第九話 質問攻めしたら、全部かわされました
今日は教養科と騎士科の合同講義の日だ。騎士科二年生の教室では、丁寧に赤いマントを整えているアルノーの姿があった。
「フィオレル、今日は何か勝負でもあるのか?」
「いや、これは……礼儀だ」
今日のアルノーは、髪も制服も普段より気合十分な仕様だ。前髪を上げてきっちり整え、制服にはしわ一つない。心なしか赤いマントは、いつもより鮮やかに見えた。
(今日はフローレンス嬢とちゃんと会話をする……! あの噂の一件で迷惑をかけた分、誠意を見せなくては……!)
誰もそんなことは望んでいないのだが、本人は至って真剣だ。
合同講義では、教師が講義を終えたあと、生徒同士で質問や意見交換をする時間がある。この時間だけは教養科と騎士科の生徒を混ぜるため、自由な席替えが行われていた。
(――今だ!!)
席替えが行われると同時に、アルノーはティアラをロックオンする。そして彼女が座った横の席を、秒速で陣取った。
「え? なんか今横切った?」
「全力ダッシュしてたフィオレルの残像が見えたような……?」
ものすごい勢いで隣に座ったアルノーに、ティアラは戸惑いながらも笑顔を見せる。
「よろしくお願いします」
「……くぅ!」
それだけで、アルノーの尊死ゲージは四分の一まで削られたのだった。
そして意見交換の時間が始まった。
「フローレンス嬢、この教材のここはどう思われますか?」
「あ、えっと……すみません。今そこじゃなくて別の図を見ていて……」
ティアラの天然な回避その一。
「ではこんな歴史の話はご存じですか?」
「あの、先ほど先生がお話されていましたが……」
「この史実の背景にある『愛と忠誠』についてはどう思われますか!?」
「……そんな話でしたでしょうか?」
アルノーの質問攻めに、ティアラも周囲の生徒たちも困惑が隠せない。しかし彼の質問はことごとく、ティアラの天然回避によって砕け散っていた。
(この先輩、さっきからよく話しかけてくれるな……。もしかしてこの前の噂を知ってて、気を遣ってくれてるのかな……?)
いいえ、ただ彼は話しかけたいです。
(ぜ、全部かわされた……! フローレンス嬢は優しい……けど、距離が遠い!!)
他の生徒との討論では、ティアラはしっかりと発言していた。『可愛いのにしっかりしている』と、またまたアルノーの中でティアラへの好感度が爆上がりする。
そしてグループでの意見交換のまとめを発表する役として、ティアラが指名されたのだった。
(て、天使が、立った……!)
視線よくその場で立ち上がったティアラに、アルノーは崇めるような視線を送る。カティアは『発表補助』というよく分からない名目で、ティアラとアルノーの間に割り込んだ。その瞬間、アルノーの視界から天使が消えた。
(ぐぬぬ! 天使の勇姿が見えない……!)
(その粘着質な視線にお嬢様をさらしてなるものですか)
カティアとアルノーの無言の攻防は続いた。
一方で、無事にグループの発表を終えたティアラ。緊張で頬が上気している姿が愛らしい。それに見惚れているアルノーに、彼女は無自覚の一撃を放った。
「……わたしの発表する姿、エデルもちゃんと見ててくれたかな?」
その瞬間、アルノーの精神ゲージはゼロになった。
(ラ、ラシエール……お前はどこまで先を行くんだ? 僕はまた、スタート地点にも立てていないのに……!)
「フローレンスさんったら、ラシエール先輩が大好きだね」
「こんなに可愛いんだもん。ラシエールくんが倒れるのも無理ないなあ」
(ぼ、僕の存在はどこに……?)
周囲の生徒の反応に照れるティアラと、灰になっているアルノー。カティアはそれを見て、密かにほくそ笑んでいた。
そして講義終了後。ティアラは教室に戻りながら、隣で引率をするカティアに話しかけた。
「あの隣にいた先輩、なんだかずっとお話してくれてたけど……わたし、何か迷惑かけてないよね?」
「大丈夫です。彼はただ……勝手に燃え尽きただけですから」
一方のアルノーは講堂に取り残され、未だ灰になったままだった。
(フローレンス嬢の発表、最高だった……。だが、またラシエールだ……。僕の出番は、一体どこに……?)
「おーい、どうしたフィオレル」
「どうせまたフローレンス嬢のことで暴走したんだろ」
「お前の努力の方向性、なんか間違ってるんだよなあ」
(……しかし僕は、まだ諦めない…!!)
同級生の声はアルノーに届かない。彼はまだ胸に残っていた灯火を燃え上がらせた。
今日もティアラとエデルは相思相愛だ。カティアも重労働に肩を回している。
(フローレンス嬢、次こそは!!)
広い講堂の中で、アルノーはただ一人拳を握って、ティアラへと思いを馳せるのだった。
ちなみにこの日、アルノーは帰り道に段差でつまずいた。心がやられていると、身体もついてこないらしい。




