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倒れる騎士と倒れさせる令嬢 ~甘すぎて毎日尊死してますが、婚約者です~  作者: 秋乃 よなが


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3/20

第三話 講堂で見つけたら、天使でした


 朝の光が差し込む回廊は、教養科の一年生の移動でちょっぴり賑やかだった。


「今日は講堂で合同講義かあ。エデルに会えるかなあ」


 騎士科の生徒と合同ということもあり、特に一年生は少し緊張しているようである。ティアラはというと、エデルを一目でも見られるかと期待に胸を弾ませていた。


「エデル様に会っても普通にですよ、お嬢様」


 引率で付き添っているカティアが、こっそりティアラの耳元でささやいた。


「わ、分かってる! 普通にします!」


(……普通にしようがしまいが、尊死は確定していますけどね)


 一方の講堂では、騎士科の二年生が入場を終えた頃だった。各学年の最前列は、成績の良い優等生が着席するようになっている。その中に、遠くからティアラを見ていたあの男子学生がいた。


 柔らかそうなミルクティーブラウンの髪に、きりりとしたアンバーの瞳が光る。姿勢も品も良い彼は、アルノー・フィオレルだ。


「どうせフィオレルが今年も成績トップなんだろ?」


「お前、真面目すぎるんだよ」


「騎士には学も必要だ。講義は重要だよ」


 同級生からのからかいにも真顔で返すアルノー。そのとき、講堂の扉が開き、逆光の中から教養科の一年生の集団が入ってきた。


「お、教養科の子たちだ」


「今年は可愛い子がいっぱいいるんだよなぁ」


 はしゃぐ同級生を横目に、アルノーも何気なく入口の方を見る。すると、あの可愛い一年生が目に入った。


 揺れるペールピンクの髪に、ハニーアンバーの瞳がきらめく。控えめな笑顔を浮かべたティアラを見た瞬間、アルノーの意識は一瞬どこかへと飛んだ。


(……え? ……天使……?)


 アルノーにはもう、ティアラしか見えない。


「天使だ……」


「え? フィオレル、なんか言った?」


「い、いや……なんでもない」


 慌てて取り繕うアルノーだったが、その視線はいつまでもティアラに釘付けのままだった。


 そして講義は進んでいく。教師が他国の歴史や外交論について話している中、アルノーの意識は完全にティアラへと向いていた。


 顎を引いて、視線をなるべく端に寄せる。ちらちらと視界の端に映るティアラは、ノートを取りながら真面目に話を聞いていた。


(前を見ろ、アルノー! ……しかし……真剣な顔が、可愛い……)


 必死に視線を前へと戻そうとするアルノーだったが、ティアラの不思議な引力に逆らえない。それどころかもっと見ていたいと、身体の位置を少しずらすほどだった。


(女子生徒を隠れ見るなんて騎士道に反しているぞ、アルノー! 前を向け! 向くんだ!)


 必死に自分を叱咤する。しかし心は正直で、視線はティアラから離れない。


「――ここまでで何か質問がある者はいるか?」


 教師の声に、アルノーははっと我に返った。そのとき、一人の女子生徒が手を上げる。


「ではそこの、教養科の一年生女子」


 当てられて立ち上がったのは、まさかのティアラだ。緊張して少しだけ震えている声がまた可愛らしい。


(ああ……落ち着いた声だ。可憐なのに、芯がある……)


 もっと聞いていたい。うっとりと目を細めながら、耳はティアラの声に全力で集中している。


(……勉強一筋だった僕でも分かる。これは……恋だ……)


 アルノー・フィオレル。人生で初めて恋を自覚した瞬間だった。


 そうして講義が終わり、講堂内が騒めく。教養科の仲間と教室へ戻る準備をしているティアラを、アルノーは見つめていた。そこにやってきたのが、エデルだ。


「ティアラ! 講義への質問、すごく良かったよ!」


「エデル! 来てくれたの? 嬉しい!」


「っ……!?」


 ティアラの満面の笑みを受けて、エデルの身体が一瞬硬直する。そのあとにややふらついたが、エデルは耐えた。ギリギリ耐えた。


(またラシエール……? 一体彼女とどういう関係だ?)


 噂に疎いアルノーは知らない。二人が婚約者同士だということを。


(なんだ!? 彼女が自然に笑っているじゃないか! ま、まさか……ラシエールが、本命……?)


 恋と自覚した瞬間、強力なライバルが現れた。アルノーの心に、嫉妬の炎がメラメラと燃え上がった。


「じゃあ、またあとでね、エデル!」


「っぐ……! ま、またあと、で……」


 ティアラの可愛い手の振りに、エデルは思わず口元に手を当てる。大きく身体がぐらついて倒れかけたが、寸でのところで踏ん張った。


(ああ……素敵だ……。あの笑顔が、僕にも向けられたなら……)


「フィオレル、お前、顔赤いぞ? 風邪か?」


「……違う。これは……恋だ」


「はあ!?」


 堅物だと思っていたアルノーから、恋という言葉が出てきたことに驚愕する同級生。しかし今のアルノーには、ティアラ以外何も見えていない。


「……あの子の可愛さは危険だ……」


「お、おい、フィオレル。お前まさか、フローレンス嬢に恋に落ちたんじゃ……?」


「フローレンス? ああ、名前までも可憐だ……」


「いや、彼女はラシエールの婚約者だぞ? 仲が良いみたいだし、勝ち目ないだろ」


「……勝ち負けではない。ただ、どうしようもなく惹かれてしまうんだ……!」


 同級生が婚約者だろうか知ったことか。こうしてアルノーの恋は静かに、でも全力で迷走を始めたのだった。


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