こどもごころ
・「卵」「太陽光発電」「めまい」の三語を使うこと
・作中で美味しい料理を作ること
以上の条件で書きました。
本当はこれに加えて千文字以内という条件もあったのは内緒。
フライパンに油をひき、火にかける。熱している間に、ちゃっちゃと卵をとき、生臭さを消すためにナツメグと塩を少々。
熱くなったところで先ほど混ぜた卵を薄く流し入れると、油がはじける賑やかな音、そして香ばしい芳香がたちまちに台所に広がる。ついでにむわりとした熱気が頬をなでていく。思わず、額の汗を拭って顔をしかめた。せっかくクーラーが暑さを忘れさせてくれていたのに。
透明がかっていた黄色が、みるみる白みをおびていく。固まりきらない半熟のうちに、昼食の残りのチキンライスに乗せる。これを三回繰り返して、今晩の料理は出来上がり! 時間も手間もかからない、簡単オムライス!
「できたよー! 運んでー!」
大声を上げると、二階から騒がしい歓声と足音が響いてきた。すぐに夫と娘が駆けつけてくるだろう。その嬉しそうな表情を想像して、思わず口元がほころんだ。
思えば、娘が生まれてから、色々と変わったものだ。私は料理をするようになり、夫は家事に協力的になった。
娘の誕生は、私たちにだけでなく、彼女の祖父母にも感動を与えた。かまわないと言っているのに、彼らはずいぶんと援助をしてくれたものだ。この家に取り付けてあるソーラーパネルだって、私と夫の両親が出産祝いとして費用を出してくれたのだ。太陽光発電のおかげで電気代がかなり助かっている。彼らには感謝してもしきれない。もちろん、娘にも。
「ママー! 今日のごはんなにー!」
台所に元気な鉄砲玉が飛び込んできた。その右手になかば引きずられながら、苦笑いの夫も顔を出す。
小さな娘は大きな目を輝かせ、キッチンカウンターを覗き込もうとした。何しろ彼女は三歳児、いかんせん背丈が足りない。カウンターの端に手をかけ、ぴょんぴょんと跳ねる姿は、可愛いが危なっかしい。
「あはは、なんだろうね。ユウコにはわかるかなー?」
皿を手にとり、ハイっと目の前にさしだす。
「さーて、これの名前は」
なんでしょう、と言おうとした口が止まる。
皿を見る。とろとろとしたオムライスはやわらかく湯気を上げている。ほんの少しだけ焦げ目のついた卵は、どこも破れておらず、見るからにふっくらとしている。
別にどこもおかしくない、はず。むしろ、我ながらおいしそうとさえ思っていたのだ。現に、夫だって嬉しそうに皿の中身をのぞきこんでいる。だが。
次の瞬間、娘の盛大な泣き声が、我が家に響き渡った。
※ ※ ※
「……それで、中に入っているヒヨコさんがかわいそうだ、と」
涙と鼻水で顔面をぐちゃぐちゃにしながら、ユウコはうなずいてみせた。
「ユウコはいい子だなあ」
夫はのんきに笑いながら、悠々とオムライスを口に運ぶ。
「うーん、うまい。やっぱりおまえの作る料理はおいしいよ」
めまいに眉間を抑えた。おいおい、その言葉は嬉しいけれど、どうしてこのタイミングなんだ! 案の定、娘の顔がみるみる凍りついていく。今の彼女にとって、彼は血も涙もない非道な鬼に見えていることだろう。
「よしよし、ちょっと落ち着いて」
青ざめた夫に厳しい視線を投げてから、手近なティッシュで涙を、ついでに鼻水を拭いてやる。
どうやら私の娘は、やたらと素直でまっすぐに育ってくれたようだ。それは喜ばしいことなのだが、優しすぎるというのは時に面倒……いやいや、大変だ。
つまりはこういうことだ。幼稚園で、ヒヨコが主人公の紙芝居を読んでもらった。しかし、「ママ」の姿が主人公とはあまりにもかけ離れている。どうしてか先生に質問してみたところ、卵から生まれたときはフワフワで黄色だけど、大きくなると元気なニワトリさんになるのよ、と教えてくれた、と。
普通だったらその変化に驚きそうなものだが、ユウコにとっては白い玉からヒヨコが生まれることの方が大発見だったらしい。その着眼点には感心するが、今の状況はいただけない。
「ママがヒヨコさん焼いた、パパがヒヨコさん食べた……」
うわあ、そういう言い方をされるとなんとも。
「大丈夫だ、これは無精卵だから。あ、ムセイランなんて言ってもわからないよな。つまり、こうびを」
言いかけて、夫はいきなり黙る……うん、性教育はまだ早いと思うな。
「ええとね、ユウコ、落ち着いて。つまりパパが言いたいことはね、もともとヒヨコさんが居ない卵もあるってこと。そういうものを私たちは食べているんだよ」
多少違うが、まあいいだろう。さすがに三歳児に交尾がどうのこうのは教えたくない。
「……じゃあ、ヒヨコさん、食べて、ないの?」
「うん。そうだよ」
「よかったぁ」
屈託のない笑みに、部屋の空気が和らいだ。
※ ※ ※
「眠ったかい?」
「うん。泣き疲れたからかな」
居間のすみに布団を敷くと、娘はいつもよりも早く寝付いた。すうすうという穏やかな寝息が耳をくすぐる。
子供特有のやわらかい髪の毛に人差し指をからめて遊ぶ。起きる気配は微塵もない。
「しかし、子供を育てるのは難しいなあ。現実を教えれば教えるほど、きれいな心を汚していく気がするよ」
彼は眉毛を下げ、これ以上ないほどに困った顔をしてみせた。まったくだ、と彼に同意してため息をついた。
「そうだね。かと言って何も教えないで放置してもいけないし」
ウーンと二人して腕を組む。いやはや、子育ては楽ではない。退屈はしないが。
ふと夫がつぶやいた。
「肉製品の元の姿を知ったら、どんな反応をするのかな」
「考えたくもない」
げんなりとうめく。当の本人は、何も知らずに天使の寝顔をうかべていた。






