いざ、夜会へ
「さぁ、これで完璧! とってもきれいよ。アグリアちゃん」
「では、いってまいります。お義母様、リリアンヌさん」
義母とリリアンヌふたりの手によって着飾ってもらい、履き慣れない踵の高い靴で一段一段ゆっくりと階段を下りていく。
「……!」
階下にシオンの姿を認め、こくりと息をのむ。
(うわぁ! シオンったらすごく素敵……。普段のラフな恰好も素敵だけど、正装姿の破壊力がすごいわ)
見慣れない姿に、胸がバクバクとうるさいくらいに高鳴る。
果たしてこんなに美麗なシオンの隣に、こんな田舎令嬢が立っていいものだろうか。引き立て役としてはこれ以上ないと言えなくもないけれど。
そんなことを思いながらシオンのもとへとたどり着き、そろりと見上げた。
「……シオン?」
なぜかこちらを見つめたまま、シオンはピクリとも動かない。しばらくしてようやくシオンが動いたものの、口元を片手で覆いふいと目を逸らされてしまった。
さては儀礼上のほめ言葉すら見当たらなくて困っているのかもしれない。
「あの……シオン? 大丈夫?」
気を遣わせてしまっているのだとしたら、なんとも申し訳ない。いたたまれない気持ちで身を縮こまらせれば、シオンがはっと顔をこちらに向けた。
「あ、いや。すまない。……ちょっといつもとあまりに違う姿に驚いて」
「う、うん。いいの。気にしないで」
「いや、そうじゃなくて……。その……」
「え?」
「とても、きれいだ。ドレスもよく似合っている。すまない。口下手で……。だが本当だ」
「あ……あり、がとう。シオンも、すごく素敵よ」
ゆっくりと言葉を噛み締めるように告げられたほめ言葉に、一気に全身に熱が回った。
(お世辞だってわかってても、なんか嬉しい……かも。なんだかちょっと舞い上がっちゃう)
その時だった。コホンッという咳払いが聞こえ、弾かれたようにふたり同時に振り向いた。
「あー……、いい雰囲気のところ悪いが馬車を待たせている。開場時間も迫っているのでね。そろそろ乗り込んだ方がいい」
見れば、ジグルドが困り顔で馬車を指差していた。後ろには、にこにこと微笑む義父と義母、そしてリリアンヌとルンルミアージュが何とも言えない生温い笑みを浮かべこちらを見つめていた。
「あ……」
自分に負けないくらい耳を赤く染めたシオンとそれらの視線になんとも言えないむずがゆい気持ちになって、思わずシオンの腕を力強く取った。
「さ、さぁ! 行きましょう、シオン」
「あ、あぁ! そうだな、アグリア」
ぎくしゃくとしたぎこちない空気とともに馬車に乗り込み、王都の華やかな夜はいよいよはじまったのだった。
◆ ◆ ◆
ふたりが夜会会場に向かっている頃、タリオンはそわそわと落ち着きない様子で会場の外をうろついていた。
次々とやってくる馬車。楽しげに語らいながら会場へと吸い込まれていく招待客。その中にシオンとその妻らしき姿はない。
「くそっ。どうにか会場に入る前に忠告できればと思ったんだが……」
タリオンの脳裏に、もう何年も顔を合わせていない友の暗く沈んだ顔が浮かぶ。
夜会にシオンを誘ったのは、純粋に旧友と会う機会がほしい。ただそれだけだった。だが直前になって、くる予定のなかったある男が急遽出席するらしいと聞きつけたのだ。まったくの誤算だった。
(あの男がくるんだとわかっていたら、絶対にあいつを誘ったりしなかったのに……。あいつの古傷を抉るような真似、わざわざするもんか)
自分の早計さを呪いたい気分で、ちっと舌打ちをした。
タリオンがシオンに出会ったのは、まだ互いに青臭い年頃だった。あの頃のシオンは見た目こそクールだが、中身は他の学生と大差なかった。時にはふざけて馬鹿な遊びをすることもあったし、快活に笑うことだって普通にあった。
それが別人のように変わってしまったのは、一体いつ頃からだったろう。
タリオンは過去の血生臭いとある事件を思い出し、苦い顔を浮かべた。
軍内部でも物議をかもしたその事件は、いまだ不明な点が多かった。
隣国との境にある小さな村で起きたとあって、目撃者がほとんどいなかったせいもある。一番事件について知っているはずの当事者のうちひとりは、すでに死亡しているのだから。まさに死人に口なし、だ。
(あんなことに巻き込まれたりしなきゃ、あいつは今頃とっくに除隊して普通の仕事についていたかもしれないのに……。まったく人生ってのは残酷にできてるな。あいつはあの時のことを、いまだに忘れられずにいるんだろう)
もう長いこと顔を合わせていない友の胸中を思い、頭をゆるゆると振った。
会場時刻はもう迫っていた。タリオンにとってこの夜会は半分仕事だった。軍のお偉方に付き従って、あれやこれやと面倒な仕事を任されていたのだ。
そのためにはもうそろそろ会場に戻らなければならない。
仕方なく踵を返し、会場へと足を向けた。
こうなったら何事もなく平穏に夜会が終わるのを祈るしかない。タリオンは嫌な予感をひしひしと感じつつ、口元を固く引き結んだ。




