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倒れる騎士と倒れさせる令嬢 ~甘すぎて毎日尊死してますが、婚約者です~  作者: 秋乃 よなが


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8/21

第八話 噂の原因は、恋がこじれた騎士でした


 模擬戦からしばらく。ティアラがいつものように登校すると、教養科の教室がざわついていた。


「ねえ、聞いた?」


「危ないって噂でしょ……?」


 教室中でひそひそと囁く声が聞こえる。ティアラは何とも思っていなかったが、カティアは教室の雰囲気に眉を寄せていた。


(なんだか嫌な予感がしますね……)


 ティアラは席につく。隣の席の女子と前の男子が、こそこそと話をしていた。


「ラシエール先輩って、ほら。倒れる人だよ」


「え、あの? 婚約者と話しただけで倒れるって噂の……?」


「そうそう。なんか近づくだけで危険らしいよ」


「じゃあフローレンスさんも、危険人物ってこと?」


 二人の視線がティアラへと向く。しっかりとこそこそ話を耳にしていたティアラは、心臓がぎゅっとなるのを感じた。


(え……? 何がどうなってるの……?)


 一方の騎士科の教室の隅っこでは。アルノーたちが同級生に向けて、真面目な顔で話していた。


「成績優秀とはいえ、ラシエールは虚弱体質だ。事実、最近は倒れる回数も増えている」


「倒れるって婚約者にだけだろ? 俺たちには関係ないよ」


「いやいや、近づくと危険だ。特にフローレンス嬢ほどの可憐な方は近づかない方がいい」


「ん? なんでここでフローレンス嬢の名前が?」


「フィオレル、お前もしかして……」


 その場の同級生たちは全員察した。アルノーはエデルの婚約者に恋をしている。


「ラシエールの近くにいて、フローレンス嬢にまで虚弱体質が移ると困る。彼女を守るために、ラシエールが危険だと早く伝えなくては」


((いや、たぶんお前が危険な奴だよ))


 アルノーは純粋に『ティアラを守るため』のつもりで言っているが、完全に逆効果である。守りたいという情熱が、結果的に不安を煽るという残念な言動になってしまった。


 アルノーの言葉は、教養科に届く頃にはすっかり怪談みたいに変形していた。


『エデルは虚弱で倒れやすいらしい』

『ティアラに近づくと倒れるらしい』

『ティアラの周囲に倒れる危険性がある』

『ティアラの近くにいると自分までも倒れるらしい』


 それらの噂はついに、ティアラに実害を及ぼしはじめた。


「フローレンスさんの近くは刺激が強いらしいよ」


「あー、倒れるって噂ね」


 ティアラが同級生に声をかけようとしても、なぜかそっと距離を開けられる。


(わたし……そんなつもりはないのに……どうしよう……)


 ティアラはみるみるしぼんでいき、表情からいつもの明るさが消えた。


(もうすぐお昼だけど……わたしが行くと、迷惑になっちゃう……)


 机に突っ伏して、深い溜め息を吐く。カティアは何かを察知して、静かに教室を出ていった。


「私は教養科の先輩から聞いて……」


「私は騎士科の生徒から聞いて……」


 カティアが聞き込みを開始すると、どうやら噂は騎士科から広まったらしいことが分かった。有益な情報として、『ミルクティー色の髪の男子』が事の発端だと掴む。


(……またアルノー・フィオレル様ですか)


 カティアの冷静な瞳に、一瞬怒りの炎が宿った。


「――アルノー・フィオレル君。少しお話が」


 休憩時間になった途端、カティアは早々に騎士科二年生の教室へと赴く。いつもティアラの隣にいる彼女が呼び出されたことで、アルノーはティアラの話題かと勘違いして、明るい表情でのこのことやってきた。


「フローレンス嬢のお話ですか? 彼女は今日も天使――」


 カティアの無表情の圧に、アルノーは思わず黙った。


「……エデル・ラシエール君が危険だという噂を流しているのは貴方ですね?」


「噂なんて、とんでもない! ただ僕は倒れるのに巻き込まれると大変だと話していただけです!」


「発言は認めるのですね? 軽率に『危険』という言葉を使わないでください。ラシエール君が倒れるのは虚弱だからではなく、ただの恋です」


「あれが恋!? 僕はフローレンス嬢の前でも倒れませんよ!?」


「貴方は鈍感だからですよ。ラシエール君は敏感なんです」


「どん……!?」


「貴方の噂はフローレンスさんの名誉も、ラシエール君の評価も傷つけます。つまり、最低なことをしているのです」


 カティアの言葉に、アルノーは愕然としていた。


「ぼ、僕はただ……フローレンス嬢を守るために何かしたかっただけで……」


「それこそ余計なお世話です」


「………!!」


 アルノーはただ膝から崩れ落ちるしかなかった。


噂の発信元を黙らせたカティアは教養科に戻り、非常にスマートに噂を修正して回っていく。


「倒れるのはフローレンスさんのせいではなく、彼が勝手に尊んでいるだけです」


 奇妙な噂が訂正されつつあり、教室の雰囲気も徐々に明るくなっていく。ティアラの表情にも笑顔が戻ったのだった。


 放課後、ティアラは噂を気にしながらも、エデルの様子を見に訓練場へと向かう。エデルはティアラを見つけると、キラキラとした笑顔で駆け寄ってきた。


「ティアラ! 訓練を見に来てくれたのか」


「えっと……あのね、エデル。実は今日、変な噂があって……気にしてませんか?」


「え? 噂? 何かあったの?」


 エデルは噂など知らなかったらしい。きょとんとした表情で、ティアラを見た。


 いつもと変わらないエデルの態度に、胸の中にあった不安が一気に解消される。ティアラは満面の笑みを向けた。


「ううん、なんでもないの! 訓練がんばってくださいね、エデル!」


「っ、」


 エデルの顔が一気に赤くなり、ふらりと身体が傾く。しかし踏ん張って耐えきった。


(あ! 今日のエデルは倒れない!)


 嬉しそうに笑うティアラを、遠くで見つめているいつもの目があった。


(フローレンス嬢が嬉しそうだ……なぜなんだ……)


 カティアに叱られたショックと、エデルの隣で嬉しそうに笑うティアラを見たショックで、今日の彼の心はひび割れていた。


 こうして今日も学院は賑やかに、そして少しだけ面倒くさく――恋がこじれながら回っているのだった。


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