5-3 香音と息抜きデート③
ジェットコースターに、ゴーカートに、コーヒーカップに、バイキングに……俺たちはその後もいろんなアトラクションを楽しんだ。
「銀河さん、あーんしてください」
「あーん」
休憩時間にはソフトクリームを食べさせ合ったりも。
恋人同士の、とことん定番なこと……ずっと憧れたことをしていく。
「おやおや、口元にクリームが付いてますよ。ぺろぺろっ♪」
「香音ちゃん、子犬みたいだ」
「わんわんっ! 実際あたしは銀河さんのペットですよ。性的な意味で」
「こらこら」
楽しい時間は早く過ぎていく。
気がつけば空がオレンジがかってきた。人の数もまばらになってきて、閉園まであと少しというところだ。
「じゃあ最後に、観覧車に乗りますか!」
観覧車に乗り込むと、俺と香音ちゃんは隣り合って座った。
小さな頭を、香音ちゃんはそっと俺の肩に預けてくる。ずっと賑やかにしゃべっていたのに、今は無言だった。
ゴンドラはゆったりと上空へ移動していく。橙色が次第に大きくなって視界に飛び込んでくる。
頂点に達したところで、香音ちゃんはぽつりと口を開いた。
「大好きです、銀河さん」
「どうしたの、急に」
「銀河さんも、言ってください」
「……ああ、大好きだよ香音ちゃん」
さっき子犬みたいだと言ったけど、それくらい可愛く俺に懐いてくれる年下の子。
理想的な恋人だ。こういう彼女が、ずっと欲しかった。
何より、男流棋士を侮る棋士が多いらしい中、この子は当初から俺の将棋を応援してくれていた。
「本当に大好きです。……だからこそ」
香音ちゃんはギュッと強く引っ付いてくる。
「真剣勝負とは、離れた関係でいたかったなぁ」
「それって……」
「あたし、琉王戦は今度が初参加なんです。6組なんですよ。一番下の。銀河さんもきっと、6組に入れられますよね」
間もなく次期がスタートする、俺が特別参加させてもらうことになった琉王戦。
この棋戦の予選は、ランキング戦とも呼ばれている。棋士たちを前期の成績に応じて1~6組に分けて行うのだ。
新人――俺と香音ちゃんは当然、一番下の6組ランキング戦に入ることになる。
「いつか当たるってことじゃないですか、あたしたち」
「……そう、だね」
「今日のデートを計画している時点では、そんな話はぜんぜん出てなかったです。……だから純粋な気持ちで楽しみたいって思ってたのに」
ずっと、純粋な気持ちで楽しんでいるようにしか見えなかった。
でもそんなことは決して面には出さず、心の底に複雑な思いをしまいこんでいた。
けれど、ついに堪えきれず、あふれ出してしまったのだ。
「やだなぁ。やですよ。銀河さんと戦うなんて。……勝てそうにないからじゃないですよ? 蹴落とし合う戦いだから、やなんです」
俺と香音ちゃんは、何度となく永久研で練習将棋をしてきた。
そのすべてに、俺が勝ってきた。
今の実力は、俺のほうが上だと彼女も理解しているはずだ。
それでも、棋士と男流棋士。異なる制度の者同士。公式戦では決して戦うことはないはずだった。
だから香音ちゃんも、いくら練習では負けていても深刻に捉えてはいなかった。
だけどもう、この俺を――上に行くための障害だと。商売敵だと捉えざるを得なくなった。
「玉輝お姉様は、銀河さんと当たるのを楽しみにしてるみたいですけど……あたし、あの人ほどの将棋の鬼じゃないですもん。ぐすっ、あたしは……」
俺はもう無言で、涙ぐむ香音ちゃんの肩を抱いていた。
ゴンドラが地上に近づいてくる。彼女は慌ててハンカチで目元を拭った。
「ごめんなさい、見苦しいところを見せちゃって。デートの終わりはもっとロマンティックにしたかったのに」
「いや……」
どう言ったらいいかわからないまま、俺は香音ちゃんと手を繋ぎながら観覧車を降りた。
そのまま、まっすぐに遊園地を出た。電車に乗り込み地元への帰路に着く。
手は繋いだままだったが、お互いにうつむいたまま声をかけられなかった。電車の走行音だけを聞きながら、別れの時が近づくのを待っていた。
「あの、あたし次ですから」
車内アナウンスに顔を上げる香音ちゃん。今まで知らなかったが、俺と彼女の家は二駅の距離にあるらしかった。
「最初は……デートの終わりには、実家にご招待したいなって計画してたんです。ママにも銀河さんを紹介して。それで、徹夜でラブラブしたいなって。でも……」
「俺は急いでないよ。香音ちゃんの気持ちが一番大事だから」
「……ああもう、本当にいい男なんですから銀河さんは」
電車が止まる。他の人も下りる中、彼女は優しく俺から手を離した。
「銀河さん、今日はありがとうございました」
「うん。こちらこそ、ありがとう」
ホームにぴょこんと移ってから、香音ちゃんは笑顔を作って手を振った。
「研究会は、また明日からいつもどおりしましょうね!」
扉が閉まる。手を振る彼女の姿はすぐに見えなくなった。
翌日、正午ぴったりにその告知は行われた。
琉王戦の各組ランキング戦の組み合わせ。
この俺、最上銀河男流名人の最初の対局相手は。
――薬師寺香音四段。




