5話
僕は目を覚ました。
世界は灰色に包まれ、無音と静寂が広がっていた。
僕の目の前には彼が微動だにしていなかった。僕の体を支える体勢のまま固まっていた。この世界では当たり前の光景だ。
色彩も、音も、動きもないこの世界において、色彩も音も動きも持っているのは自分だけだ。何回過去の世界に来ただけだったが、僕はそのことを理解していた。
僕はこの時間を何に使おうか・・・そう考えていると僕の耳に聞きなれぬ音が聞こえた。高く澄んだ音が音楽というかたちとなって校庭の方から聞こえてきた。
僕はその音がする方へ足を運んだ。
そして僕は灰色に染まる中を歩いた。風に舞う埃や木の葉もまるでそこで時間を切り取られてしまったように空中に貼付けられていた。
僕はその音の発生源まで辿り着いた。
それは、一台のオルガンだった。パイプオルガンのような大きいのではなく、小学校などで使ってきた机ほどの大きさのオルガンだった。全体がダークブラウンに染められていた。僕がこの世界で自分以外のもので初めての色彩だった。
そのオルガンは蓋を閉じたままどこも動くことなしに校庭の真ん中にあった。そしてそこから、僕が今まで聞いたこともない音楽が流れ出ていた。
どこか郷愁を誘うような異国風の音楽はこのオルガンの中から聞こえていた。微動だにしないオルガンから。
僕はそのオルガンに触れた。ふと手にぴりっと刺激がした。だが何も起こらない。音楽は流れたままだ。僕の目の前の誰もいない灰色の校庭に何が起きた訳でもない。
ただオルガンの音楽が鳴り響き、世界は灰色に包まれたまま凍りついたままだった。
「はぁ、何なんだよ、これは」
僕は思わず呟いた。せっかくこの世界の謎に迫れそうなものに出会えたというのに。結局わからず仕舞いだ。
僕はオルガンに背を向けさっきまでいた校舎に足を向けた。
オルガンから流れ出す音楽に背を向けて歩く僕は、色を見た。
校舎を出て校庭に行こうとしていた人だろうか、校舎の下駄箱にいた人のちょうど心臓の辺りにほのかに赤い光が見えた。普段なら気付かなそうな光だが、この灰色一色の世界では目立った。
その光があったのは同じクラスの女子生徒だった。名前は確か・・・・・・?あれっ、うまく思い出せない。直接話したことはないけれど、いつも教室で顔を見ているはずなのに。
僕は戸惑ったが、興味を抑えることができずにその光を手に取った。