まさかの展開
ナラのお産が済んだ翌日、ルンルミアージュが自分とシオンとを呼び出した。
「どうしたの? ルンルミアージュ。大事な話ってなぁに?」
抱えていた悩みがひとまず解消しすっきりしたのか、清々しい表情を浮かべルンルミアージュがにっこりと微笑む。
そのあまりの清々しさに、なぜか嫌な予感を感じ取りアグリアはぞくりと身を震わせた。
(何かしら。今の悪寒は。風邪でも引いたかしら)
シオンとふたりこくりと息をのみ、ルンルミアージュを見やった。
ルンルミアージュはご機嫌な様子で口を開いた。
「実は、ふたりに言ってなかったことがあるの」
「言ってなかったこと?」
ルンルミアージュがこくりとうなずいた。
「実はね。私お父様宛てに急ぎの手紙を出したの。そこにね、あるお願いを書いておいたのよ」
「お願い?」
ルンルミアージュの口元ににっと笑みが浮かんだ。
「私、今回のことで自分が皆に迷惑と心配をかけちゃったってすごく反省したの。特にアグリアにはすごく失礼な態度を取ったのに、すごくよくしてくれて私、すごく嬉しかったの。……だからね」
ルンルミアージュがどうだ、驚いたでしょうと言わんばかりに胸を張る。
「だからお詫びに私、アグリアの願いを叶えるお手伝いをしようと思って!」
「お手伝い……?」
はた、と考え込む。
「ほら、アグリアがこの前言ってたでしょう。メリューをもっと王都に売り出して皆においしさを広めるのが夢なんだって。でもなかなかうまくいかないって」
確かにそんなことを言った覚えはある。ルンルミアージュにこんなにおいしい果物がなぜ王都に出回っていないのか、と言われて色々と説明したはず。
でもそのお手伝いとは?
きょとんと首を傾げれば、ルンルミアージュがどんと胸を叩いた。
「私、こう見えても王都の人気店には詳しいの。だから私が一緒に王都中のお店を巡って、メリューの売り込みを手伝ってあげようと思うの」
「え? 気持ちは嬉しいけどあなたはまだ子どもなんだし、ひとりで売り込むのはちょっと難しいかも……?」
ルンルミアージュが懸命にメリューのおいしさを熱弁して売り込む姿は、想像するだけでなんともかわいらしい。それはそれでいい宣伝にはなりそうだけれど、商談はそう甘くはない。
するとルンルミアージュは、そんなの当たり前だとばかりに首を横に振った。
「え? じゃあどういう意味?」
ルンルミアージュがふん、と鼻を鳴らしにんまりと笑った。
「そのために、三人で王都に行くのよ! その返事がお父様から届いたの。明日の午後には、三人で王都に出発よ! おばあちゃまたちもアグリアに会いたいって言ってるし」
「へっ?」
「はぁっ?」
シオンとふたり大きな声を上げ、動きを止めた。
一緒に、王都へ?
ルンルミアージュと三人ということは、もしかしなくても馬車に一緒に乗り込むのは――。
「私と、シオンが……王都へっ!?」
あんぐりと口を開き、ぴしりと固まった。
(そんなことできるはずない。だって私とシオンは……)
見れば、シオンも完全に顔色を失っている。絶望のあまり言葉も出ないのだろう。無理もない。
けれどそんなことには何も気づかず、ルンルミアージュは意気揚々と話し続ける。
「私がお父様に頼んで、王都に戻るための馬車を大型の馬車にしてもらったの。そうすれば、アグリアとシオンも一緒に王都に行けるでしょ」
ルンルミアージュがびしっと指先をシオンに突きつけた。
「シオンだっていい加減おじいちゃまとおばあちゃまに会うべきよ。皆すごく心配してるんだから」
「そ、それは……。しかし、それとこれとは話が……」
シオンがもごもごと言い返すも、ルンルミアージュは一歩も引かなかった。
ルンルミアージュの目がちらとこちらを向き、その視線の揺るぎなさにアグリアは背筋をシャント伸ばした。
「それにアグリアだってちゃんとご挨拶した方がいいと思うの! 大丈夫、アグリアならきっと皆気に入ってもらえるわ。私が太鼓判を押すから安心してちょうだい!」
「あ……、はい」
信用を得られたようで、それはまぁ嬉しくはある。でも――。
頭を抱えたい気持ちでシオンと顔を見合わせ合った。
とんでもないことになった。明日の午後に馬車が着くということは、もはや王都行きは決定事項ということだ。あちらもすっかりその気なのだろうし。
だらだらと嫌な汗が全身を伝い落ちていく。
「そういうことだから、ふたりとも急いで出立の用意をしてね! じゃあ私はマルクのとこに行ってくる!」
いい名前をいくつか思いついたの、と元気よく駆け出していくルンルミアージュの背中をアグリアは呆然と見送った。
「……」
「……」
長い沈黙が落ちた。
(まずい、まずいわ……。これまでどうにかやり過ごしてきたのに、ここにきて義家族と対面だなんて)
これが、ルンルミアージュの純粋な好意からの申し出であることはわかっている。だからこそ質が悪い。
途方に暮れそっとため息を吐き出せば、見事にシオンのそれときれいに重なった。
翌日、約束の時間きっかりに迎えの馬車はやってきた。
(いよいよ、ね……。疑われないように、本物の妻らしく振る舞わらなきゃ)
ぎゅっと旅行鞄を握りしめ、こくりとうなずいた。
昨夜遅くまでシオンと話し合い、こうなったら腹をくくるしかないと覚悟を決めた。毒を食わらわば皿まで、である。
シオンの家族には悪いが、本物の夫婦のお芝居をして嘘をつき通すしかない。ようは滞在中の三日間をどうにかやり過ごせばいい。
そう決断した以上、引き返すわけにはいかない。
「じゃあ、留守をよろしくね。お父様。くれぐれも無理はしないこと」
「はいはい」
「モンバルト先生もちゃんとお父様のこと見張っててよ! まかり間違っても一緒に酒盛りなんてしないでよね?」
「わかったわかった! ほれ、そろそろ出発の時間だ。さっさと乗り込め。急がんと王都に着くのが夜中になっちまうぞ」
ぐっと言葉に詰まった。それは困る。はじめての義実家訪問が真夜中なんて、目も当てられない。
「じゃあ、いってきます」
「あぁ。気をつけていっておいで。くれぐれも粗相のないようにな。ルンルミアージュ、アグリアをよろしく頼むよ」
父の言葉に、ルンルミアージュがどんと胸を叩いた。
「まっかせといて、おじ様! 頑張ってメリューを扱ってくれる素敵なお店を見つけてくるから、楽しみにしててね」
「あぁ、ありがとう。またおいで」
すっかりもうひとり娘ができたかのような緩んだ顔をして、父が笑った。
(またなんてあるはずないのに、お父様ったら)
なんとも複雑な心境のアグリアとシオン、希望に目を輝かせるルンルミアージュ。なんとも対照的な三人を乗せ、馬車は動き出した。
シオンの義家族が待ち受ける王都へと向かって。




