永遠の迷宮
キャサリンの工房に寄り、武器類を収納袋に詰めると永遠の迷宮へ向かった。永遠の迷宮入口付近には、いくつかの露店と兵士の姿がある。
この街で唯一魔物と戦うことができる場所なので、やってくる冒険者目当ての商売人が集まり、結構な賑わいを見せていた。
「えらく活気あるわね」
「迷宮に入る前の回復アイテムの補充や、腹ごしらえを狙っていますから。それに、迷宮で稼いできた人相手の商売もあるようですよ」
露店で売るには相応しくない、高級品の貴金属を置いてある店まである。
「必需品は収納袋に入れていますので、特に必要なものはありませんよ。こら、今から戦いに行くのに、オモチャなんて買うんじゃありません」
物珍しい道具に目を奪われているイリアンヌの襟首を掴み、引きずっていく。
永遠の迷宮入口には巨大な両開きの扉があり、その脇には小さな小屋と二人の兵士が立っていた。
「すまんが、許可書の提示を願えるかの」
立派な口髭を生やした、かなり高齢の兵士が歩み寄ってくる。
「いつもご苦労様です」
ライトは軽く会釈すると、白銀色のプレートを手渡した。
「おー、ライトじゃったか。ほいほい、許可書は問題ないようじゃな。メンバーは、お主と黒光りとリボンと……おや、こやつは初めて見る顔じゃの。ふむ」
老兵はそこで黙ると、イリアンヌをじっと観察している。
「残り一人は、残念娘といったところかのう」
「どこ見て言った、じいさん!」
「ほっほっほっ、そのない胸に手を当てて考えてみるのじゃな」
顔を真っ赤にしていきり立つイリアンヌを、ライトは慣れた手つきで背後から抱える。
「あまり、からかわないであげてください。許可は取れたようですし、行きましょうか」
「ちと待たんかい。面倒じゃが初挑戦の者がおる場合は軽く説明せんといかんからな。これも業務のうちじゃ」
老兵は懐から書類の束を出すと、指を舐めページをめくり始めた。
「あー、どこじゃったかな。お、ここか。ここ永遠の迷宮での注意事項をいくつか言うておくぞ。一つ、迷惑行為をしない。一つ、倒した敵が落とした物は全て持ち帰って良い。一つ、万が一殺られても、この入口まで元の状態で強制転送されるから安心して死んでこい。まあ、殆どのやからが既に死んどるがな。ほっほっほっ」
「え、最後の転送って何?」
「ええとですね、この迷宮は死を司る神が直々に創ったものなので、色々と便利な機能があるのですよ。一度行った階層なら入口からいきなり、そこへ転送できたり。殺られたら入口に戻されるとか、便利ですよね」
小首をかしげるイリアンヌに、ライトは老兵に代わり質問へ答えた。
「あと、注意事項が他にもあった気がするが、忘れてもうたわ。ライト、あとで付け加えておくのじゃぞ」
それだけ伝えると老兵は門の脇へと立ち去った。
「もう、相変わらず、いい加減ね。あのじっちゃまは」
慣れているのだろう、キャサリンは軽く息を吐くと肩をすくめた。
「では、何階ぐらいが良いでしょうか。ミリオンさんもいますから、適度な難易度がいいですよね。五十階ぐらいが妥当でしょうか」
ライトは門の中心部にある菱形の大きな水晶に手を当てた。
「それぐらいかしらね。イリアンヌちゃんも腕が立つみたいだし、きっと大丈夫でしょ。ミリオンちゃんもそれでいいかしら?」
「よくわからないので、お願いします!」
「満場一致のようなので、行きましょうか」
「ねえ、私の意見は!」
イリアンヌの言葉は聞こえなかったことにして、ライトは永遠の迷宮転送装置を起動させた。
「なんじゃこりゃぁぁぁぁっ!」
イリアンヌの絶叫が遠くの山にこだまする。
「この階層は景色が良くて、心が和みますよ」
ライトは新鮮な草木の香りを、目一杯吸い込む。
「何で、地下に山があるのよ!」
「草花も豊富でピクニックにもってこいよね。サンドイッチでも持ってきたら良かったかしら」
キャサリンはしゃがみ込み、足元の小さな花を見て微笑んでいる。
「空に雲がある! 太陽は見えないけど、普通に明るいんですけど!」
「噂には聞いていたけど、立派ねー。流石、神様の造られた迷宮ね!」
ミリオンは収納袋から、黒く長方形で四角い箱に丸いレンズが付いた物を取りだした。これは一般の人々にも広まっている写真機と呼ばれる魔道具で、目の前の映像を内部の魔石に記録し、後で見ることができる。
その写真機を構え、周囲の風景を何枚も撮っている。
「え、何で、みんな平気なの! ここ地下で迷宮で魔境なのよ! 何で大草原が広がっているのよ!」
「落ち着いてください。ここは言わば異空間らしいですよ。擬似的な世界が創られているそうです。かなり大きく見えますが、実は見えない壁が存在していて、あまり奥までは行けなくなっていますし」
「それにしても、他の迷宮とレベルが違いすぎる。私この街に来てから驚いてばかりな気が……はははは」
イリアンヌは虚ろな表情で力なく笑っている。
「呆けてもいられないようですよ。敵が来ました」
背後に生えている丈の高い草を掻き分けて、茶色い物体が顔を出した。
それは毛むくじゃらの顔面で、鋭い二本の牙が口から飛び出している。大きな鼻から、ブォーと息を吐く猪――の顔がついた人型の魔物だった。
「ワーボアね。となると、斧がいいかしら。ライトちゃん斧だしてくれるぅ」
「了解しました、はいどうぞ」
収納袋に右手を突っ込み、中をまさぐるようにして掴むと一気に抜き出した。斧を一度地面に下ろすと刃の部分を手に取り、柄をキャサリンへ向け手渡す。
「あ、り、が、と。さーてと、切れ味はどうかしらねー」
両刃の斧を両手で握り、体勢を低くして斧を肩に担ぐ。ジリジリとすり足でキャサリンは間合いを詰めていく。
イリアンヌは手を出す気はないようで、ナイフを構え周囲の警戒をしている。
ミリオンは写真機を構え、シャッターチャンスを逃すまいと動向に注目している。
ワーボアはキャサリンを敵と判断したようで、前傾の姿勢になると一気に突っ込んできた。鋭く尖った二本の牙を突き刺さんと、砂煙を巻き上げ突進する姿はまさに猪突猛進。
キャサリンはワーボアに正面から立ち向かうと、間合いに入った瞬間、一気に斧を振り下ろす。
唸りを上げ迫る刃の速度は、ワーボアの予想を遥かに超えていたのだろう。避けることもなく、その頭へと突き刺さった。
その刃は何も無かったかのように、容易く頭を切り裂き地面へと叩きつけられた。
大量の血しぶきを上げ、真っ二つに切断された無残な死体が草原へと転がる。
「切れ味もバッチリね。使い勝手も悪くないし合格かしら。やだぁ、服に血がついてる。シミにならないといいんだけど」
キャサリンは体についた返り血を綺麗な布で懸命に拭っている。
「ただの変態かと思ったら凄腕の変態だったとは」
「姐さんすっごーい。鍛冶の腕だけじゃなかったのね。写真いいですか!」
「もう、しょうがないわね。綺麗に撮ってね」
妙に感心して頷いているイリアンヌと、様々の角度から写真を撮り始めるミリオン。それに応えてポーズをとるキャサリンをライトは黙って眺めていた。
「って、あんた止めなさいよ! 何ぼーっとしてんの。探索が進まないでしょ!」
「楽しそうなので水を差したら悪いかと思いまして」
「そこも撮影会やめる! ほら、さっさと行くわよ」
このメンバーで意外にもリーダーシップを発揮したのは、イリアンヌだった。
その後も順調に進んでいった。
キャサリンは持ってきた、斧、鎌、両手剣、片手剣、槍の具合を順番に確かめていく。幾つかの改良点も見つかり、満足しているようだ。
敵の殆どをキャサリンが対処し、取りこぼした敵をライトとイリアンヌの二人が始末していく。
ライトは相変わらずの怪力を生かした一撃必殺の攻撃で敵を粉砕する。
イリアンヌは対照的で、刃が二十センチ程の長さしかない片刃のナイフを両手に構え、スピードで相手を翻弄する戦いが得意なようだ。何度も斬りつけることによって相手を弱らせ、痛みと出血で集中力が途切れたところで急所に一突き。いかにも暗殺者らしい攻撃方法で危なげなく敵を倒していく。
「あっ、イリアンヌ強かったのですね」
「ほんと意外だわ」
「ですよねー」
三人は同じ思いだったようで、イリアンヌの戦いを見てしきりに感心している。
「あんたら私をどういう目で見ていたのよ!」
三人は顔を見合わせ頷き、一斉に顔をイリアンヌに向ける。
「えっと、露出好きかしら」
「ウエイトレスさん?」
「駄々っ子」
「どれも納得いかないけど、あんたが一番腹立つわっ!」
ライトは首元に突きつけられたナイフの刃を、人差し指と親指で摘む。
「はいはい、剥ぎ取りの邪魔だから、向こうでじゃれててねー」
ミリオンは二人を押しのけ、魔物の死体がある場所にしゃがむ。
ミリオンのここでの役割は、戦闘中は応援や盛り上げ役に徹し、戦闘後の素材剥ぎ取りや魔石の鑑定を担当していた。
「使えるのは牙と皮ぐらいかなー。あと結構いい魔石もゲットだー」
採取した素材や魔石は全て、ライトの収納袋へ放り込まれる。
「私の武器はもういいわよ。ちゃんと全部確かめたから。次は鉱石発掘に行きましょう」
「五十階層だと、確か北西に採掘現場がありましたよね。ここからそう遠くないですから、さっさと片付けて帰りましょうか」
「やっと発掘に移るのね。ねえねえ、もしかしてだけどぉ、ここで採れた鉱石って掘った人が自由にしていいのぉ?」
イリアンヌがライトに体を寄せ、少し甘えた声を出している。
「似合いませんよ、それ。取り分は、キャサリンさんとミリオンさんが必要な鉱石は二人が買取り、必要のない鉱石はギルドに売って四人で分けます」
イリアンヌは大きく頷くと、握りこぶしを上空へ突き出した。
「おっしゃー! 普通に採掘しても馬鹿力のあんたに勝てるわけないし、山分けならどう考えても私が得するわ!」
今にも踊りだしそうなイリアンヌを横目にライトは呟く。
「あのことは言わぬが花ですかね」