように支えてくれ!」


 ライトが箱内部に降り立ち、ロッディゲルスが入口から外へ上半身だけ乗り出す。風圧に体が大きく仰け反るが、何とか耐えると両手を前に突き出した。


「うまくいってくれ『黒鎖網』」


 いつもなら、両手や指から飛び出てくる鎖を透明の箱の進路方向へ、出現させる。その鎖は細い鎖が網状に編み込まれ、透明の箱を受け止めるのには充分な大きさがある。

 網の端は魔法により空中に固定されており、網の中心部に衝突した透明の箱を空中で見事に捕えたように見えた。

 が、それは一瞬の事で『黒鎖網』はいとも簡単に破れてしまい、ほんの少しだけ落下速度の弱まった透明の箱だったが、まだ落下傘で受け止められるとは思えない勢いを残している。


「まだだ! 『黒鎖網』『黒鎖網』『黒鎖網』『黒鎖網』」


 次々と発動される魔法の網が、現れては貫かれ、現れては貫かれ、を繰り返し、何とかなりそうな速度になったところで、ライトがロッディゲルスと場所を代わり落下傘を開く。足元から這い上がってくる悪寒が消え、浮遊感に包まれる。

 どうやら助かったと安堵の息を吐いた三人が足元を確認すると、そこには巨大な魔物が大口を開けて箱を呑み込もうとする姿があった。

 ライトが予定していた場所より手前で失速したようで、魔物の群れの最後尾にいるAランクの魔物が密集している地点に降りているようだ。


「一難去ってまた一難とはこの事ですね」


 まだ、二十メートル以上の高さがあるというのに、ライトは透明の箱から飛び出すと、落下しながら右手に魔力を集める。

 光を放つ右手から小さな光の弾が現れ、それが段々と大きくなっていく。直径五メートル以上の大きさまで膨張させた光の弾は、いつもと違い金色ではなく白銀に輝いている。


「おや、この感覚は……なるほど。『聖光弾』も進化したようですね。いきますよ『神光弾』」


 ライトは前触れもなく唐突に浮かんできた言葉を口にし、聖霊召喚と同じように進化した魔法を放った。

 ただの光の弾だった『聖光弾』とは違い『神光弾』は大きな光の弾の周りに小さな弾が無数に存在し、大きな弾の表面をなぞるようにぐるぐると回っている。

 頭だけが巨大化した黒いトカゲのような魔物の口へ放り込まれた『神光弾』は、口内に吸い込まれると体内で爆発し、一瞬にしてライトたちの視界が白く染まる。

 あまりの眩しさに目を閉じたファイリたちだったが、瞼を通して光を感じなくなると、恐る恐る目を開いた。

 箱の床を通して覗き見る眼下には、密集していた魔物の姿が一体もなく、そこにはただ、荒れた大地が広がっている。

 一足先に着地したライトが辺りを見回すと、『神光弾』の着弾地点から直径百メートル近くの範囲の敵が消滅していた。


「念願の広範囲魔法を手に入れました」


「そういうレベルじゃねえから!」


 拳を突き上げるライトの後頭部を、箱から飛び出してきたファイリが容赦なく叩く。


「何だこの威力! おかしいだろ!」


「私も驚いてはいますが『神力』状態で放ったのが大きな要因かと」


「それにしてもな……って、ライト! 『神力』ずっと開放し続けているが、大丈夫なのか!?」


 ライトは透明の箱を投げ放ってから一度も『神力』を解除せずにいる。今までなら、これ程、長時間に渡り発動していたら、体中の骨が砕けてもおかしくないぐらいに体へ負担がかかるのだが、ライトが苦しそうにしている様子はない。


「『神体』を得たのが大きいようです。今のところ体に異変は感じませんし、たぶん、止めても――」


 体から放たれていた白銀の光が消えたライトだったが、いつものように倒れもせず、平然と立っている。


「このように、平気なようです」


 神力開放後の定番である副作用もなく、魔力の大量消費による体のだるさも殆どないようだ。つまり、『神力』を制限なく使えるようになったということになる。


「予想以上ですね。これで遠慮なく使用できますよ」


「これだけでも、かなりの戦力アップだな。光の神との戦いに光明が射してきたんじゃないか」


 ファイリの発言は大袈裟ではなく、今のライトなら、これまでの戦いで苦戦してきた悪魔相手でも、一人で正面から戦っても勝てるだろう。


「少し打てる手が増えたかもしれませんね。取り敢えず、どうしましょうか。折角、敵の後ろを取ったことですし、挟撃して少し減らしますか」


 天から舞い降りた疫病神にどう対応していいのか魔物たちは判断が付かず、遠巻きにライトたちを観察している。


「奴らの顔もあるからな、ここは一撃だけ叩き込んでおくか」


「そうだな。少しでも削っておけばそれだけ被害も減ることだろう」


 ライト、ファイリ、ロッディゲルスが魔物の群れに手を突き出し、自分たちが所持する魔法の中で最高の威力を誇る、一撃を叩き込んだ。

 荒れ狂う魔力の奔流にその身を削られ、砕かれ、吹き飛ばされていく魔物たちをぼーっと眺めながら、イリアンヌは一言、


「こういう時、私、することないのよね……」


 と呟いた。





 もう何度通ったか数え切れない程、歩き回った死の峡谷を、ライトは駆け抜けている。

 死の峡谷に足を踏み入れてから、一度も魔物と遭遇することなくライト一行は、死者の街跡へと進んでいる。


「こうも敵がいないと不気味だな」


「確かに。いないに越したことは無いのだが、全くいないというのは不自然すぎる」


「んー、私の『神聴』も怪しい音は拾えないわ。本当に何もいないみたい」


 静か過ぎる死の峡谷は、通い慣れたライトにとって違和感でしかなく、死と闇が充満している筈の峡谷には何も存在していない。


「あれだけ、露骨な足止めをしておいて今度は何もしてこないとは。戦力が尽きたと見るべきか、それともこれも神の演出なのでしょうか。どちらにせよ、いないというのであれば、一気に駆け抜けますよ」


 走る速度を上げ、ライトたちは生物どころか魔物すら存在しない、死の峡谷を何の妨害もなく走り抜けることに成功する。


「何かしらの罠があると思っていたのですが、何もないとは。防衛側は罠や謀略をやりたい放題だというのに勿体ない」


「あんた、どっちの味方よ」


 何もなかった事に怒った振りをしているライトに、思わず合の手を入れてしまうイリアンヌだった。

 ライトたちは死者の街の入り口にある門跡地を前に足を止め、周囲を警戒するが『神眼』『神聴』『神嗅』にも反応がない。


「大丈夫のようですが、油断なきように。では、久しぶりに死者の街へ帰りましょう」


 ライトたち一行が全員死者の街へと足を踏み入れると、周囲の空気が一瞬にして変化した。死の峡谷では全く漂っていなかった闇の魔素が、門を越えた辺りから急に濃度が増し、イリアンヌとファイリに耐えがたい重圧となって覆い被さってきている。


「くっ、何だこの感覚はっ」


「体が上から押さえつけられているみたいっ」


 身動き一つ取ることも辛そうな二人に比べ、ロッディゲルスは寧ろ快調なようで、充満している魔素内で体の動きを確かめている。


「ふむ。我はいつもより体が軽い。闇の魔素がこれ程あれば、無尽蔵に魔法を放てそうだ」


 魔族として生まれ変わったロッディゲルスにしてみれば、闇の魔素が充満しているここは心地よく、体中に力が漲るパワースポットのようなものだ。


「これでは、二人が使い物になりませんね。少しこの闇を払いましょうか。ロッディゲルス、少し離れてもらえませんか。いきますよ『神光弾』」


 右手の平から生まれた、拳大の球体は高く昇っていきある程度の高さに達すると、そこで動きを止め、辺りを照らしている。

 その光の下にいるファイリとイリアンヌは重圧から解放され、体が違和感なく動くようになったようだ。


「助かったぜライト。しかし、この闇の魔素、濃すぎねえか」


「一度壊滅して、闇の魔素が殆ど取り除かれた筈なのだが、今は以前よりも濃度が増しているようだ」


「これだけあれば、闇の神も復活できそうよね?」


 ライトは彼女たちの話に耳を傾けながらも、周囲の警戒を怠ることはない。街に入ってから、誰かに見られているような、突き刺さる視線を感じているからだ。

 ライトは黙して何も語らぬまま、廃墟と化した死者の街の中心部へ辿り着いた。

 以前の戦いにより、地面は幾つも陥没した跡があり、本来あった建物は土台ごと吹き飛ばされていて、ここら辺一帯は荒れた地面が露出しているだけという有様になっている。


「さて、そろそろ出てきてはどうですか、ミリオンさん」


 ライトは誰もいない筈の前方を睨みつけ、名を呼ぶ。

 『神眼』『神聴』でも感じとることができていなかった、ファイリ、イリアンヌはライトの言葉に驚きながらも、杖と短剣を構える。

 敵を探ることは始めから三人に任せていたロッディゲルスは、慌てるとこなく戦闘態勢を整えた。


「上手く隠れていたのに、やっぱり凄いねライトさんは!」


 死者の街に漂っていた霧状の闇の魔素が、ライトたちの目の前で濃縮し人の形を創りだす。その姿は、頭に大きなリボンを載せた可愛らしくも活発な少女の姿だった。


「おや、前にお会いした大人の女性バージョンではないのですか?」


「うん。まあね。何かね、悪魔を片っ端から吸収したら強くなりすぎちゃってー、この姿でもあっちの姿でも能力が大して変わらなくなっちゃったの。どうせならこっちの方が、ライトさんも愛着あるかなって思ったのよー」


 死者の街で何度も会話を交わし、時には共に永遠の迷宮に潜り、お金には汚いがどこか憎めない、そんな昔と変わらぬ姿のミリオンがそこにいる。

 だが、その中身は全くの別物だ。それは、重々承知しているのだが、付き合いがあったライトにとって、その顔で無邪気な笑みを向けられると、未だに心が少しざわつく。


「それは細やかな心遣い感謝します。直ぐに戦いに興じてもいいのですが、ここは神との決戦前の最後の難関です。何も語りあわずに戦うのも味気ないので、少しだけ、話にお付き合い願えませんか?」


「うんうん、いいよー。私もそうしたかったしね。質問何でもいいよー。胸の大きさとかは秘密だぞっ」


 わざとらしく胸を手で隠すような動作をし、上半身を捻ってライトから胸が見えないようにしている。


「いえ、そういうのはどうでもいいので。では、お言葉に甘えて。貴方は、光の神が何をしているのか、どういったモノなのか知ったうえで力を貸しているのですか?」


「そうだよー。そもそも、私って、主様が負の感情を闇の神に押し付けた時に、ちょっとだけ余った負の感情と喜びや楽しみを混ぜた、喜怒哀楽の塊みたいなもんだし。光の神の欠片の一部みたいなモノなの。だから、手を貸すというかー、自分でしたいことをしているだけ? みたいなー」


 あの無邪気な笑みは一見、純粋に楽しんでいるようだが、ライトは瞳の輝きに、冷たくどす黒い何かが滞留し続けているように見えた。


「そうですか。貴方の意思でしていることならば、何も言うことはありません。では、もう一つだけ、何故、死の峡谷や死者の街に罠や伏兵を潜ませたりしなかったのです? 貴方は策略や騙すことが好きなのでしょう?」


 以前ここで戦った時は、三英雄たちを相手に普通に戦っても勝てるところを、罠にはめ苦しむ様を見て、愉悦に浸っていた。

 その彼女が何も準備せず待ち構えている。正直罠だとしか思えないのだが、今のところ怪しい気配もない。


「だってさー、策とか罠って、万が一に備えて、相手の戦力を削ったりする為の物でしょ? 力の差があったとしても、戦いは何があるかわかんないから、念の為に相手を弱らせる必要があるもんね。腐食の大地の魔物は主様がー、最終決戦を盛り上げる為には必須だろうって、配置しちゃったものだから、私関係ないよ?」


 説明をしているようなのだが、肝心な問いかけへの答えはまだ出てこないようで、ファイリたちは少しイラつきながらも、迂闊な行動は控え、相手の一挙手一投足を見逃すまいと集中している。


「あ、ごめーん。説明になってないね。罠とかしなかった理由は……万が一にも負けることが無い力を手に入れたからだよ? 圧倒的な強者が弱者に策を練る必要はない。わかるよねー?」


 そう言い不敵に笑うミリオンから闇の波動が放たれる。全身から吹き出す濃密な闇が周囲を吹き荒れ、ライトを除く三人は、身をかがめ足を踏ん張っていなければ、吹き飛ばされてしまいそうだった。

 ライトはいつの間にか開放していた『神力』により体へ神気を纏い、吹きつけてくる闇を全て白銀の光が消し去っている。

 暴れ狂う闇の魔素が治まった後には異様な姿へ変貌した、ミリオンがいた。

 着衣は吹き飛び、その裸体を惜しげもなく晒し、短かった髪が足元まで伸び、体の表面に無数の口が浮き出ている。

 見覚えのある姿の集合体にライトたちは顔を歪め、忌々しげに睨みつける。

 そんな彼らの姿を見て、満足そうに体中の口が口角を吊り上げると、一斉に口を開いた。


「「「「「さあ、何でもやっていいよ。今の私に怖い物なんて何もないんだから」」」」」


 幾つもの声が重なり、不快な音の響きが耳へと届く。

 変貌したミリオンは自分から仕掛けてくる気はないようで、ライトたちの動向を見守り、その全てを力でねじ伏せる気でいる。


「勝ち誇るのは全てが終わってからにした方が良いですよ。では、遠慮はしません。全力で貴方を倒させていただきます」


 ライトは収納袋からメイスを取り出すと、先端の鉄塊を持ち上げ天高く掲げる。


『我は願う、絶望を刻まれ、闇に汚れし魂の安らぎを』


 発音の全てを『神声』で行い、流れ出る言葉は優しく、荘厳で、何処か寂しげでもある。


『我は願う、神具にて魂を癒す友へ、我が呼び声が届くことを』


 ライトを中心とした半球状の空間が白銀の光の粒子に満たされ、その光は徐々に強まり、ライトの姿を完全に覆い隠す。


『我は願う、友と共に戦場を駆け抜けんことを』


「へえー、今度は誰を召喚するの? 今更誰がきたって、何の役にも立たないわよ」


 以前見たことのある、召喚の詠唱に臆することなく、ミリオンは手を出さずに悠然と構え、魔法が発動するのを待っているようだ。


『我は誓う、汝が再び力を示すというのならば、その願いを叶え、一度ひとたびの奇跡を体現せしめることを!』


 ライトが振り下ろしたメイスが大地へと突き刺さり、ライトの周囲を覆っていた白銀の光が拡散し、光が死者の街全域に広がる。

 全ての光が霧散した後には、ライトを守るように前方に立つ、五人の姿があった。


「ありがとうよ、ライト。俺たちの想い。最後の望み。ここで叶えてみせる!」


 大剣を肩に担いだエクスが、獰猛な笑みを浮かべ一歩前に進み出る。


「ミリオンには前回の借りを返してあげないといけないね」


 眼鏡の鼻当てを人差し指で、くいっと押し上げるとロジックは杖を構える。


「聖女として、姉として、人として、恥じぬ最後を見せましょう。三英雄、最後の晴れ舞台。とくとご覧あそばせ」


 両手を胸の前で組み、祈るべき対象を失っているミミカは神にすがるのではなく、ただ、皆が想いを遂げられるよう、自分の想いが届くように虚空へと祈りを捧げる。


「さーて、乙女が最後に輝く舞台としては最高よね。土塊ちゃん、盛り上げちゃって」


 両手に両刃の斧を携えたキャサリンが腰を捻りながら前へと歩き、後方で控えている仲間へ振り返り、ウインクをする。


「了解した。派手にいこう」


 土塊がそう答えると、仲間たちが一斉に振り向いた。

 ライトたちが初めて聞く、歌が絡んでいない土塊の通常の声は、とても澄んでいて男性とも女性とも取れる中世的な声色をしている。

 全員の視線が集まっているのを理解した上で、土塊はニヤリと笑うと、楽器の弦を激しくかき鳴らし、渾身の演奏を始める。


「いいわー、盛り上がってきたわね! さあ、殺ろうよ! ライトさんと戦える日をどれ程待ち望んでいたか。想い焦がれ、悶え、狂い、震え、何度も想像して歓喜し、濡らしてきたことか! もう待てない! ライトさん、思う存分、殺し合いましょう!」


 口元をだらしなく崩し、唾を撒き散らし、血走った目で叫ぶミリオン。正気とは思えない様子に、普通なら怖気づきそうになりそうなものだが、今更その程度で怯える程、やわな神経をしている者はこの場にはいない。


「じゃあ、始めようか。一足先に、俺たちの最終決戦を」


 仮初の体を得た死者たちと、友であった悪魔との決戦が今始まろうとしている。


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