はじめまして、義家族様 1
「お母様! ただいまっ。それからごめんなさい!」
屋敷に着くなり、ルンルミアージュは母親目掛けて飛びついた。
「私、馬鹿だったわ。赤ちゃんが生まれたら私の居場所がなくなっちゃう気がしてたの。それでつい寂しくなって、不安になって……それで屋敷を飛び出しちゃったの。心配かけてごめんなさいっ」
涙交じりに謝罪するルンルミアージュの体を、母親がぎゅっと抱きしめた。
「わかっているわ。本当に無事でよかった……」
目を潤ませ娘を抱きしめる母の姿に、幼い日の自分が重なってアグリアの胸がきゅっとなる。
ルンルミアージュの母、リリアンヌが手を差し出した。
「アグリアさん、この度は娘がご迷惑をかけてごめんなさい。本当にありがとう」
「あ、いいえ。そんな私は何も。それよりも……」
アグリアは、慌ててシオンの両親とリリアンヌに向き直った。
「こちらこそ結婚したというのに一度もご挨拶にもうかがわず、失礼をいたしました。あらためまして、アグリア・ノーレルと申します」
本来ならば四年前にしなければならない挨拶を、今さらながら口にした。
深々と頭を下げ、ぎゅっと目をつぶる。
するとコロコロと軽やかな笑い声が頭の上に降ってきた。驚いて思わず顔を上げれば、義母が朗らかに笑っていた。
「あら、いいのよ。そんなこと。シオンがそうしようって言い出したのはわかってるもの。この子、言い出したら昔から聞かないの」
「は、はぁ」
笑った顔に下がる目尻のやわらかな感じがシオンによく似ている。以前聞いた通り、シオンは母親似であるらしい。
「こんなところでいつまでも立ち話もなんだ。中へ入ろう。さ、ルンルミアージュ。中を案内しておあげ」
孫娘の無事な姿と久しぶりに見た息子の姿に、ほっと安堵したのだろう。嬉しさをにじませた義父が、ルンルミアージュに声をかけた。
「はぁい、おじいちゃま! さ、こっちよ。アグリア。シオンも!」
すっかりいつもの明るさを取り戻したルンルミアージュに手を引かれ、アグリアはシオンともとに屋敷の中へと足を踏み入れた。
「さ、まずは熱いお茶をどうぞ。長旅で疲れたでしょう?」
カチャリ、という音を立てて香りのいいお茶が目の前に置かれた。
テーブルの上には王都で人気のスイーツや軽食がずらりと並ぶ。到着に合わせ用意してくれたのだろう。
「アグリアさん。いえ、アグリアちゃんって呼んでもいいかしら? 家族皆、あなたのことをそう呼んでいつも話題にしていたものだから。ふふふっ」
「あ、は……はい! もちろんです」
思いがけない歓待に、どうにも嬉しさとむずがゆさでもじもじとする。いや、叱責されるよりはもちろんありがたくはあるのだけれど。
(ちょっと拍子抜けしちゃったかも。まさかこんなにあたたかく迎え入れてくれるなんて……)
屋敷の中は品のいい調度品でまとめられ、どこかほっとする空気を醸し出していた。
シオンの持つ雰囲気とどこかよく似ている。
「シオンもよく帰ってきてくれたわ。ずっと心配していたのよ」
「あぁ……」
気まずそうにシオンがうなずく。
それを困り顔で見やり、義母が小さく笑った。
「この子ったらちっとも王都に顔を出さないんだもの。親としては心配が尽きないの。でも心なしか以前に会った時より顔色もいいし、元気そうで安心したわ」
きっと領地の空気が合っているのね、と義母が安堵の息をついた。
これまで気が気ではない日々を過ごしていたのだろう。息子を思う母の思いを想像すると、なんとも複雑な思いだ。
「私ね、アグリアの領地で色々な体験をしたのよ! まずは牛のお産のお手伝いでしょ。それに川で魚釣りもしたのよ」
ルンルミアージュは久しぶりに会った母親にべったりとくっついて、離れようとしない。
嬉しそうに顔を輝かせ、ずっと話し続けていた。
すると玄関の方で物音がした。
「あら、ジグルド。おかえりなさい」
「お父様っ! おかえりなさいっ」
仕事で外出していたシオンの兄ジグルドが帰ってきたのだ。
父親が顔をのぞかせるなり思いきり飛びついたルンルミアージュの体を、ジグルドがひょいと抱き上げた。
「このお転婆め。どれだけ皆が心配したと思っている。……アグリアさん、この度は娘が大変世話になりました。お会いできて何よりです」
ジグルドの目が、自分からちらとシオンに移った。
「……シオン、よく帰ったな。もう生きて会えないかと思っていたぞ」
ぞんざいな物言いながら、その顔には弟への情がにじんでいた。兄弟仲は決して悪くないらしい。
「……あぁ」
もっともシオンの反応がなんとも薄いのが気にかかるけれど、兄弟なんてこんなものかもしれない。
その後挨拶は滞りなく済み、ひとまずは部屋へと案内してもらうことになった。
「さ、ここがあなたたちの部屋よ。東向きであたたかいし、窓からは王都の町も見渡せるわ。何か足りないものがあったら、そのベルでメイドを呼んでちょうだいね」
義母に案内された部屋は、なんとも素敵な部屋だった。広さも申し分なく、調度品もあたたかみがあってとても素敵だ。
けれど――。
「……」
「あら、どうかした? アグリアちゃん」
口をあんぐりと開け黙り込むアグリアに、義母がきょとんとした顔で問いかける。
「はっ……! あ、いいえっ。何でも……」
慌てて首を横に振り、動揺をごまかした。
「そう? じゃあふたりとも、夕食までお部屋でゆっくりしていてちょうだいね」
そう言って義母はいなくなった。
「……」
「……」
残されたのは、シオンと自分ふたりだけ。
なんとも言えない沈黙に耐え兼ね、アグリアが口を開いた。
「えーと……、と、とっても素敵な部屋ね。シオン」
「あ、あぁ……」
「でもこれって……」
「……」
長い沈黙が落ちた。
もともと夫婦用として作られた部屋なのだろう。部屋には広々とした大きなベッドが一台鎮座していた。
天蓋付きの、非常に贅沢なベッドだ。寝具も見るからにふかふかで、パリッと糊の効いたシーツもかけられている。
なんとも寝心地のよさそうではある。でも――。
(まさかこれから数日間、シオンと同部屋でひとつのベッドに寝るの⁉ 形だけの夫婦なのに?)
予想外のピンチに、背中をつうっと汗が伝い落ちた。




