ルンルミアージュの恩返し 2
「品物を売り込むって大変なのねぇ。おいしさは間違いないのに、果肉がやわらかい分扱いにくいって理由だけであきらめるなんて! もう歩き疲れて足が棒みたい」
ルンルミアージュがぐったりとベンチにもたれかかり、嘆息した。
青果や菓子、みやげもの屋などその後もさまざまな店を訪ね歩いてみたものの、うなずいてくれたのは今のところ最初のベーカリーだけだ。あれだって無理矢理に頼み込んだようなものだし、好感触とは言えない。
しかも生のメリューにいたっては、散々だった。完熟の状態での日持ちの悪さや扱いの難しさ、未熟な状態で仕入れをして追熟させようにも手間暇がかかり過ぎることなどを理由に、すべての店から扱いを断られてしまった。
「仕方ないわ。たくさんある品物の中でメリューだけ扱いが大変なんて、手間がかかって仕方ないもの」
無理もない。いくらおいしくても、店としては売り上げがいくらになるかが一番大事なのだ。割に合わない商品は売り物にならない。そしてそれこそが、メリューを流通させるに当たって一番の障害だった。
「どこかそれでもメリューを扱いたいって惚れ込んでくれるようなお店が、一軒でもあるといいんだけど……」
メリューのおいしさがわかればきっと皆夢中になるはずだ。アグリアにはその自信があった。でもいくらアグリアが大きな声でおいしいのだと熱弁したところで、扱ってもらえないのでは意味がない。
「まぁ、まだ店はある。腐らずに他を当たってみよう」
シオンの励ましにこくりとうなずいたその時だった。
「その前に、一旦休憩にしない? こんなに疲れてちゃ気持ちも上がらないもの。疲れた時は甘いものが一番だわ! ということで、あそこでお茶にしましょっ」
ルンルミアージュが指さした先には、驚くほど長い行列ができていた。並んでいるのはほとんどが若い女性たち。
「『エクラン』?」
白を基調とした店の看板には、臙脂色の地に白地で『エクラン』と書かれている。なんともしゃれた外装だ。
ルンルミアージュがにんまりとほくそ笑んだ。
「このお店は今王都で一番人気なの。少し値は張るけど、皆この『エクラン』のスイーツを味わおうと連日大行列ができるの。店主が作るスイーツはどれも絶品だし、見た目だってとっても素敵なんだから」
「へぇ! そうなの」
ルンルミアージュは足の痛みも忘れたかのように軽快な足取りで、さっさと行列の最後尾に加わった。アグリアとシオンも慌ててそのあとに続く。
並んでいる間にも店内から甘い香りが漂ってきて、お腹が大きな音を立てそうになったその時。
「いらっしゃいませ。どうぞ中へ」
かわいらしいエプロンドレスを身につけた店員が、中へと招き入れてくれた。
「うわぁ……! お客さんでいっぱい。内装も素敵ね!」
いかにも若い女性が好みそうな洒落た壁紙に、白とやわらかな色で統一された調度品。そして何より――。
ごくり……!
ショーケースの中に並んだまるで宝石のようにきらめくスイーツたちに、アグリアの目が釘付けになった。
「お……おいしそう! それにとってもきれい。まるで宝石みたい」
ずらりと並ぶケーキやパイ、一粒一粒丁寧に飾り付けられたショコラたち。その輝くばかりに繊細な美しさに、思わずため息がこぼれた。
「ふふっ。でしょう! でも今日は、もっととっておきを食べましょ。……あ、注文いいかしら。季節のメニューを三人分お願い」
慣れた様子で店員を呼び止め素早く注文を済ませると、ルンルミアージュがにんまりと微笑んだ。
「ここの売りはね、何と言っても季節ごとに展開される限定メニューなの」
「限定メニュー?」
「えぇ。まだ売り切れてないなんてついてるわ! 幸先いいかも」
ほくほくとした顔で、ルンルミアージュが笑った。
聞けば季節のメニューは、旬の果物をふんだんに使い、さまざまな趣向を凝らしたプチスイーツがセットになったものらしい。これが王都の女性たちに大人気なんだとか。
「す、すごいのね……。さすがは王都の大人気店」
「ということは、ここでメリューを扱ってもらえれば、王都中にメリューのおいしさが広まるんじゃないか?」
シオンの言葉に、ルンルミアージュがこくりとうなずいた。
「その通りよ! ただここの店主は、ものすごくこだわりが強いことでも有名なの。ちょっとおいしいくらいじゃ、さすがに扱ってはくれないと思うわ。でもダメ元で聞いてみましょ。……ただし、限定メニューをゆっくり堪能したあとでね!」
しばらくすると、お待ちかねのスイーツと香り高いお茶が人数分運ばれてきた。
「うわぁ……!」
皿の上に広がる美しい世界観に、感嘆の声がこぼれ落ちた。
瑞々しい旬の果物を乗せた、キラキラと光を弾くジュレ。その隣には、芸術的な形にカットされた果物をふんだんに乗せたタルト。艶々としたナパージュが目を引くフルーツケーキや、意趣を凝らしたショコラなどがふんだんに乗せられていた。
「まるで宝石箱みたいだわ。ひとつひとつがキラキラ艶やかで、彩も華やかで! 食べるのがもったいなくなっちゃう」
「確かにすごいな。これなら量を食べられない女性でも色々味わえるし、目にも楽しい」
そうだろうとばかりに、ルンルミアージュが大きくうなずいた。
「しかも使われてるのは、店主が厳選した果物や素材ばかりなの。その分お手頃ではないけど、こんなにおいしいスイーツはいくら王都でも他では味わえないわ。さ、さっそくいただきましょ!」
ルンルミアージュの熱に圧されるように食べはじめた三人の皿は、あっという間に空になった。名残惜しそうに最後の一切れを口に運んだルンルミアージュがほぅ、と満足げな息を吐き出した。
「ふぅ! あー、おいしかったぁ。幸せだったわぁ。やっぱり『エクラン』のスイーツは王都一、いえ世界一ね!」
「本当ね。こんなにおいしくてきれいなスイーツを食べたのは、生まれてはじめてよ」
領地で普段作るお菓子だってどれもおいしいけれど、そうした素朴な家庭的なものとは違い、やはり本物のすごさがある。まるで美しい絵画を見た時のような満足感と多幸感で満たされていた。
「確かにうまいな。でもどちらかというと俺は、君の作ったメリューのパイの方が好みだな」
「え?」
シオンの言葉に、目をきょとんと瞬せば、ルンルミアージュがぷっとおかしそうに噴き出した。
「ふふっ。それはシオンがアグリアのことを大好きだからでしょ! なんたって夫婦なんだもの。奥さんの愛情たっぷりのお料理がおいしいのは当然よ。でも確かにアグリアのメリューのパイは、エクランとも引けを取らないおいしさね!」
思いもよらないルンルミアージュの突っ込みに、一気に顔が熱くなった。
そんなんじゃないのに、と言いたいけれど言えないもどかしさと、自分のパイを気に入ってくれた嬉しさとが入り交じる。
すると頭上から笑い声が降ってきた。はっと振り向けば、そこには。
「ふふっ! ……あぁ、失礼。ちょうど会話が聞こえてしまって……」
ルンルミアージュが驚きに目を丸くして、ガタンッと椅子から立ち上がった。
「あ……あーっ! あなたは……!」




