その婚約は合理的なはずだった
「……本気ですか、ロヴァルド様」
側近のクラウドの呆れたような声にも、書類から目を離さなかった。
「好都合だろう」
短く答えると、クラウドは眉を寄せた。
「“好都合”で隣国の公爵令嬢へ婚約を申し込む王太子がいますか」
「いるからこうして準備をしている」
「そんなだから、冷酷だの傍若無人だのと言われるんですよ」
「うるさい。さっさとエルフォルド家の事を調べろ」
「……はいはい」
机の上に置かれているのは、隣国のエルディオール王国に関する報告書。
その一番上には、つい先程届いたばかりの情報が載っている。
── 第一王子キリギルス・エルディオール 、ロゼリア・エルフォルドとの婚約を破棄
エルディオール王国の中で、最も王族に近しいエルフォルド公爵家。
我が国へと取り込めれば、国にとって大きな利益となる。
「……調べろと言ったのは昨日ですよね?」
「そうだ」
「それで何故、今日の訪問になるんですか……」
「報告書が上がる前に、再婚約でもされたら目も当てられん」
「仰ることは分かりますがね。約束も取り付けずに突然訪問するなんて、門前払いされても仕方ないですよ?」
小煩いやつだ。
「隣国とはいえ、王族の訪問を門前払いする貴族などおらん」
「はぁ……胃に穴が開きそうですよ」
エルフォルド公爵邸へ到着すると、使用人達が静かに、しかし慌ただしく動いていた。
突然の王族訪問となると混乱して当然だろうが。
それでも屋敷内に目立った乱れはなく、使用人への教育も行き届いているのだろう。
エルフォルド公爵家の地盤の強さが窺えた。
応接室へ通されると、早々に本題へ入る。
「アーシュヴァルツ王国の王太子殿下からの婚約の申し込みを頂けるとは光栄でございます。しかし、あまりにも性急なお話で──」
「そちらにとって悪い話ではないはずだ」
エルフォルド公爵家を取り込める機会など、そう多くはない。
「それはそうですが……」
公爵が言葉を濁した、その時だった。
扉の向こうで気配が止まる。
続いて、控えめなノックが室内へ響いた。
「失礼致します」
扉が開き、一人の令嬢が姿を現す。
──ロゼリア・エルフォルド
婚約を破棄されたばかりの女。
だが、表情は思っていたよりずっと落ち着いていてた。
無礼なはずのこちらに対しても、礼を欠かぬ凛とした立ち振る舞い。
本来、令嬢というものはこうあるべきだ。
そう思わせる第一印象だった。
「……ご息女か。 突然の訪問、失礼する」
「お初にお目に掛かります、ロヴァルド殿下。 私、ロゼリア・エルフォルドと申します」
「……ロヴァルド・アーシュヴァルツだ」
無論、何かしら思うところはあるのだろう。
だがそれを態度に出さぬだけの理性がある。
あまり比較するものではないが、感情を隠し切れぬ者は令嬢に限らず多い。
「単刀直入に言おう。貴女に婚約を申し込みに来た」
「なぜ…… 私なのでしょうか」
「何故とは?」
聡明な印象の彼女に、聞き返されるとは思っていなかった。
理由など一つしかないだろう。
「エルフォルド公爵家の影響力は計り知れない。貴女も理解しているだろう」
「……それは」
「貴女がこの国の王太妃とならぬのなら、我が国がそれを得る。──ただそれだけの話だ」
ましてや王族からの申し出。
断るわけが──
「有難いお話ですが──。私は一度、婚約を破棄された身です。 再び王太子殿下と婚約する資格があるとは思えません」
……断るだと?
そして、その理由が自分にあると?
婚約破棄の理由を、知らないとでも思っているのだろうか。
キリギルス・エルディオール第一王子の噂は、こちらにも届いている。
特に女性関係がな。
「過去は貴女の瑕疵ではない」
「……ですが、ロヴァルド殿下のご評判に傷がついては、双方にとっても損ではございませんか?」
「問題ないと言っている」
明らかに困っている。
婚約自体を嫌がっているようには見えなかったが……。
王族との婚約。
家にとっても利益の大きい話のはずだ。
それでもなお、躊躇う理由があるのか。
「ロヴァルド殿下」
「なんだろうか」
「娘も突然のことで動揺しております。 こちらのお話は、日を改めて頂けますでしょうか」
「……そのほうが良さそうだな」
彼女を見ていて、動揺しているとは思えなかった。
しかし、即答出来ない何かを隠しているのは明白だ。
これ以上話をしても、今は何も進展などしないだろう。
「本日はこれで失礼する。 返事は良いものを期待している」
「珍しいですね」
馬車へ乗り込むなり、クラウドがぽつりと零した。
「何がだ」
「王族からの申し出に飛び付かない貴族も」
「ああ……。何かを隠しているんだろう」
「悪い評判は聞かない公爵家ですけどね」
上位の貴族にしては珍しく黒い噂がない。
それも判断材料の一つだったが……。
「それにしても……ロゼリア嬢はお綺麗でしたね!」
くだらん。
「エルフォルド公爵家には価値がある。それだけだ」
「はぁ……未来の陛下として女性にも興味を持って頂きたいんですけどね……」
「……黙れ」
ロゼリア・エルフォルドは、他の令嬢とは何かが違った。
それが何かは分からんが……。
判断を下すには、まだ情報が足りん。
今後の為にも、関係を築いておく必要はあるだろうな。
利用出来るものは利用する。
ただそれだけの話だ。
お読みいただきありがとうございました。
本編4話のロヴァルド視点のお話でしたが、いかがだったでしょうか?
番外編は不定期で、他視点や、本編では描かれなかった日常なども書いていけたらと思っております。
またお読み頂けたら嬉しいです。




