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【改稿版】はじめまして、旦那様。離縁はいつになさいます?   作者: あゆみノワ@書籍『完全別居〜』アイリスNEO
1章

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捨てる神あれば拾う神あり 4


 奇跡的な早さで、アグリアからの手紙は無事にシオンの元に届いた。


「おっ! シオン。愛妻からの手紙かっ? いいねぇ」

「まさかお前が結婚するとはねぇ。もう結婚して三年……いや、四年だっけ?」

「でもお前、結婚してから一度も奥さんと暮らしてないんだろ? さすがにもう愛想尽かされて逃げられてると思ってたよ」


 仲間たちに冷やかされ、シオンはじろりと鋭い視線を送った。


「でも五年近くも離れ離れなんて、奥さん寂しかっただろうなぁ。さぁ、これから幸せになれると思ったら肝心の夫がいないんだからさ」

「……」

「ま、戦争だからしょうがないけどさ。この際だからゆっくり奥さん孝行してくるんだな! いいなぁ。帰りを待っててくれるかわいい奥さんがいるなんて、心底うらやましいよ」

「……」

「俺も早く結婚したいっ! で、あったかい手料理とにっこり優しい微笑みで、『おかえりなさい。あなた。会いたかったわ』とか言われたいじゃないか!」


 なぜだかいつまでも楽しげに盛り上がる仲間たちを、シオンはしっしっ、と手で追い払った。

 そして届いたばかりの手紙に、もう一度視線を落とした。女性らしいやわらかな文字が、なんともくすぐったい。


『シオン様

 お手紙ありがとうございます。

 お休みをいただけるとのこと、とても嬉しく思います。おけがは心配ですが、自然たっぷりの領地でのんびり休めばきっとすぐによくなるでしょう。

 こちらでは今、メリューの収穫の真っただ中です。甘い香りが領内に立ち込めて、それはそれはとても素敵なんですよ。お帰りになったら、自慢のメリューのパイを焼いてお出ししますね。

 無事のお帰り、心よりお待ちしております。

 あなたのアグリアより』


 女性らしいやわらかな筆跡でかかれた手紙を読み返し、シオンは首を傾げた。


「メリュー……って、なんだ?」


 甘い香りのする農作物ということは、きっと果物か何かなのだろう。それを使ったパイを焼いて待っていてくれる気らしい。けれど王都でもそんな名前の果物はとんと聞いたことがない。

 するとわらわらと舞い戻ってきた仲間たちのひとりが、ぽんと手を叩いた。


「メリュー? あぁ! 俺知ってるよ。王都の朝市で一度だけ見たことがある。果肉はトロリとしていてやわらかくて、とびきり甘くてうまいらしい」

「へぇ」


 王都出身の新米兵が教えてくれた。なんでもつい最近出回るようになった果物で、希少なためかなり高値で取引されているんだとか。


「一部のお貴族様やら金持ち連中には人気があるらしいよ。でもすぐにやわらかくなっちまうとかで、長時間の輸送には向かないからなかなか手に入らないんだってさ」


 なるほど、そんな果物があの領地にはあるのか、と新鮮な気持ちでうなずいた。


「いいなぁ! メリューのパイかぁ。うまいんだろうなぁ。俺も食べてみたい。奥さんお手製の甘ーいメリューのパイ!」

「……」

「俺も、俺も! おかえりなさい、あなたとか言われてさぁ。甘ーい甘ーいパイをあーん、ってしてもらうんだ!」

「……」


 結婚どころかまだ恋人もいない仲間のうらやましそうな視線にさらされつつ、シオンは苦虫を嚙み潰したような顔で嘆息した。


 正直言えば、気持ちは複雑だった。できることなら一度も会わずに済めばいいと思っていた。アグリアにしても契約上の夫に帰られても気づまりだろうし、かといってまったく何もせず無視というのもバツが悪いだろうし。なんなら戦地で命を落としてもそれはそれだ。

 なのにまさか、上官命令で強制的に休暇を取らされるとは思いもしなかった。


 どんな顔をして会えばいいのか。夫とは言え、一度も会ったこともなければごく簡単なプロフィールしか互いに知らない間柄なのだ。そんな相手とひとつ屋根の下でひと月も暮らすことになるとは。


 領地に宿屋でもあれば早々に移ればいいのだが、あの領地にはそんなものはないとモンバルトから聞いていた。自然だけはある。だがそれ以外はこれといって娯楽も店らしい店もないらしい。となれば、腹をくくるしかなかった。


「はぁ……」


 ゆるゆると頭を振った。


 どうにかひと月の間、力仕事でも農作業でもなんでもしながらやり過ごすしかない。アグリアの父親は心臓を悪くして、最近ようやく普通の生活が送れるまでに回復したと聞いている。ならば男手は必要なはずだ。


 それにかれこれ結婚して四年近くたつのだ。いずれは今後のことを話し合っておく必要もある。その機会が早まったと思えばいいだろう。

 そう言い聞かせ、シオンは小さくうなずいた。


(あなたのアグリアより……か。結婚すると、女性はこんなふうに書くものなのか? なんかこう……)


 どうにもくすぐったさが全身に走り、もぞもぞと座り直した。


 領地は、自然が豊かでどこまでも山の稜線が続いていておおらかでいいところらしい。領民たちも皆善良で働き者、皆領主であるアグリアの父とアグリアを慕っている。あの気難しいモンバルドが気に入るくらいだ。きっといい領地なのだろう。

 アグリアのことだって、こんな田舎に置いておくのがもったいないくらいいい娘だとほめていた。料理も相当な腕前であるらしい。中身の空っぽな見た目だけ着飾った王都の令嬢なんかよりずっといい、と。


 まだ見ぬ妻の姿をふと想像し、慌てて頭を振った。


 アグリアは、ただの契約上の伴侶なのだ。互いに利用し合っているに過ぎない。その相手がどんな人間だろうと、何の関係もない。


「メリューのパイ、ね。そんなにうまいのか」


 なのになぜだろう。どうにもなんだか腹の底がもぞもぞする。むずがゆいというのか、落ち着かないというのか。自分の帰りを、甘いパイを焼いて待っていてくれる身内以外の人間がいると思うとなんとも不思議な思いがする。


 メリューのパイの香ばしく焼けた甘い香りを想像すると、少しだけ戦地を離れる日が待ち遠しく感じられた。こんなことは久しぶりだった。


 その翌日、シオンは何とも言えない心持ちではるばる馬車に乗り込み領地へと旅立ったのだった。



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