8話
■■■
空き教室にて。
“彼”と“彼女”は向き合っていた。互いにクラスメート同士。顔を知らないはずはなく、むしろ互いの顔をよく知っている。毎日毎日想い続けている相手。目を閉じればその顔を鮮明に思い描ける、そんな相手だ。
だが、互いに知らない。互いに想い合っていることを。自分は相手のことをこんなに想っているけど相手はどうなのだろうと、不安になっている同士だ。
互いにその想いに気付くことなくそのクラスメートだけの関係は続いてるが、ちょっと出来事を与えてあげれば、その関係は崩れ新たな関係ができる。
「あの・・・なんで桐ケ谷くんはここにいるの?」
“彼女”は“彼”にそう問い掛けた。見る限り好きな相手を前にしてどこかぎこちなさを感じさせる。普段ならそんなことないのだが、小動物のような印象を与えた。互いに想い合っていることに気付けば変わるだろう。いや、“彼”の前ではかわいらしくするのかはわからないが。
「俺は夢野に呼び出されたんだ。結城さんは?」
「私は手紙でここに呼び出されました、大事な話があると。その手紙は桐ケ谷くんじゃないよね?」
「あぁ、俺ではないな・・・」
話が途切れ辺りが沈黙に包まれた。外から吹奏楽部が練習する音楽が聞こえ、その中で二人だけの空間ができていた。二人とも顔を見合わせることができずにいた。
僕は次の手段に移った。
「全く夢野は俺を呼び出して何を」
バイブレーションが桐ケ谷の台詞を遮った。携帯電話のメール着信を伝えるバイブレーションだ。
「なんだ・・・?あっ、夢野か・・・って、えっ」
“彼”の視線が携帯電話に移り、“彼女”も“彼”を見ている中で、教室の外にいる僕はやって来た睡魔に身を委ねた。
僕は心のどこかで感じ取っていた。“彼”と“彼女”を互いの想いを伝えさせたいという気持ちは自分からのものではなく、どこからかのものだということを。現に本来の僕はここまで手際よく迷いなく小細工をやるわけがない。そして、都合よくあの“時間を止める”暴力的な睡魔がやって来るはずがないのだから。
あの灰色の世界で僕は教室の中に入った。
まず窓のカーテンを閉めた。できる限り教室が真っ暗になるようにした。そして教室の片隅に小型スピーカーを置いて教室の外へ出た。僕は視界の隅に赤くほのかに光る小さなつぼみを2つ見た。
教室の外に出た僕はドアを閉めた。二人のためにやっているとはいえ、やっている小細工を考えると申し訳なく思った。
僕は目をつむった。すぐに睡魔がやって来て、現実へ誘った。