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カクテル3



 今月いっぱいで退社する同僚の送別会帰りに、


一人で行きつけのバーに立ち寄った。


飲み会で強引に愛想笑いしていた自分を癒してやりたかった。


静かな仄暗いカウンターの隅で、それこそ店の壁に掛けられている


ライオンの頭部の隣で人間である自分を捨てて


いっそ剥製にされてかけられたい気分だった。


しかしそのささやかな幸せも、隣に座っていた女性に壊された。


突然話しかけられ、気がつくと女性はボクに質問攻めしていた。


「彼女いるの?」


 から始まり、首を横に振るとこちらを指さしてケラケラと笑い出したり。


「あたしネクタイ結んであげるのすきなんだぁぁ」


 と言うなり、ボクの首元をいじり始めたと思ったら


首がつぶれるかと思うくらいきつくネクタイを結ばれた。


グラスを丁寧に磨いているバーテンダーに救いを求め目をやると、


微笑んで頷いたのみだった。


ボクはなんて非力なんだろう。


もっと人に対してはっきりと言える強くてしっかりした男だったら、


そもそもここで飲むこともなく隣の客に首を締められてはいないはずだ。


我慢も限界に来ていたボクは飲みかけのグラスを


一気に飲み干して席を立とうとした時も、


「女に振られたんだったらすっきりしてから帰ろうか!? おねーちゃんきいたげるよー?」


「なんで知ってるんですか?」


 咄嗟に出た言葉に失笑する自分、そしてポンポンと肩を叩かれつつ


まぁまぁ座りなといわれ気が付くと席に戻っている自分に馬鹿と内心で言ってやる。


「なんとなく分かるんだよー、バーでまったり自慰行為に


 浸っている人種はだいたい仕事か異性ごとだよん」


 偉そうな言いぐさ。ボクは目を合わせないようにして、


また席を立つと五月蠅くなりそうなので適当に


いっぱい頼んで酔いつぶれるまで待とうと思った。


この調子ならすぐに落ちるだろう。


「あの~リトルウィッチ、ください」


「はい、かしこまりました。ありがとうございます」


 バーテンダーは丁寧に会釈すると自分と真逆の隅にいる女性客と会話を続ける。


どうやら常連らしい。


 女性はこちらの動きは無視して続ける。


「んで、どうした小僧!」


 ボクは突っ込まれないよう静かに嘆息した。


 社内で想いを寄せつつ色々相談に乗っていた女性が、寿退社で先ほどまで送別会だった。


送別会解散の際、彼女は何の変わりもなくボクの肩を優しく叩いて、


「色々本当にお世話になって、何度言葉に出しても言い切れませんけど


 ありがとうございました。お仕事一緒にしていて楽しかったです」


 一礼して、二次会にボクを誘うことなく他の社員達と夜闇に消えた。


悔しかった。


この想いの原因を探ってみるとはっきりと自分の想いを言わず、


結婚相手となった我が親友を紹介したのも自分だし、


その友人のプレゼンというかアピールしてやったのも自分だし。

 

彼女は何も悪くない。


二次会のことも明日ボクが出勤早いと知っていて気を遣ってのことなのだ。


っていうかそう自分に言い聞かせている時点でやばいだろう・・・うん。


もういいから泣きたい。一人で泣きたいだってば。だからほっとけ!!

 



と、いうことをもちろん最後の三行は胸の内にしまったが、簡単に話した。


ため息混じりに、視線をグラスから聞き手の女性に向けると


恐ろしく真面目に自分を見ていることに驚き目を反らした。


そして、まじまじとボクの目を見て


「あはははアンタ、ばっかじゃねえの?」


「へ?」


 聞こえた言葉が予想外というか、初めて聞く言葉でもありボクは固まった。


その様子をまるで面白がるかのように女性はゴメンゴメンと自分の肩を叩いてくる。


「もう、いいですよ! ごゆっくり」


 ため息混じりに語尾を荒げて席を立とうと決心した、その時だった。


「別に良いけど、彼女を悪者にするのだけはやめなさいよ。


 聞いてると他人のせいに思いはじめてるでしょ?」


「・・・・・・」


「あはははわっかりやすーい!! え、うそぉやだ耳まで赤くしちゃって♪」


(くそっ)


 内心でボクは、泣きたかったというか泣いていた。


気持ちを見事に酔っぱらいに射抜かれ、驚き固まったところを弄られるという男と


しては大変恥ずかしい状況にボクは陥っているのだ。

 

気が付くとボクは座って、カクテルを一気に飲み干していた。


隣で彼女が小さく拍手する。

「もうお願いですから、勘弁してください」


 ぺこぺこ頭を下げながら彼女に懇願する。


顔を上げて彼女の顔を見るとかすんで見えたので目を擦ると、液体が指に付いていた。


いつの間にか泣いていたらしい。


飲み屋で、しかも偶然会った女性にここまで揺さぶられることに


自分はなんと情けないのだろうと胸が焼け焦げそうなくらい辛かった。


こんな辛い夜は初めてだった。


明日からは、想いを馳せていた彼女とは同僚ではなくたんなる親友の彼女となる。


それをボクは、温かい目で見守ってやる。その覚悟を持ちたかった夜でもあったのに。


 ・・・・・・・・・・・


「モスコミュールください」


 親友が好きなカクテル。それを同僚の彼女に教えたら、


会社の集まりや親友と三人での飲み会でも彼女はそれを頼むようになった。


本当はそれもあって、嫌いになったカクテルなのにいつのまにか頼んでいる。


そんな自分が、もう信じられない。


彼女が好きになった、それも自分が紹介したカクテルを飲んでいる。


それを反芻していると、涙が自然と溢れた。


「お待たせ致しました。どうぞモスコミュールです」


 優雅な物腰で空いたグラスと入れ替わりに、赤銅色のグラスを置く。


「だからさぁ、被害者って顔すんなっていってんの!?」


「あのさぁ貴女に関係ないでしょ!」


「それが関係あんのよ」


 ボクは、つい大声で彼女に視線を送り際に言った。


後々省みて、酔っていたとかたづける。


「なにがあるんですかぁぁぁ!!」


 大声にも、動ぜず女性はじっとこちらを見つめて呟いた。


「あんたに惚れたのよ。ここに通ってるあんたを見ててさ。


 同僚の女が好きな癖に友達に肩もたせている不器用


なお前にぃぃ」


 人差し指をボクの額に押しつけて、ぎりぎりと爪で刺しながら呟く。


「いって! ・・・・・・!?」


 人差し指を払いのけて、しかめた顔を上げて見た彼女表情を見て、ボクは絶句した。


鼻をすすりつつ、目を赤くして涙を流していた。


グラスを持つ手が震えているのが印象的だった。


「どうしたんですか?」


 首をかしげて、尋ねると彼女は引きつった笑みを浮かべて呟く。


「あ、あのさぁ。わかるかな・・・あたし不器用なんだよ。


 それで、アンタも不器用みたい・・・じゃん?」


「はぁ」


 確実に自分の肺腑を抉られる気分だったが堪え忍ぶ。


「試しに付き合ってみない? 似たもの同士うまくいくと思うんだけどな」


 ボクはうーん、と唸りながらカクテルを一気に飲み干した。


だが酔いで鈍くなった思考では、わざとらしいその間も役に立たない。


そう思ったとき、気が付くとボクは頷いていた。


「実験期間がつきますけど、それでもよければ」


 ハンカチで口元を抑え、鼻をすすりながら彼女は応える。


「馬鹿、わかりずらいんだよっ」


 ボクの椅子を軽く蹴って赤面しているその女性ひとの瞳は、


とても綺麗で真っ直ぐとボクだけを見てくれていたとその時初めて気づいた。



  ・・・・・・




ガチャ



カランカラン・・・・・・


「ありがとうございました。

 またのご来店、心よりお待ち申し上げております。


是非今度はお二人でいらしてください」


 

・・・・・・




 


-閉店間際-


 


「眠いなぁ」

「そりゃ開店から閉店までカウンターで飲んでりゃそうなるわよ


 お尻痛くならない?」


「皮が厚いのあたし」


「はいはいわかったわかった」


「何度も言うけどあたし始めてみた」


「なにが?」


「恋人になる瞬間」


 ひかりは苦笑しながら、悪友のさおりにカクテルを差し出す。


 さおりは、赤いそのカクテルを面白そうに眺めた。


「なに、毒入ってないよ? さおりの言ったとおりあの二人をテーマに作っただけ」


 自分用にストックしておいた、オリーブをつまみながらひかりは呟く。


ひかりは片づけと、明日の簡単な仕込みにかかっており


手元はとんでもない早さで動いていた。


酔っている客がそれをじっと見ているとめまいをおこすらしい。


 さおりは少しの間斜に構えて、カクテルを観察していたがやがて


頬杖を付いて一口、口にすると誰もいない正面をじっと見たまま口を開いた。


「なんて名前のカクテル?」


 手元を止めず、ひかるは答える。


「メイフォア」


「へー」


「梅酒がベースなの。梅酒好きだったわよね」


 さおりは視線は変えずこくんと頷いて、ピースサインをつくる。


 彼女らしくない反応に、ひかりは興味をそそられて、


「なになに、どうしたの? あのふたりにあてられた?」


 眉間に皺を寄せて呟くとさおりは冷笑を浮かべながら、


いつのまにか紅く潤んだ瞳をひかりに向けて呟く。


「年上の女が好きって男、どう思う?」


「うーん・・・器が出かけりゃいいんじゃない?」


「そうだよねぇ。年上とか言ったって女は男に頼りたい生き物だもんね。


 結局されるよりはそうなのよ。だからさ


よっぽど思いやりがないとさ・・・」


「・・・・・・」

 


ひかりはふーん、意味ありげにさおりを観察しながら呻くと


洗い立てのグラスを表に返し、


一度笑顔でさおりに一瞥してからあるカクテルを作って差し出す。


「どうぞ、アクセサリーっていうの。サービスだよ」


「ん、ありがと」


 一口飲む。さおりは笑顔で言葉にはせず口の形でおいしいとあらわした。


 ひかりはありがとう、とこくんと頷いて、傍らに置いている水を一口飲んでから、呟いた。


 <ねぇ、聞こえる? 気づいてる?>


<私の心鳴が>


<貴方の寝顔を背にすすり泣く音でもいい>


<貴方の発する言葉一つ一つに私は心を傾けていることに>


<そんなわたしに貴方は少しでも感じていただいていますか?>


<それがいつか通じるように、私はただひたすら祈っています>


<それでも涙が溢れるのは、一番通じる貴方へのサインなんだろうけど>


<見せる勇気が沸かないことを許してください>



「・・・・・・」

「なんか・・・ぐさっと来るね」


「うん、最初泣けた」


「けどひかりは人前で泣かないよね? 強いよ」


 小首をかしげて、いつの間にか流している大粒の涙を振り払うこともなくさおりは尋ねた。


その仕草に、かおりは目頭が熱くなったが踏みとどまり微笑んで答える。


「強くはないよ。臆病すぎるんだよ、自分を人に見せた後に聞く言葉があたしは怖いの。


 でも昔のことに未練とか、故意に避けていることがあるわけじゃないのよ。


別に過去の人を想うだけならいいとおもうし、


ただ悩みを抱えて前に進めなくなるくらいなら、そんなのないほうがましだとおもうけど」


「・・・そっか。ごめんね思い出させて」


「いやいいよ。こっちこそ聞いてくれてありがと」

 




そのあと、二人はお互いの事を口に出すことはなかった。


それでも夜はマイペースに時の上を流れ落ち、朝と昼がまた沈むのを待ち続ける。


自分の都合とは関係なく運命は不意に自分の前に道を開いてくる。


そこに向かうのは勇気だとか大げさなものは必要なく、遊び心が必要なのだとひかりは思った。


そしてまた、Barは様々な旅人の黄昏を待ち望みつつ眠りについた。





END


 


 

草食男子と片思いな女傑をテーマに書いてみました。

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