処刑された悪役令嬢、二周目は「ぼっち」を卒業して最強の政争チームを作ります!
―――序章:断頭台の「孤高」―――
空は、濁った鉛色をしていた。
降り続く雨が、かつては帝国一と謳われたエリアナ・ヴァルドレインの銀髪を泥で汚していく。後ろ手に縛られた手首に、冷たい麻縄が食い込む。
「偽りの慈悲で民を釣った毒婦め!」
「公爵令嬢が独りで何でもできると思ったか! 報いを受けろ!」
民衆の罵声が、雨音を切り裂いて降る。
エリアナは、断頭台へと続く階段を一段ずつ、確実な死へと踏みしめていた。
(……違う。私はただ、あなたたちを守りたかっただけ)
けれど、その声が届く相手はもう、この広場のどこにもいない。
父の教えは『為政者は民と一線を引け。情に流されれば公平な判断はできぬ』という鉄の掟だった。エリアナはその教えを過剰なまでに忠実に守り、誰にも頼らず、誰にも弱みを見せず、独りで完璧な統治を目指した。
だが、その「孤高な正義」こそが、彼女の首を絞める罠となった。
「お疲れ様、エリアナ様。君の『独りで頑張る高潔な孤独』が、私にとっては最高に使い勝手のいい『飾りの神輿』だったよ」
ギロチンの刃が落ちる直前。
隣に立った宰相オルフェンが、愉悦に歪んだ顔で耳元に囁いた。
エリアナが独りで堤防の決壊や物流の停滞に対処しようと奔走している裏で、彼は「公爵令嬢が贅沢のために地方を干殺しにしている」という嘘を、丁寧に、確実にバラ撒いていたのだ。
(ああ、そうか。私は――有能ぶって独りで抱え込んだせいで、彼に付け入る隙を与えたのだわ)
頼みの父を遠ざけ、婚約者の手を振り払い、部下を信じなかった。
その結果が、この鉄の刃だ。
――もし、次があるのなら。次は、絶対に「ぼっち」でなんて戦わない。
鈍い衝撃。視界が真っ赤に染まる。
エリアナ・ヴァルドレインの、美しくも愚かな「一周目」は、そこで幕を閉じた。
◇◇◇
―――第一章:猫を被る余裕はございません―――
「……エリアナ様? 紅茶、淹れ直しましょうか?」
温かな湯気。アールグレイの芳醇な香り。
目を開けると、そこは光溢れる王宮の庭園だった。
目の前には、まだ「無力な美形」でしかない婚約者、王太子アレクシスが心配そうにこちらを覗き込んでいる。
エリアナは震える手で自分の首筋を触った。傷はない。
暦を確認するまでもない。この香りは、すべてが狂い始める一年前の「運命のお茶会」だ。
「……殿下。紅茶は結構です」
エリアナは深く息を吐いた。そして、今まで自分を縛り付けていた「おしとやかで孤独な公爵令嬢」という猫の皮を、その場で剥ぎ取った。
「それよりも、この後の『お散歩』を中止して、密談にしませんこと?」
アレクシスが目を丸くする。
「え……? ああ、散歩が嫌ならいいけれど。密談とは、また穏やかじゃないね」
「穏やかではない事態が、これから起きますの。……殿下、今から私が言うことを、狂言だと思って聞いてください。ただし、私の指示通りに動いていただきますわ」
エリアナは、一周目で起きた悲劇の正体―― 人為的に仕組まれる物流の停滞、宰相の放つ工作員、そして豪雨で決壊させられる堤防の座標―― を、淀みない口調で説明し始めた。アレクシスは最初、困惑していたが、エリアナが語る情報の「あまりの具体性」に、次第にその青い瞳を鋭く光らせた。
「エリアナ、君は……未来でも見てきたのかい?」
「いいえ。ただの『一度死んで、ぼっちを卒業することに決めた女』ですわ。私を助けなさい、アレクシス。貴方に拒否権はありません」
傲慢な物言いに、アレクシスは驚いたように絶句し―― やがて、今までエリアナには見せたことのない、肉食獣のような笑みを浮かべた。
「……面白い。ずっと君は、僕の手の届かない場所に独りでいると思っていたけれど。ようやく、僕を頼る気になったんだね。いいよ。僕は君をあらゆる泥から守る『盾』になろう」
エリアナは不敵に微笑み、アレクシスの手を強く握りしめた。
まずは一人目。最強の「権力」を確保した。
◇◇◇
―――第二章:お父様、私を賢く使い倒してくださいな―――
その日の夜、エリアナは父ルーカスの執務室の扉を、ノックもそこそこに開け放った。「氷の公爵」の異名を持つ男は、深夜の来訪者に不快げに眉をひそめる。
「エリアナか。……淑女が夜分に騒々しい。あれほど言ったはずだ、常に完璧であれと」
「お父様。その『完璧な孤独』のせいで、貴方は最愛の娘をギロチンへ送ることになりますわ。……一年前倒しで、それを教えに来ましたの」
エリアナが机に叩きつけたのは、数通の書状と、地方の地図、そして精緻な計算書だった。彼女は父の前に座り、優雅に脚を組んだ。
「宰相オルフェンが、地方の不満を煽るために堤防を爆破し、わざと物流を止めて『偽りの反乱』を仕組もうとしています。彼は、私とお父様の間の『情報の断絶』を利用するつもりですわ。……お父様、今この瞬間から、私を娘ではなく『最も信頼できる駒』として扱いなさい」
エリアナは、宰相が隠し持っている非公式な工作部隊の拠点を淡々と並べた。一周目のルーカスは、宰相に情報を遮断され、娘の沈黙を「反逆の意志」だと誤解した。だが、娘が最初から手の内をすべて晒せば、この男は王国で最も頼りになる「冷徹な知略家」に変貌する。
「……エリアナ。お前、本当に私の娘か?」
「ええ。貴方の教えを効率化して、可愛げを捨ててパワーアップした姿ですわ。……お父様、独りで背負うのはもう飽きました。ヴァルドレイン公爵家の全財産と、お父様の持つ諜報網を私に貸し出しなさい。この国を、根こそぎ大掃除いたしますわよ」
ルーカスはしばらく娘を見つめていたが、やがて低い笑い声を上げた。
「……いいだろう。お前のその目が嘘を言っていないことだけはわかる。このルーカス・ヴァルドレイン、今日からお前の『チーム』に加わろう」
◇◇◇
―――第三章:爆速のチェックメイト―――
そこからのエリアナの動きは、まさに「蹂躙」だった。
一周目では暗殺されたはずの侍女には、父が誇る隠密部隊を密かに護衛につけ、逆に王都に潜む煽動員を炙り出させた。物流を止めるために「倒木」が仕掛けられる数時間前には、アレクシスが動かした工兵隊が先回りして街道を整備。豪雨に乗じて爆破されるはずだった堤防には、エリアナ自身が指揮する私兵を配置し、火薬を持った工作員を「現行犯」で生け捕りにした。
「お嬢様、ご指示通り。……しかし、なぜ工作の場所までこれほど正確に?」
驚く私兵の隊長に、エリアナは雨に濡れた顔を拭いもせず、冷酷に告げる。
「一度、その堤防が崩れて人が死ぬのを、特等席から見せられましたの。……次は、川の下流にある秘密倉庫を制圧して。そこに、宰相が買い占めて隠している穀物があるはずよ。それを民衆に配りなさい。私の名ではなく、『王太子と公爵家の連名』で。民に、誰が本当の味方かを分からせるのよ」
一周目では「絶望の行進」だったものが、二周目では「救済のパレード」へと姿を変えていく。エリアナはもはや独りではない。父が貴族社会の口を封じ、アレクシスが王宮内の法を整え、エリアナが民衆の心を掌握する。
「ぼっち」を卒業した令嬢は、最強の布陣で宰相の包囲網を逆転させていった。
◇◇◇
―――終章:神輿の行き先は、貴方の破滅ですわ―――
王宮の会議室。宰相オルフェンは、震える手で報告書を握り潰していた。
「……なぜだ。なぜ計画が漏れている!? それどころか、なぜ地方の民が『王太子妃万歳』と叫んでいるのだ!」
彼が用意していた、令嬢を首謀者に仕立て上げる台本は、一頁目からすべて破り捨てられていた。そこへ、扉が勢いよく開く。
現れたのは、深紅の正装を纏ったエリアナだった。左右には、冷徹な目を向けるアレクシスと、殺気すら漂わせる公爵ルーカス。
「ごきげんよう、宰相閣下。……お顔が青いですわよ? まるで、自分の張った蜘蛛の巣に、自分が絡め取られたかのような表情ですわね」
エリアナは優雅に、けれど氷のように冷たい微笑みを浮かべて歩み寄った。
「貴様……エリアナ・ヴァルドレイン! 何を企んでいる!」
「企んでいるのは、貴方のほうでしょう? ほら、こちら。貴方の直印が押された、堤防破壊の指令書ですわ。……私の有能な『チーム』が、現場でしっかりと押さえてくれましたの」
エリアナは机の上に、証拠の書類をバラ撒いた。
「貴様、大人しく『神輿』として担がれていればいいものを! ……まさか、独りでこれほどの手回しを……!」
「いいえ、閣下。お言葉ですが、私は『独り』でなんて、もう何もいたしませんわ」
エリアナは、オルフェンの顎を扇でくい、と持ち上げた。
「私を神輿にするのなら、覚悟してくださいませ。……その行き先は、貴方の破滅ですわ。さあ、殿下。出番ですわよ」
アレクシスが一歩前に出る。
「宰相オルフェン。国家転覆、および公金横領の容疑で拘束する。……君が愛した『孤独な令嬢』は、もうどこにもいないよ」
衛兵に連行されていく宰相の背中を、エリアナは見送らなかった。
◇◇◇
数ヶ月後。
市場には活気があり、人々は笑っている。かつて罵声を浴びせた若者が、今はエリアナに摘みたての花束を差し出してきた。
「お嬢様、これ! あんたのおかげで、家族が助かったんだ。ありがとう!」
「あら。私一人のおかげではなくてよ。……殿下とお父様、それに皆の力ですわ」
エリアナは、隣に立つアレクシスの腕に、そっと自分の手を添えた。
一周目、独りで立っていたあの孤独な感覚は、もうどこにもない。
「エリアナ。……次は、どんな未来を一緒に作ろうか?」
「当然、この国を世界一豊かにしますわ。……最強のチームで、ね」
エリアナは空を見上げた。灰色の雨雲はもうない。
広がるのは、どこまでも澄み渡った、青い空だ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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