捨てる神あれば拾う神あり 2
「努力はした。これでも散々努力はしたのよ。でももう無理。このままじゃ領地が人手に渡っちゃうわ」
しょんぼりと肩を落とし、モンバルトが注いでくれた果実酒をちびりと舐めた。
「まぁ、こんな王都から離れた場所においそれと婿養子にくる者なんざそうはいないだろうからなぁ。ま、今回は縁がなかったってことさ。別にそういい男でもなかったんだろう?」
「それはそうだけど……」
医者というには少々くたびれた、無精ひげの目立つモンバルトの顔をじっとりと見やった。
モンバルトは元軍医で、数年前からこの領地で暮らしている。ただの気まぐれで訪れてみたら、見事に自然以外何もないこの領地のおおらかさがいたく気に入ったんだとか。以来、アグリアの父ログの主治医でもある。
「ま、そういう時はぐいっとやるのが一番だ。たまには酒でも飲んで憂さ晴らししないとな。お前さんは真面目過ぎるんだ」
「先生はのみ過ぎよ。医者の不養生もいいとこだわ」
父の診察も終わり、今日の仕事はもう終わったとばかりにモンバルトはなみなみと酒の入ったグラスをおいしそうに飲み干した。
言っても無駄なのは、過去の経験からもうわかっている。
戦地に行った人たちは大抵酒に溺れる。きっと長らく戦地にいたモンバルトにも、忘れたい過去のひとつやふたつあるのだろう。頑なに過去の話もしたがらないし。無理に色々聞き出そうなんて思わないけど、家族同然の付き合いなのだ。心配するくらいは許してほしい。
「父はどうでした?」
「ん? あぁ。ログのことなら心配はいらん。無茶をしなけりゃ、今すぐ命がどうこうなるような状態じゃない。ま、体ん中に爆弾を抱えていることに変わりはないがな」
「……そう。いつもありがとう、先生」
二年前の冬、父が倒れた。原因は心臓だった。
十歳の時に母が亡くなって以来、領主としても父親としても懸命に役目を果たしてきた無理がたたったのだろう。モンバルトの治療のおかげで一命をとりとめ、日常生活が送れるまでに回復した。とは言え、この先は薬を飲みつつ無理をしないくらいしか打つ手はない。
いつの日かひとり取り残される日を想像するだけで、心が暗くなる。
「私がさっさといい人と結婚して、父の負担を減らせればって思って頑張ったのにな……。また振り出しだわ」
とは言っても王都に婚活に出かけるのだって金がいる。往復の馬車は王都に農作物を売りに行くついでに乗っていけばいいとしても、宿代だって馬鹿にならないしドレスだっていつも同じというわけにはいかない。
グラスとことり、と起き、ため息を吐き出した。
「女性が領主になれる決まりだったらよかったのに。そうすれば、わざわざこんなに慌てて結婚なんてしなくても済むもの。領主仕事は私にだってできるし、屋敷のやりくりだって」
父と母が愛したこの領地を、守りたい。ずっとここで領主としてこの土地と領民を守りたい。
アグリアの願いはそれだけだった。そのためなら幸せなんていらない。愛のある結婚なんて端から夢に見てもいないんだし。でもこのままじゃ、領地を手放さざるを得ない。
どんよりとしたため息を吐き出し、テーブルに突っ伏した。
「せめて兄か弟でもいりゃあ、お前さんひとりがこうして悩まずに済んだんだろうが。こればかりはなぁ……」
母が亡くなった時の、少しずつ力が抜けていく手の感触が忘れられない。空っぽのベッドの空虚さも。
もともと体の弱かった母は、自分ひとり産むのがやっとだった。もしも自分を産まなければ、もしかしたらもう少し長生きできていたのではなんて暗い思いがよぎることもある。
けれど、今さら過去を悔やんでもどうにもならない。問題は今なのだ。
モンバルトがしばしグラスの中の液体をじっと見つめ口を開いた。
「なぁ、アグリア」
「ん?」
「お前さん、夫には名目上領主でいてくれさえすれば好きにしていていいって言ってたのは今も変わらんか? 領主の仕事は自分がやるから外聞の悪い遊びさえしなけりゃ大抵のことには目をつぶるってのは」
こくりとうなずずいた。
いわゆる幸せな結婚とはとても言い難いけれど、こちらも打算から婿入りを望む以上致し方ない。端から恋だの愛だのを望んでいるわけじゃないし。
「ふむ……。ならば悪くない、か」
「何が悪くないの? 先生」
モンバルトは考え込んだのち、ぽんと手を打った。
「アグリア! お前さん、契約結婚をする気はないか?」
「……はい?」
間抜けな自分の声が、台所に響いた。
「実は軍医時代の知り合いが、形ばかりの結婚をしてくれる女性を探していてな。名前はシオン・イグバート。子爵家の三男坊で今は軍人をしている。本人にまったく結婚願望はないが、家族から今のままでは死に急ぎそうだからと結婚をせっつかれてならばと契約結婚を考えているらしい」
「契約結婚?」
きょとんと目をむいた。
「あぁ。契約期間は五年間だけ。婚礼も互いの家族への顔合わせも付き合いも、一切なし。下手に顔を合わせるとボロが出るし、シオンは基本戦地から国に帰ってくるつもりはないらしいからな。そんな状況ならば家族も仕方ないと納得するだろうと言ってな」
「じゃあ、結婚はしても、戦地と領地と離れ離れってこと?」
「そうらしい」
モンバルトが肩をすくめた。
モンバルトによれば、シオンは現在二十四歳で見た目も中身も悪くない。家柄も同じ子爵家とあって釣り合いから言っても特に問題ない。となれば、リーロンより間違いなく優良物件だ。
「それだけじゃないぞ。五年の間、毎月生活費としてそれなりの金を送るつもりだと言っていた。もちろん婚姻と離縁の際にもまとまった額を用意するつもりだ、とな」
戦地にばかり行っているせいで金がたまる一方で、これといって他に使い道もないらしい。ならば結婚した相手にやるのも悪くないと考えているんだとか。なんとも太っ腹な人である。
「でもなんで五年なの?」
アグリアは首を傾げた。
「あー、まぁそれは多分寡婦年金を考えてのことだろうな。自分に万が一のことがあっても婚姻後五年が経過していれば、寡婦手当ての受給資格が与えられるからな」
いかにもあいつの考えそうなことだ、とモンバルトが肩をすくめた。
「……」
そりゃあ戦地で戦っている以上、死を考えることはあるかもしれないがなんとも縁起の悪い話だ。もしや心身に問題を抱えているのではともやりとしていると、モンバルトが首を横に振った。
「俺の口からは詳しくは言えんが、あいつは色々とややこしいもんを抱えていてな。そのせいで人生に希望を見失っているというか、投げやりと言うか。でもまぁ悪くない男だ。まかり間違っても夫という身を利用しておかしなことを企むような男ではないから、その点は安心していい」
辛口で滅多に人をほめないモンバルトがそこまで言うのだから、きっと信用のおける人ではあるのだろう。
アグリアはふむ、と考え込んだ。




