第二十四話 好きと伝えたら、史上最高の尊死になりました
前日の『肩叩き事件』から一日。ティアラの頭の中はずっとふわふわしていて、授業中にノートを取りながらも、心ここにあらずの状態だった。
(昨日、次はちゃんと言葉で伝えるからって言っちゃった……)
黒板も文字がぼやけて見える。先生の声も遠く、自分の心臓の音だけがやけに騒がしい。
(わたしも、ずっと言いたかった。好きですって……)
授業の終了を告げる鐘が鳴る。同級生たちは一斉に荷物をまとめだし、わいわいと帰り支度をはじめた。
「フローレンスさん、今日もラシエール先輩と一緒に帰るの?」
「いいなあ。名物カップルー」
「ええっと……うん」
同級生の言葉に顔を真っ赤にするティアラ。しかしその心は、決心で満ちていた。
(今日……ちゃんと返事するんだ。エデルの『好き』に、わたしの『好き』で答えるんだ……)
教室を出たティアラの横に、カティアがそっと並ぶ。
「お嬢様。心臓がうるさい音を立てておりますね」
「え!? き、聞こえるの!?」
「ふふっ。冗談ですよ」
カティアなりにティアラの緊張をほぐそうとしたらしい。からかい半分な笑顔は、すぐに真剣な顔となった。
「――本日、お嬢様は返事をなさるおつもりなのですよね?」
「……うん。エデルがあんなにまっすぐ好きって言ってくれて、うれしかったから……。わたしも、ちゃんと伝えたいの」
「お嬢様の恋がここまで育ったことを、侍女として本当に誇らしく思います」
カティア静かに頷いた。
「なお、本日の放課後、中庭は『立ち入り自粛エリア』として根回し済みです」
「ね、根回し!?」
「要するに、『二人きりの中庭』を確保しましたということです。邪魔者は入りません。安心して大尊死させてあげてください」
「大尊死って言った!!」
慌てるティアラを安心させるように、カティアは微笑んだ。
「ただ、一つだけお願いが。本日、お嬢様に告白された場合、エデル様は確実に尊死します。せめて三秒だけ、立ったまま耐えられるよう祈ってあげてください」
「三秒ってすぐだよ? できればもっと耐えてほしいよ」
「大丈夫です。三秒あれば、『幸せすぎて死ぬ』くらいは言えるでしょう」
カティアのいう三秒は、大尊死する前の遺言の時間だった。
その頃、エデルもまた、中庭に向かう準備をしていた。教科書を閉じたまま、机の上でぎゅっと拳を握っている。
(昨日は肩タッチにも耐えた。そしてティアラが、次はちゃんと言葉で伝えるって……。もし、もしそれが、返事だったら……)
考えるだけで鼓動が早くなる。胸に手を当てれば、どくん、どくん、どくん――通常の三倍の速さで脈打っていた。
「……お、落ち着け、僕……」
そこへ同級生たちがひょこっと顔を出した。
「ラシエール。今日の放課後は中庭?」
「『肩叩き事件』の翌日だもんなあ。いよいよなんじゃないの?」
「心臓の音がここまで聞こえてるぞ?」
「う、嘘だ! 聞こえてないだろ!」
同級生たちはニヤニヤしながらも、最後は真面目な顔をする。
「でもまあ、昨日も耐えたんだ。今日もきっと大丈夫だろ」
「倒れてもいいから、ちゃんと幸せになれよー」
その言葉に、エデルは少しだけ背筋を伸ばした。
(そうだ。倒れることよりも……ちゃんと、受け止めたい)
そして放課後。校舎にはまだ生徒たちが残っているが、中庭だけ妙に人が少ない。ティアラが中庭に出てきた頃には、夕陽が傾き、空が少しずつ色を変え始めていた。
(あのときもこの中庭で……エデルが、好きって言ってくれた。今日の放課後はきっと、忘れられない日になる……)
ティアラは胸に手を当て、何度も何度も深呼吸をした。
「ティ、ティアラ、お待たせ」
少し遅れて、エデルがやって来る。なぜか互いに小さな会釈をし合い、微妙な距離を保ったまま向かい合った。二人とも、心の中は爆発寸前だ。
「あ、あのね、エデル。この間は、その……」
がんばれ、わたし。ティアラは胸元でぎゅっと拳を握った。
「わたしのために、何度も立ち上がってくれて……『君の隣に立てる騎士になりたい』って言ってくれて……本当にうれしかったです」
その言葉だけで、エデルの心臓はさらに加速する。しかしこんなことで倒れるわけにはいかない。
「僕の方こそ……こんな僕の言葉、真剣に聞いてくれて……ありがとう」
ティアラがエデルに向けていた視線を一度落とす。
「学院に来たばかりの頃、わたしは『婚約者』の意味がよく分かっていませんでした……。エデルが何度も倒れて、それでも何度も立ち上がってくれて……最初は、すごい人だなって思ってました」
そうして一緒に過ごしてエデルのことを知っていく内に、徐々に何かが変わっていった。エデルと一緒にいると、うれしいと思うことが多くなった。
「それから尊い人だなって思って……気づいたら、好きな人になっていました」
(す、好きな人って、今言った……? ティアラの『好き』が、僕に向いている……?)
エデルの瞼が痙攣している。なんなら白目をむきかけている。気絶の領域に片足を突っ込んでいるが、それでもまた彼は倒れない。踏みとどまっている。
ティアラが一度深く息を吸う。そして一歩、エデルに近づいた。
「エデル」
縮んだ距離にエデルの尊死ゲージは急上昇。
「わたし……ずっと、あなたが――」
ティアラが言葉につまる。言葉にするのが怖い。でも言いたい。そんな葛藤で、身体が小さく震える。
(……こわい。でも、言わなきゃ。エデルが勇気を出してくれたんだから、今度はわたしの番……)
エデルは目をそらさず彼女の言葉を待つ。心臓の速さは、もう何倍速か分からない。
ティアラは一瞬だけ目を閉じ、それから真っ直ぐにエデルを見つめた。
「……好きです、エデル」
夕方の中庭に、その言葉ははっきりと響いた。そこでエデルの世界は止まった。何の音も聞こえない。ただ、目の前のティアラだけが、鮮やかに輝いていた。
「……っ」
声にならない吐息を吐く。
(ティ、ティアラが……! 僕を、好きだって……!)
一秒目――心臓の爆音が戻ってきた。足元がぐらりと揺れる。
二秒目――視界の端が白くかすみ、膝が笑い出す。それでも、ティアラの顔だけははっきりと見える。
三秒目――幸せが胸いっぱいに溢れて、もうそれ以上入らない。
「し、幸せすぎて……死……ん……」
なんとか絞り出した掠れ声を最後に、そのまま、すとん、と糸が切れたように、エデルは膝から崩れ落ちた。
「エデルーーー!?」
ティアラは慌てて抱き留めようとする。なんとか胸元あたりで、エデルの頭を受け止めた。
「だ、だめです! 死んじゃだめです……!」
意図せず抱きかかえる形となり、自然とティアラがエデルを抱きしめている状態になっている。それをトドメに、エデルは完全に気絶した。
そこへカティアが現れる。もちろん保健医と担架付きだ。
「はい、本日も尊死一名、確認しました。史上最高の尊死です。エデル様、おめでとうございます」
そしてカティアは、若干涙目のティアラに柔らかく微笑んだ。
「お嬢様。正式な『好き』を伝えられましたね」
「う、うん……。ちゃんと、言えました……!」
その光景に見守り隊の生徒たちが、中庭の見える校舎で黄色い声を上げていた。
「今、『好きです』って聞こえた……!」
「ラシエール先輩、やっぱり尊死した……!」
「最高のカップルすぎる……!」
「ふふっ。――これにて、『恋のねじれ案件』は完全解決ですね」
カティアはいつものようにメモ帳を開く。
《本日の業務記録
・お嬢様:正式な告白 一件
・エデル様:大尊死 一件(史上最高レベル)
・学院内:名物カップルとして祝福ムード
・侍女業務:担架出動 一回(負荷:慣れ)》
倒れる騎士と、倒れさせる令嬢。尊死だらけの学院生活は、きっとこれからも続いていく。でもその真ん中には、いつだって『好きです』と伝え合った二人の想いがある――。
こうしてとある騎士と令嬢の恋は、甘くて騒がしい両想いエンドを迎えたのだった。




