奇妙な距離 1
小さな店が二軒あるきりのほぼ自給自足のこの領地には、月に一度王都から仕入れた日用品が届けられる。その注文をさばいているのが雑貨屋のおかみ、メリダである。
恰幅のいい中年女性で、早くに夫を亡くして以来ひとりで領地唯一の雑貨屋を元気に切り回している。実に明るくおおらかで、声も大きい。自分には子がいない分、領地の子どもたちが自分の子同然なんだと言うのが口癖だ。
そんなメリダを皆が慕っていた。ある者は母のように、ある者は人生の先輩として。一部の悩み多き女性たちにとっては、大きな声では言えない悩み相談に乗ってくれる存在でもある。
今日はそうした品々が王都から届く日だった。
「メリダ! あたしの注文したやつ、届いたかい? うちの人がまだかまだかってうるさくってねぇ」
次から次へと押しかける客たちを、メリダが忙しそうにそして元気よくさばいていく。
「あー、はいはい! ちょっと待っておくれね。……えーと、これはルルんとこの品物だろ? で、こっちはフォル爺さんの湿布薬で……」
ごそごそと大量の積み荷の中から目当ての品を探し出し、メリダが差し出した。
「あぁ、あったあった! これで間違いないかい?」
「そうそう! ありがとうねぇ、メリダ。お代はここに置いておくよ」
「はいよ! 毎度どうもねぇ」
王都から荷が届く月に一度のこの日は、領民が広場に集まり大賑わいだ。皆自分の注文していた品が届くこの日を、心待ちにしている。いくら食糧はほぼ領地内で自給できるとは言え、衣類や日用品まではそうもいかないから。
アグリアもそのひとりだった。いつもは屋敷に直接荷を届けてもらうのだが、今日はたまたまシオンと外出する用があって、そのついでに立ち寄ったのだ。
「ご苦労様、メリダ。相変わらず大忙しね」
アグリアの声に、メリダがよいしょと腰を上げ振り向いた。
「おや! アグリアちゃんじゃないか。シオン様も!」
「外に出る用事があったから、ついでに荷物を取りにきたの。頼んだ品は届いてる?」
「はいはい! もちろんさ。ちょっと重いけど……ま、シオン様がいてくださるんなら大丈夫だね!」
メリダの視線が、後ろに立つシオンにちらと移った。
「あぁ、そうだ。アグリアちゃん」
メリダがアグリアの耳元に口を寄せささやいた。
「……そういえば、例のものは追加注文しなくてよかったのかい? そろそろなくなりそうじゃないかと思ったんだけど……」
「例のもの?」
何のことか思い浮かばず、アグリアは首を傾げた。
いつも自分が個人的にメリダに頼むのは、いくつかこだわりのある調味料やら下着類くらいだ。わざわざひそひそ声で話さなければいけないようなものなんて、ない気がするのだけれど。
するとメリダはずっしりと重みのある荷を肩に担ぎ上げたシオンを見やり、にんまりと笑みを浮かべた。
「決まってるじゃないか。あのクリームのことさ。……最初はなんだか新婚ってわりにぎこちなくって心配してたんだけど、すっかりなじんだみたいで安心したよ。雰囲気もいいしねぇ」
「あっ! あの時の……」
以前メリダがくれたあの小瓶を思い出し、慌てて口を覆った。
香りで異性をその気にさせるという、なんとも色っぽい用途で使われる例のあれのことに違いない。
「追加注文って……! ま、まだ使ってませんっ」
慌ててそう叫べば、シオンがけげんそうな顔で振り向いた。
「ん? どうしたんだ、アグリア。そんなに大きな声を出して」
「へっ⁉ ううんっ! なんでもないっ。なんでもないの。先に屋敷に戻っててくれる?」
例の小瓶の存在をシオンに知られるわけにはいかない。あれは誰にも見つからないように、引き出しの最奥にしっかりと隠してあるんだし。
慌ててシオンを遠ざければ、けげんそうな顔でシオンがうなずいた。
「あ、あぁ。わかった。じゃあ、先に行ってる」
どうやらメリダとのやりとりは、シオンの耳には届いていなかったらしい。
「うん! お願いね。すぐあとを追いかけるわ」
去っていくたくましい背中を見送り、ほっと安堵の息をもらした。
(ただでさえ絶妙な空気感なのに、これ以上ドキドキしたらとても神経がもたないわ)
実のところ、王都から帰ってきてからというものシオンと距離感がおかしい。なんというか以前に比べて、妙に近いというのか甘いというのか。
たとえばふとした瞬間になぜか見つめ合ってしまったり、何かの拍子に手がぶつかったりするとお互いにドギマギ落ち着かなくなってしまったり。
その度に向けられる父やモンバルトからの生温い視線もセットで、なんともいたたまれない気持ちに襲われるのだ。
どうやら違和感を感じているのは、自分だけではないらしい。シオンのこちらに向ける視線が以前とは明らかに違っていた。これまでとは熱量が違うような、くすぐったさのある視線とでも言えばいいだろうか。
(きっとこれは王都で色々なことがあったせいだわ……。一緒のベッドで眠ったり夜会に行ったり、本当に色々あったもの)
気持ち的な距離というより、物理的な距離が明らかに近かった。そのせいで意識してしまっているのだろう。
この上さらにこんなクリームまで登場したら、今度こそ本当にシオンとまともに目を合わせられない。
アグリアは、メリダに真面目な顔で向き直った。
「気持ちは嬉しいけど、ああいうのは私たちには必要ないかなって思うの。だから追加注文はいらないわ。メリダ」
けれどどうもメリダの反応がおかしい。メリダがにんまりと嬉しそうに笑った。
「あぁ、そういうことかい! それもそうだね。うふふふふっ。ずっと離れ離れだった分、まだまだ新婚さんなんだもんねぇ。まだまだあんなものには用がないってことだね。うんうん」
「あ、いや……。あの、メリダ?」
なんだか思ったのとは違う方向にメリダが妄想している気がする。断じてそういう意味ではない。そうじゃないのだ。
けれどメリダはにこにこと笑うばかり。背中を勢いよくバンバンと叩くと告げた。
「いやぁ、あたしは本当に嬉しいんだよ。アグリアお嬢様がお幸せになってくれてさぁ。奥方様もどんなにか喜んでることだろうさ。うんうん」
「いやあの、だから今のはそういうんじゃなくて……」
「いいんだよ、いいんだ。余計な気を回しちまって悪かったねぇ。幸せならそれでいいんだよ、幸せなら」
そう言うと、メリダは満足げにうなずいて去っていった。
多分あれはすごくよくない勘違いをされている気がする。とは言えどう説明すればいいのかもわからず、アグリアは深く嘆息するしかなかった。




