第五話 お昼に誘ったら、尊死と嫉妬が同時に起きました
ある日のこと。午前の授業を終える鐘が鳴り響いたと同時に、教室にいた生徒たちは、わいわいと大食堂へと移動をはじめた。
そんな中でティアラはというと、授業中からずっと考えていたことがある。
(今日はわたしから、エデルをお昼に誘ってみたい……!)
『普通に接します』宣言からしばらく、自分から一歩踏み出したくなったのだ。一方で、昨日の尊死を思い出し、心がゆらりと落ち着かなくなる。
「……あのね、カティア」
背中を押してほしくて、授業終わりの資料整理をしているカティアに声をかけてみる。彼女には考えていることが丸見えなのか、しれっとした様子で先手を切られた。
「誘ってみてもいいんじゃないでしょうか」
「ど、どうして分かったの!?」
「お嬢様は素直な方ですので、私にはお見通しです」
「で、でも、また倒れちゃったら?」
「安心してください。私が受け止めます」
カティアがそう言ってくれるのなら安心だ。ティアラは満面の笑みで、カティアとともに教室を出たのだった。
そして大食堂へと向かう途中。エデルとその同級生たちと遭遇する。
「ティアラ……!」
ティアラの顔を見た瞬間、エデルの身体がピタリと固まる。しかし倒れてはいない。昨日よりは耐えている。
「エデル、あの……えっと、よかったら一緒にお昼を……」
(ああ!今日も可愛い!)
「い、一緒にお昼を食べませんか!?」
緊張で身体を震わせて、真っ赤な顔で誘うティアラ。一方で、興奮で身体を震わせて、真っ赤な顔で意識が遠のくエデル。
(倒れるな、僕! 僕はティアラとお昼を食べるんだ!)
それでも今までの失態を思い出し、なんとか踏みとどまった。
(ちゃ、ちゃんと言えた!)
しかしエデルを誘えた安心で頬を緩めたティアラに、エデルは電気が落ちたみたいにふにゃっと後ろへ倒れていく。
「エ、エデル!?」
床に後頭部を打ちつける! 誰もがそう思ったとき、颯爽と滑り込み、エデルの頭を両手でキャッチするカティア。まるで『倒れる婚約者を受け止める専用職』である。
「お嬢様、どうやらエデル様は限界のようです。先に大食堂へ行きましょう」
「エデルは……?」
「ここでしばらく寝かせておけばそのうち目が覚めます」
カティアは丁寧に優しくエデルを廊下に寝かせる。そしてティアラの腰に手を添えながら、二人で大食堂へと向かった。
「ラシエール、がんばって耐えてたよな」
「ああ。でもやっぱり無理だったな」
同級生たちの憐れむような視線がエデルに注がれる。しかし彼は失った意識の中で、ティアラとの甘い夢を見ていた。
◇◇◇
大食堂の隅の席。カティアの提案で、ティアラとエデルは向かい合わせに座っていた。
なんとか意識を回復させたエデルだったが、またもや尊死してしまった情けなさから、ティアラの顔が見れない。というのは前置きで、正面から彼女の顔が見られることが嬉しすぎて、挙動不審になっているだけだった。
(な、なにかティアラと会話を……!)
フォークを持つ手が震える。伺うようにティアラへと視線を向ければ、ばっちりと目が合った。
「「あっ、」」
二人はどうしてか同時に顔を真っ赤にして、まるで『初めて一緒にお弁当を開ける夫婦』みたいにぎこちなかった。さらに誤魔化すようにパンを取ろうと手を伸ばせば、二人の手がわずかに触れ合う。
「きゃっ」
「ああ! ごめん!」
(うぅ……こんなつもりじゃなかったのに……)
バクバクと音を立てる心臓がうるさい。エデルを盗み見れば、彼の口元が緩んでいるのが見えた。
(でも、エデルも一緒だ。緊張してるんだ)
同じ気持ちであることが嬉しくて、ティアラがふっと微笑む。それをばっちり見ていたエデルは――。
「…………」
口から魂が抜けかけていた。
「エデル様、意地でも堪えてください」
「っ、はい……!」
カティアの低い声で目が覚める。エデルは思わず背筋を伸ばした。
そんなティアラとエデルのやり取りを、嫉妬の心で見ていたのはアルノーだ。
(フローレンス嬢が! ラシエールと! 向かい合わせで!?)
しかも楽しそうにおしゃべりしているように見える。よく見ると、ティアラの頬が赤いではないか。アルノーの胸に、嫉妬と焦りと切なさが混じった複雑な感情が、ドッと押し寄せてきた。
(ラシエールはただでさえ彼女に倒れるほど弱いのに、近距離で昼食!? これはもはや……デートなのでは!?)
ぎゅううう、と自分でも驚くほど強く胸が締め付けられる。アルノーが手に持っていたパンが、小さく握り潰されてしまっていた。
「なあ、フィオレル? パンが潰れてるぞ?」
(……僕はどうしたい? フローレンス嬢を諦めるべきなのか?)
同級生の声も聞こえていない。二人の席を見つめながら、パンを握り潰した拳を震わせる。
(諦めるだって? いや、守りたい。彼女を守りたい気持ちは、諦められない……!)
アルノーの目に決意の色が宿るとともに、さらにパンは握り潰された。
(フローレンス嬢! 貴女が笑っていられるように、僕は――)
そのとき、向こうの席でティアラの小さな微笑みに耐えられず、またエデルが机に突っ伏した。
「また倒れた!?!?」
「ん? ああ、ラシエールか。いつものことだろ」
(あんな男に、本当にフローレンス嬢を任せていいのか!? いや、良くない!!)
それはアルノーの中で、何かが決定的に変わった瞬間だった。
ティアラは倒れたエデルを心配そうに覗き込んでいる。エデルは幸せそうに真っ赤な顔で気絶しているだけ。そんな彼を見て、カティアは溜め息をついている。
そんな三人を、アルノーは離れた席から決意のこもった目で見つめていた。
(……僕は、諦めない)
初恋なのだ。そう簡単には諦められない。
(フローレンス嬢……その笑顔、どうか僕にも少し分けてくれ……!)
――このときのアルノーはまだ知らない。この『昼休みデート事件』が、彼の恋をもっとひどく迷走させていくことになるとは。




