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独りが好きな回復職  作者: 昼熊
本編
102/145

母として 神として

 死を司る神――ライトの母は、ライトの顔を正面から見つめ嬉しそうに微笑む。


「母さん、血の涙どうにかなりませんか。凄く不気味です」


 ライトは母との感動の再会が期待される場面で、顔をしかめ正直な意見を口にする。

 死を司る神の表情が呆れたような表情に変わり、大きくため息を吐く。


「ライト、変わらないわね。普通、会いたかったよお母さんっ! って抱き付く場面だと思うのよ」


「嫌ですよ。血のシミが付きそうじゃないですか」


「あんたって子は……」


 この状況でも自分のペースを崩さず、平常心に見えるライトの頼もしさを嬉しく思いつつも、もう少し可愛げがあってもいいのではないかと思う、死を司る神だった。


「親子漫談はまだ続くのかな? 面白いから、ずっとしてくれてもいいんだけどさ」


 光の神の突っ込みに二人は同時にお互いから目を逸らし、視線を敵へと向ける。


「いえ、積もる話はまた後でしますので。それよりも、先程の話では説明不足の箇所があり、まだ疑問が残っているのですが。質問は受け付けてもらえるのでしょうか?」


「ああいいよ。でも、じっくり話をするなら、椅子とテーブルぐらい出してもらえないかい? 僕が出そうかとも思ったんだけど、今はキミが目覚め心の中の主導権はキミに移っているようだから無理なんだよ」


 一瞬、ライトは光の神の発言が理解できなかったのだが、ここが自分の心の中だということを思い出し、軽く念じてみる。

 すると、丸テーブルと三脚の椅子が何もなかった空間に、魔法で転移してきたかのように突如現れた。


「ふむ、キミたちの椅子は立派な椅子の様だが、何故、僕の椅子は座る部分が鋭利な三角形の頂点になっているのだろうか」


 ライトと死を司る神の椅子は、手すり付きでクッション性の高い立派な椅子だったのだが、光の神の近くに現れた椅子は背もたれもなく、木製の三角柱を横に向けて、脚を四本付けただけの物だった。


「初めての体験なので、間違えてしまったようです失礼しました」


 ライトは鼻を鳴らして面倒臭そうに謝ると、光の神の椅子は消え、今度はライトたちと同じ物が出現する。

 コツをつかんだライトがもう一度念じると、周りで呆気にとられている仲間たち用の椅子を彼らの近くに発生させる。


「では、改めて質問します。まずは母さんになのですが、闇の神の欠片と言っていましたが、それはつまり、闇の神と同様と考えて間違いありませんか? それと話を聞いた限りでは闇の神が邪神と呼ばれる存在だとは思えないのですが」


 全員が椅子に腰を下ろし、対話の準備が整うとライトが口火を切った。


「私は、闇の神の一部ではありますが、闇の神そのものではありません。記憶と力の一部を分け与えられてはいますが、思考も性格も別物だと考えてください。闇の神は人の醜い面を見続け、それでも人を見捨てず見守ってきた神です。あの方が存命中は、悪魔と呼ばれる存在も統率されていて、むやみに人へ危害を与えることもなかったのです。心根の醜い者には厳しく弱者には優しいお方でした」


「まあ、僕を封印した後は悪魔たちが暴走し始めて、今のような事態になっているわけだけどねー」


 光の神がその説明を補足しているが、その口調は闇の神を小馬鹿にしているとしか思えない。死を司る神は光の神を軽く睨みつけると、再び話を続ける。


「その口でよく言いますね。統率力を失った悪魔たちに、分断された体を全て解放すれば闇の神が蘇ると、そそのかしたのは貴方でしょう」


「あれは面白かったね。闇の陣営に潜り込ませていた下僕が中々優秀で、嘘が得意な子だったのだよ。あることないこと悪魔へ吹き込んでくれて、元人間で人に虐げられた奴らばかりだから騙すのが凄く簡単だったらしいよ。敬愛する闇の神の復活と、人間の命。どちらが大切かなんて考えるまでもないよね。でも、それで僕を責めるのはお門違いってものだ。闇の神だって、死を司る神、キミを僕の陣営に紛れ込ませていたんだから。光と闇、僕たちは元々一心同体、考えることも一緒だってことさ」


 肩をすくめて「やれやれ」と呟く光の神の顔面を今すぐにでも粉砕したいライトだったが、今の自分ではかすり傷の一つもつけられないと、いつもの表情を崩さず何とか堪えている。


「闇の神は貴方と違い、人望がありましたからね。光の神が封印されてから、貴方の陣営の従神は誰一人として復活させようとしなかった。それどころか、復活を阻止することに手を貸してくださいましたよ」


「そうそう、それだよ! ちょっと、ライトくん聞いてくれるかい! 神々の戦争やってさ、生き残った数少ない僕の駒たちが、僕に反旗を翻して華麗なる復活を邪魔するんだよ。酷いと思わないかい! 拾ってやって神にまでしてやった恩を忘れるなんて最低だよね。元々僕から駒へ分けてやった力なのに、それを勝手に特別な贈り物スペシャルギフト何て言ってさ、人間に渡しているし。又貸しする奴なんて死ねばいいのに」


 頬を膨らまし、子供のように怒ったふりをする自分自身の姿に、ライトのイラつきが限界に達しようとしている。表面上は冷静さを装って入るが、怒りと苛立ちが抑えられず微かに震える右手を、テーブルの下でそっと握られた。

 ライトは少し驚いた顔をして、右手の方向へ顔を向ける。そこには、血の涙を止め、穏やかな表情でライトを見つめる死を司る神の姿があった。


「神々の戦争中に今まで貴方が偽ってきた仮面が剥がれ落ち、戦争に歓喜し、笑いながら悪魔たちを虐殺する姿を見れば、信仰心など空の彼方へ飛び去ってしまいますよ。従神の方々は元々、良識のある素晴らしい人たちでした。貴方の本性を見て自分たちが間違っていたことを悟れるぐらい」


「失敗したよ。戦争があまりに楽しくって、規律を重視し、正義を執行する光の神という芝居を忘れていてさ。結局、一人を除いて、みんな僕の敵に回っちゃうし散々だったよ。飼い犬に手を噛まれるって、まさにこの事だよね」


「その、一人と言うのは何者なのですか?」


 この状況でそれでも光の神に付き従う者がいる。それがライトには信じられなかったのだが、実際、魂の欠片となった光の神だけで、自分の欠片を解放することは不可能だったのは間違いない。

 光の神の協力者。ライトはそれがかなり引っかかっていた。


「ああ、彼女のことか。ライトくんも何度も出会っているじゃないか。悪魔キルザール。今はミリオンと名乗っているみたいだね」


「やはり……そうですか」


 薄々感づいてはいたが、確言が取れたことにより実感が湧いてきた。

 今思い返せば怪しいところは幾らでもある。

 悪魔に対しての仲間意識の欠如。戦いの勝敗よりも楽しみを優先。主が大切と言っておきながら闇の神の解放にそれ程熱心さが感じられない。


「全てに納得がいきました。ミリオンの希薄さは光の神譲りなわけですね。では、最後にもう一つだけ、闇の神の意識は今どうなっているのでしょうか」


「それは、僕より死を司る神が詳しいのじゃないかな」


「闇の神は永遠の迷宮最深部で眠りについています。光の神の力の大半が眠る場所で、封印に集中している為、誰も接触が取れない状況です」


「だそうだよ。あそこに、僕の力の六割近くが封印されているからね。残りは全部解放したから、それなりには力を得ているんだけど、やっぱり全部戻さないと締りが悪いしさ。そろそろ、最後の封印解きに行こうかな」


 光の神が椅子からゆっくりと立ち上がると、ライトに背を向けテーブルから離れていく。

 ライトは今ここで逃すべきではないと判断したのだが、体が意志に逆らい動こうとしない。


「あ、そうそう。ライトくんの体は返すよ。『神力』『神体』とか特別な贈り物も取らないから安心して。今は解かれた欠片だけで、自分の体を成形するのは余裕だし。ぶっちゃけ開放されたら、ライトくんの体が邪魔なんだよ。人の体で神の力を行使するには無理があるからね。色々楽しかったよ。さーて、完全復活したら手始めに何をしようかなー。直接手を下さなくても、人間で遊ぶ手段何て幾らでもあるしね」


 隙だらけの背中へ飛びかかり、その体を粉砕する。ライトはそれを実行する為に体へ力を込めるのだが、まるで石化されたかのように指一本動かすことができないでいる。

 それは、仲間も同じらしく、歯を食いしばり動こうと足掻いているようだが、動くことが叶わず、遠ざかる光の神の背を睨みつけるので精一杯だった。

 光の神がこの場から消え去ると同時にライトたちの金縛りが解ける。


「やっと動けるようになりやがった。色々ありすぎて頭が混乱しているが、つまりどういうことだ?」


「エクスちゃんってほんとおバカさんね。話を要約すると、死を司る神がライトちゃんの育ての母だということよ! つまり、大事なのはそこ! ということで、お母様。結婚を前提に付き合わせていただいています、キャサリンと申しますぅ」


 エクスの目の前にいた筈のキャサリンが、目にも留まらぬ速度で死を司る神の前に移動し、死を司る神にいち早く挨拶をしている。


「ライト。子供の恋愛に口を出すつもりはないのだけど。ええと、受け? 攻め?」


「……母さん」


 見当違いな心配をしてくる母親に、ライトは疲れたように額に手を当て、大きく息を吐いた。

 ここで好印象を与えようとキャサリンは続けて話しかけようとしたのだが、キャサリンと死を司る神との間に割り込んできた人影があった。


『キャサリン様、嘘を仰るのは如何なものかと。お母様、初めまして。ライト様の身の回りの世話を担当し、ライト様には私の心と体の世話をしてもらっています。今後ともお引き立てのほど、よろしくお願いいたします』


 メイド長は頭を深々と下げ、自分こそがライトの相手に相応しいとアピールしている。


「ライトあなた……両刀使いなの?」


「はぁ……」


 さっきまでの緊迫した空気は薄れ、どこか抜けている母親の姿を懐かしく思い、苦笑いを浮かべるライトの姿があった。


「恋愛事情は後で盛り上げるとして、ライトは私に言いたいことがあるわよね。私は自分が何をしてきたのか理解しているつもりよ。どんな罵倒も受け入れる覚悟はしています。死ねというのならこの命を差し出すこともいとわないわ」


 表情を引き締め、神と呼ぶに相応しい厳かな雰囲気を纏う母にライトは、躊躇いながらも素直な心境を口にした。


「母さんは、私の中に光の神が逃げ込んだことを知り、神官になりすまして近づいてきたのだよね。それは間違いない?」


「ええ、間違いないわ。貴方の中に眠る光の神を蘇らさないようにする為、貴方の元へ現れ、育児をしながら光の神の封印を徐々に強化していったの。貴方が所有する『神力』は武の神に頼み与えてもらった、逆境に打ち勝つ為の力。そして、少しでも神の力に慣れておくことで、光の神からの支配に抗えるのではないかと思ったのだけど、それは無駄に終わったみたい」


「なら、感謝することはあっても、恨むことなんて何もないよ」


「でも、あなたを騙して近づいて、辛い未来が待っていることも隠し通して、貴方に本当のことを何も話さなかった……それどころか、裏で糸を引いてライトが苦難の道を進むように仕掛けていたのよ。力を付けさせ、光の神を復活させない為にっ!」


 叫ぶように罪の告白をする死を司る神に歩み寄ると、その肩を引き寄せ抱きしめる。


「母さんは昔、よくこうしてくれましたよね。今でこそ、物事に動じないこんな性格になりましたが、昔は本当に泣き虫でしたから。母さんが、あの頃の行いは全て芝居で、私を騙していたと言っても信じませんよ。死を司る神ではなく、貴方は私にとって唯一の母なのですから」


「ごめん、ごめんね、ライト」


 声を殺して泣き続ける母の背を、ライトは子供時代にしてもらっていたように、優しく何度も撫で続けた。

 死を司る神が泣き止み落ち着くと、少し恥ずかしそうにライトから離れ「こほんっ」と一つ咳払いをする。そして、ライトの仲間たちが自分に注目しているのを知ると、表情を作り今更ながら威厳のある感じを出そうとしている。


「じゃあ、気持ちを切り替えてこれからの事を話しましょう。私は光の神の妨害を潜り抜け、ライトの心の中にエクスさんたちを送り込むことで、力の大半を失ってしまいました。永遠の迷宮の維持も最早不可能となっています。あの迷宮はそもそも闇の神が作り出したもので、私に管理する権利を委譲されていた物です。今、永遠の迷宮はその力を失い、ただの穴と成り果てているでしょう」


「つまり、誰でも容易に封印場所へと向かうことができるってことか。俺たちは百階への到達ですらあれ程苦労したってのによ。何かずるいな」


「ずるいとか、そういう問題じゃないのだけどね。そうなると、光の神が封印を解くのも時間の問題になるのかな」


「あ、でも、まだ虚無の大穴が残っているし、封印を解くには膨大な闇の魔力が必要なのよね」


 口を挟める雰囲気ではなかったので黙っていた三英雄が意見を交わし、ミミカの発言に頷いている。


「うーん、あれ? 光の神ってさっき、最後の封印を解きに行くって言ってなかったかしら。つまり、虚無の大穴の封印は既に解かれたってことじゃないの?」


 三英雄はそんなのことを言っていたのか覚えていないようで首を傾げているが、弦を一回弾いて音を出し、視線を集めた土塊がキャサリンの疑問を肯定する意味で、首を縦に振った。


『土塊様。もう口で仰っても宜しいのでは?』


 歌声とライトの過去を暴露した時に散々声を出していた癖に、日常で声を出すことを頑なに拒む土塊。


「何にせよ外の状況が掴めないことには、対策の練りようもありません。それに、ファイリ、イリアンヌ、ロッディゲルスとも相談しなければなりませんので。目覚めてから話し合いませんか?」


 ライトの提案に全員が頷く。話がまとまったところで、メイド長が一歩ライトへ近づき『失礼します』と断って、その胸に飛び込んだ。

 驚いたライトが反応もできずに硬直していると、メイド長はその背に手を回し、きつく抱きしめ胸に顔を埋める。


『私はここでお別れになります。肉体を持たぬ私には戻る場所もありませんし、徐々に存在が薄れてきたようです。あと数刻の後に消え去ることでしょう。最後に、一つだけ我がままを聞いてもらえませんか』


「貴方は私の命の恩人です。何でも言ってください」


『ライト様。消える前に、想い出をくださいませんか。貴方の――』


 胸元から顔を上げたメイド長は涙を湛え潤んだ瞳でライトを見つめている。そして、意を決し最後の願いを口にしようとした。


「あ、メイド長さん。あなたは消えませんよ? 私と一緒にメイスの中へお邪魔しましょう。生き返らすことはできませんが、今なら皆さんと同様に魂の存在となり、メイスの中に住むことが可能ですので」


 見つめ合う二人の間に割り込んだのは、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべた死を司る神だった。その背後には同様に目元と口元を緩ませ、ニヤついている仲間の姿がある。

 その状況に急に羞恥心が増したメイド長は、ライトを押しのけると慌てて距離を取り、いつものすまし顔を取り繕うが、顔が赤らんでいるので無理をしているのが丸わかりだった。


「あー、では、皆さん外の世界でお会いしましょう。皆さん、本当にありがとうございました。こうやって、再びその姿を見ることができて嬉しかったですよ」


 ライトはそう言うと意識を集中し、体が外に出るような感覚を思い浮かべる。すると、体が浮遊感に包まれ、体が光を放ちながら空へと吸い込まれていく。

 最後にライトが足元を見下ろすと、仲間たちが大きく手を振っている姿が見えた。

 暗闇のトンネルを抜け、光が差す方向へと飛び続けたライトは、目も眩むような光を放つ世界へとその身を投げ込んだ。

 ライトが目を開けるとそこは、木々が生い茂った森の様な場所だった。

 状態を確かめる為に体を動かそうとしたのだが、首から上以外は全く動かず、状況を把握できぬまま視線を自分の体へ向けた。

 どうやら、ライトは黒い鎖でぐるぐる巻きにされているようだ。それに、首元に感じる鉄の冷たい感触は後ろから当てられている短剣の刃らしい。

 正面には鋭い視線でライトを睨むファイリとロッディゲルスの姿がある。おそらく後方で短剣を当てているのがイリアンヌだろうと予測する。


「さあ、ライトを呼び戻せ! そしてお前はライトの体から出ていくんだ!」


「早くしろ。我は容赦する気はないぞ」


「ようやく捕まえた。さっさとライトを解放しなさい!」


 最悪のタイミングで目覚めたライトは、ここから三人に自分が本物であることをどうやって証明するべきか、頭を悩ませることになる。


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