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倒れる騎士と倒れさせる令嬢 ~甘すぎて毎日尊死してますが、婚約者です~  作者: 秋乃 よなが


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第六話 監視を始めたら、仕事が増えました


 学院の職員室前の廊下。朝だというのに、カティアの周りだけほんのり陰が落ちているようだった。


 昨日だけでエデルは三度も尊死している。さらにはアルノーという異常な視線も常に感じている。ティアラを守る役目のあるカティアとしては、少しも心が落ち着かない。


(……状況を再確認しましょう)


 カティアはポケットから小さなメモを取り出した。そこには、彼女なりの状況分析がまとめられている。


 《お嬢様の笑顔 → エデル様:即尊死

 お嬢様と並んで歩く → エデル様:赤面からの尊死

 お嬢様が話しかける → エデル様:尊死

 エデル様が倒れる → お嬢様:落ち込む

 お嬢様のあらゆる言動 → フィオレル様:粘着質な視線》


(ふむ。これは総合的に判断して、監視強化が必要ですね)


 こうしてカティアは人知れず、『お嬢様監視計画』をスタートさせるのだった。


 ◇◇◇


 翌日の登校時間。ティアラの傍には、いつも以上のぴたりと隣につくカティアの姿があった。


「お嬢様、この時間は騎士科の生徒も多く登校している時間です」


「まあ! エデルに会えるかしら?」


「いえ、それよりも『ミルクティー色の髪の優等生』にご注意ください」


「え? 誰のこと?」


「……アルノー・フィオレル様のことです」


 小さな声で呟くカティア。もちろんティアラには聞こえていない。


 校舎に入ったところで、ちょうどエデルと出会った。


「エデル! おはようございます!」


「ティアラ! お、おはよう!」


 もうその可憐な声だけで、膝がふわっと抜けそうになる。それを見越していたカティアは、膝から崩れ落ちそうになるエデルの背中を素早く支えた。


「エデル様、立ってください。まだ朝です」


「あ、ありがとう……」


(まずは一回目、と)


 エデルの尊死の回数だけではない。カティアは彼を支えた回数もカウントしていた。


 カティアの監視は教室内でも続く。補助職という立場を利用して、彼女は教室の後ろでティアラを見守っていた。


 一生懸命にノートを取るティアラが可愛らしい。一息ついたところで、うっかりペンが転がってしまった。


「あっ」


 小さな声を上げて、床に転がったペンを拾おうとするティアラ。思わず後ろの席の男子生徒と距離が近くなったことには気づかない。


「……かわ……」


 男子生徒が何かを言いかける。しかしティアラよりも男子生徒よりも早くカティアが現れ、ペンを拾い上げた。ティアラの視線はすっかりカティアに向いてしまい、男子生徒の言葉は届かない。


「ありがとうございます、カティアさん」


「フローレンスさん、気を付けてくださいね」


 直後、カティアの視線がじろりと男子生徒の方を向く。その迫力に押されて男子生徒は身を引き、『かわ』の続きは言えなかった。


 カティアの監視は昼休みでも活躍する。


「今日のお昼はサンドイッチにしようかなあ」


「お嬢様、パンコーナーは危険です」


「え?」


「『ミルクティー色の髪の優等生』がいます」


 視線の盾となっているカティアの背後で、アルノーが天使を見る顔でティアラに見惚れていた。


(フローレンス嬢、今日も可憐だ……)


(……相変わらず粘着質な視線ですね)


 アルノーの視線からカティアが盾になっているとき、エデルが合流してきた。


「ティアラ! お待たせ!」


「エデル! 待ってましたよ!」


「っ!」


 屈託ないティアラの笑顔に、エデルが顔を真っ赤にして動きが止まる。そのままゆっくりと後ろに倒れそうになるのを、カティアがまた受け止めた。


「カティア! すごいわ!」


「……三回目、と」


 あまりにもいつもすぎる光景に周囲の学生たちも慣れたのか、ちらりと視線を向けるだけで騒ぐことはなくなっていた。


 それからもカティアの監視は休むところを知らず、ようやく放課後になり、長い一日を終えようとしていた。


「カティア、今日はなんだか忙しそうですね」


 帰り際もなお、警戒を緩めないカティアにティアラが不思議そうに尋ねる。


「そうでしょうか? いつもと変わらないと思いますが」


(今日のカティアは、なんだか近いのよね)


 そうは言いつつも、本当は今日だけで『尊死防止』、『視線妨害』、『危険察知』など十二件も対応している。さすがのカティアも疲れてきている。


「あ、エデルです! またあしたー!」


 偶然にも帰る時間が一緒になったエデルへ、カティアがぶんぶんと大きく手を振る。それを見たエデルが尊死しかけるが、カティアの迅速な対応によって防がれた。


「……エデル様、今日だけで四度です。重症です。慢性(まんせい)尊死症(とうとししょう)です」


「め、迷惑をかけるよ、カティア……」


 そして別方向からはアルノーの視線を感じる。カティアはさりげなく立ち位置を調整して、再び視線の盾となった。


(……私の仕事は何だったかしら。侍女? 補助職員? いいえ――お嬢様見守り係です)


 夕陽に染まる帰り道の中、ティアラはエデルに会えたことで嬉しそうだ。エデルは幸せに尊死寸前。アルノーは遠くから恋に悶えている。


 そして一人だけ。カティアは今日も過労気味だった。思わず肩をくるりと回しながら、彼女は静かに祈る。


(――どうか明日はエデル様の尊死の回数が少なく済みますように)


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