第二十二話 倒れないと決めたら、告白してから倒れました
いつものように一緒に登校するティアラとエデル。しかし今日の彼はいつもと様子が違い、どこか腹を括った顔をしていた。
「なんだかいつもと雰囲気が違うね、エデル?」
「ティアラ……僕は今日、倒れません」
「へ?」
エデルが深呼吸を一つする。
「絶対に。例えティアラがどんなに可愛くても、尊くても、僕は……倒れないで言いたいことがあります」
突然のエデルの宣言に、ティアラはぽかんとしている。それを後ろで聞いていたカティアは、にやりと笑った。
「『尊死しないで告白しようチャレンジ』、ということですか。とても興味深い。本日の業務記録に、太字で書いておきましょう」
「こ、告白ってなに!? エデルはそんなこと言ってないよ!?」
カティアの言葉にティアラは顔を真っ赤にする。エデルもまた、耳を赤くして慌てたように言い繕う。
「ま、また何も言ってませんから! と、とにかく今日は倒れません!」
ティアラは胸がドキドキしつつも、エデルと倒れないで話せる日を望んでいたことを思い出し、少しだけ期待を抱く。
(今日こそは言うって決めたんだ……! このまま『気絶する婚約者』のままじゃ、情けない……!)
今日のエデルは、いつも以上に燃えていた。
そして授業の合間の休み時間。エデルは意を決して、人通りの少ない廊下へとティアラを呼び出す。
「ティアラ。少し、いいかな?」
「うん、どうしたの?」
ここで『最初のチャレンジ』を試みるエデルだったが、言葉がうまく出てこない。
(ここでちゃんと言葉にするんだ……! ティアラへの想いを言葉に……!)
「……えへへ。エデルからの呼び出しってうれしいな。なんだか特別な気分になるの」
「っ……!」
ティアラの何気ない一言に、エデルの膝がガクンと揺れた。
(特別な気分って……! そんな破壊力のある言葉をティアラから聞けるなんて……!)
しかし壁に手をついて、崩れそうになる膝を叱咤する。
(耐えろ、僕! ここで倒れたら、今日一日中、チャレンジ失敗だ!)
「……エデル、大丈夫?」
「――お嬢様から『特別』と言われるのは、最上級の威力ですからね。膝が生き残っているだけマシです」
「え? 今の一言でそんなに?」
どこからともなく颯爽と現れたカティアの解説に、ティアラは首をこてんと傾げるだけだった。
「ティ、ティアラ……放課後、中庭で話したいことがあります。ちゃんと、逃げずに」
「う、うん! わたしも、ちゃんと聞きたい!」
そう用事だけ伝えたエデルは、膝を震わせながら、中腰で撤退して行った。
(エデル……一体なにを話してくれるんだろう?)
その背を見送りながらティアラの胸は、ざわめきとときめきが同居していた。
それから昼休みの大食堂では。すでに周囲の生徒たちが『今日のチャレンジ』について噂をしていた。
「ねえ、聞いた? ラシエール先輩、今日は倒れないって宣言したんだって」
「え!? それってもう告白フラグじゃん!」
「フローレンスさん、いいなあ。尊死覚悟の告白なんて、ロマンしかないよね」
そんな噂話を聞いて、ティアラが昼食を食べながら耳まで真っ赤になっていた。
(こ、告白って、やっぱりそういうことなのかな……? お、落ち着け、わたし……!)
「……お嬢様、顔がにやけていらっしゃいますよ」
「え!?」
期待する気持ちは隠し切れないらしい。ティアラの口元は、確かに笑っていた。
「だ、だって。もしエデルが、その、きちんと気持ちを言おうとしてくれてるなら……わたしもちゃんと受け止めたいなって」
「お嬢様がそこまで思ってくださるなら、エデル様も本望でしょう。――でも、本日の最大の障害はお嬢様自身ですよ?」
「わ、わたし!?」
「お嬢様の何気ない一言が、何倍にもなってエデル様に刺さりますからね。気を付けてください。具体的には、『うれしい』『特別』『素敵』などの言葉は禁止です」
「ええ!? じゃあなんて言えばいいの? 『まあまあです』とか?」
「……それはそれで恋愛が死にますのでやめてください」
カティアが楽しそうに笑う。しかしティアラはどうすればエデルが耐えられるのかを、真剣に悩むのだった。
さらに時間は流れ、ついに放課後がやってきた。エデルは教室の自席で、一人心の準備をしていた。
(今日こそ、ちゃんと、言葉にするんだ。ティアラに『婚約者として好き』じゃなくて、『一人の女性として好き』だって、伝えたい……)
そこへアルノーがやって来て、エデルの顔を軽く叩いた。
「顔が真っ青だぞ、ラシエール。大丈夫か?」
「だ、大丈夫……なはず……」
「噂を聞いたぞ。フローレンス嬢に気持ちを伝えたいなら、倒れるのは最後の最後にしなよ。せめて言い切ってから気絶するんだ。男としてね」
少なくともエデルにとってはかっこよく聞こえたアルノーのアドバイス。その言葉に、エデルは少し勇気をもらった。
「……ああ。僕、やってくるよ」
「応援してるよ。君たちの幸せは、僕の幸せでもあるからね」
エデルは口から心臓が出てきそうな緊張を飲み込みながら、中庭へと向かう。夕陽がキラキラと射し込む中、ティアラが先に到着し、落ち着かない様子で待っていた。
(今日も一緒にいられるだけでうれしいのに……それ以上の言葉なんて、聞いていいのかな)
一人そわそわしているティアラを、少し離れた木陰からカティアがこっそり見守っていた。いざという時の担架の位置も確認済みだ。
そのカティアから少し離れた場所では、何人かの生徒が『見守り隊』としてこっそり覗いている。
「いよいよ始まるね……!」
「尊死告白チャレンジだ!」
「どうなるんだろう……ドキドキする……」
生徒たちがひそひそと話す中、エデルがゆっくりと中庭に現れる。その顔は、遠目で見ても分かるほど緊張でこわばっていた。
「待たせてごめん、ティアラ」
「ううん。わたしも今来たところだよ」
カティアいわく、エデルにとって最大の障害はティアラ自身だ。彼女はなるべく『普通を』心がけ、彼を刺激しないよう努める。
そんなティアラの努力を知らないまま、エデルは何度も深呼吸をする。そして真っ直ぐにティアラを見つめて、口を開いた。
「――ティアラ。今日はどうしても、ちゃんと伝えたいことがあって」
「……うん」
いつもは聞こえる生徒たちの喧騒も聞こえない。静かな風が、二人の間を通り抜けた。
「いつも倒れてばかりの僕だけど、それでもティアラは笑っていてくれて……。僕は、そのことが、ずっとうれしくて……」
「そんなの……わたしの方こそ――」
エデルの言葉で胸がいっぱいになったティアラが、うっかり甘い言葉を言おうとしたとき、カティアのNGワード注意が頭をよぎった。
「……えっと、その、エデルが頑張ってくれてるの、ちゃんと見てるから……わたしもすごく、安心するよ」
「っ!?」
安心という言葉もエデルには十分爆弾だったらしい。膝が小鹿のように震え出した。
(安心するって……! 僕が傍にいることで、ティアラが安心できるって……!)
しかしここで倒れてしまってはチャレンジ失敗だ。エデルはアルノーの言葉を、告白を言い切るまでは倒れないと決心したことを思い出す。
「ぼ、僕はまだ大丈夫……! また、立って、いられる……!」
「エデル!? 無理しないで!」
「エデル様の膝は完全にアウトですが、まだ意識はありますね。……さすが本気モードです」
カティアと生徒たちの見守りは続く。
「……ティアラ。僕はね、君に誇らしく思ってもらいたいんだ……。倒れてばかりの情けない婚約者じゃなくて、君の隣にちゃんと立てる騎士になりたい」
「もう十分誇らしいのに……」
ティアラの瞳が潤み、声が小さく震える。その姿がまた、エデルに突き刺さった。
(くぅ! ティアラが……っ、かわいい……!)
胸を押さえてぎゅっと目を閉じるエデル。荒くなった呼吸を落ちつけようと深呼吸を繰り返す。
「だから、僕は君を、婚約者だからじゃなくて……一人の女の子として……」
エデルの視界が白くかすんでいく。しかし倒れるわけにはいかない。胸を押さえた手で、拳を握る。
「ティアラが――好き、です」
――言い切った。その次の瞬間、エデルはその場にがくりと膝をついてしまった。
「エデル……っ」
「はい、尊死一名です。けれど本日は、『告白完遂後の尊死』という新記録です。エデル様、おめでとうございます」
心配するティアラに付き添われ、カティアと保健医の手によって、エデルは迅速に保健室へと運ばれたのだった。
保健室のベッドでは、エデルがいつものように寝かされている。ティアラはその隣に座り、告白の言葉を思い返していた。
(エデルが、婚約者だからじゃなくて、一人の女の子として好きだって……。ずるいよ。わたしも、ずっとそうだったのに)
「……お嬢様。エデル様は、よく頑張りましたね」
「うん……っ。ちゃんと、全部言ってくれた……」
眠っているエデルの手を、ティアラはそっと取る。
「エデル。目が覚めたら――わたしの気持ちも、ちゃんと伝えるからね」
「――お嬢様。返事は、次回に持ち越しでよろしいでしょうか? お二人の心臓のためにも」
「な、なんの話!?」
こうして『尊死しないで告白しようチャレンジ』は見事に倒れつつも、告白だけは成功したのだった。
あとは、ティアラがその言葉にどう応えるのか。それは、もう少しだけ先のお話――。




