第二十一話 普通に話したいと思ったら、訓練が始まりました
倒れる騎士と倒れさせる令嬢。ティアラとエデルは名物カップルとして学院中から応援されるようになったものの、ティアラにはまだ『甘い悩み』があった。
「エデル、おはよう」
「おはよう、ティアラ」
二人はいつものように一緒に登校する。しかしその距離は手が触れそうで触れないギリギリのままだ。
(学院のみんなが応援してくれてうれしいけど……やっぱりもっと、エデルに近づきたいなあ)
ティアラは、横に歩くエデルの袖を見て、触れたいけど触れられないもどかしさを感じていた。
(な、なんかティアラが近い? いや、気のせいか? 心なしかいつもより良い香りがする気が……)
エデルもまた、もどかしい距離を気にしながら、ティアラの横顔を見るたびに尊死ゲージが高まっていた。
「エデル、今日も一緒に登校できてうれしいです」
「う、うん! 僕もうれしいよ、ティアラ」
ティアラの笑顔が強すぎる! エデルの尊死ゲージが限界突破ギリギリまで跳ね上がった。
そしてそれぞれの教室へと向かう。教室に着く前、ティアラはカティアに相談を持ち掛けた。
「あのね、カティア。……実は、相談があるの」
「恋愛相談ですね、どうぞ」
「カティアはなんでもお見通しだね。あのね、わたしも、エデルともっと普通に話したいの」
「はい」
「倒れたら困るけど、でももっと話したい。見つめ合いながら会話をして、手をつないだりしたいのに……すぐ倒れちゃって」
ティアラはその小さな肩をしょんぼりと落とす。
「婚約者なのに、こんなに普通の会話が難しいなんて……」
「――ふふっ」
真面目な顔をしていまさらな相談を持ち掛けるティアラに、カティアは思わず微笑んでしまった。
「もう、なんで笑うの! わたしは真剣なのに!」
「いえ、お嬢様があまりにも可愛らしくて。しかし、これは申し訳ありませんが、エデル様が倒れるのは仕様です」
「仕様ってなに!? 直らないの……?」
「はい、治りません。お嬢様特効の尊死病です。治療不可です」
「そんなあ!」
けれどティアラの言っていることももっともだ。このままでは、一生二人の距離は縮まらないだろう。カティアは一つの方法を授ける。
「でも、お嬢様がそこまで望んでいるなら、方法が一つだけあります」
「本当に? どうすればいいの?」
「エデル様の『耐える力』を上げることです」
ドサッ。何かが崩れ落ちる音がしてティアラたちが振り返れば、そこには床に片膝をついて倒れかけているエデルの姿があった。
「エデル!?」
「ご、ごめん、ティアラ。忘れ物を届けようと思ったら、君たちの話が聞こえてしまって……」
「え!? ぜ、全部!?」
「『もっと普通に話したい』って……ごめん、僕が不甲斐ないばかりに……」
自分でティアラの言葉をリピートして、尊死ゲージを上げている。胸を押さえてふらつくエデルを、カティアがさっと支えた。
「はいストップ! 今倒れたら、話が進みません!」
「エデル! わたし、本気でそう思ってるの! 倒れないで話せたら、もっとできることが増えると思うし……」
きゅっと眉を寄せて、真剣な眼差しを見せるティアラ。それだけで、エデルの尊死ゲージは上がる。
「うっ……! こ、これは、頑張らないと……!」
そして放課後の訓練場。『耐性訓練』を宣言したエデルを見に、学院の生徒たちが集まりはじめていた。
「僕は……! ティアラの笑顔にも、近距離にも、声にも……耐えられるようになってみせる!」
「なんか新しい訓練がはじまったぞ」
「ラシエール先輩、がんばれー!」
「『好きな子の前だけ弱い強い人』の訓練が見られるぞ!」
賑わう生徒たちの横で、カティアはそっとメモ帳を開いた。
「本日の業務記録……『耐性訓練開始』。……ふふっ。面白くなってきましたね」
もちろんティアラだって訓練を応援したい。
「エデル! 応援しに来たよ!」
そっと姿を見せたティアラを見て、訓練場のざわめきが大きくなった。
「本物だ……!」
「天使の令嬢だ……!」
「ラシエールの今日の尊死は何回だろう?」
ティアラがエデルのもとに近づく。そしてタオルをそっと差し出した。その仕草は、まるで春の風のように優しかった。
「無理しないでね、エデル。 もっと話せたらうれしいけど、エデルを困らせたいわけじゃないから」
「く……っ」
エデルのティアラ耐性がゴリゴリと削られていく。それでも彼は耐えた。ティアラのために。
「わたし、あっちで見守ってるね! エデル! ファイト!」
両手でぐっと拳をつくって、応援するティアラは爆発的に可愛い。
「ぐあっ」
「エデル!?」
結果エデルは耐えきれず、白目をむいて倒れてしまうのだった。
「あー……はい、一名尊死。訓練は失敗ですね」
カティアは、そっとエデルの尊死のカウントを増やした。
「おお! ラシエールが尊死したぞ!」
「やっぱこうでなくっちゃなあ」
エデルの保健室行きが決定した。今日もまた、担架の出番である。
例のごとく、保健室のベッドで眠っているエデル。ティアラは横で椅子に座り、彼の手にそっと自分の手を重ねた。
エデルの指が、ティアラの手にきゅっと触れ返す。寝ているのに、まるで応えるように。
「また倒れさせてごめんね、エデル。でもわたし、エデルにもっと近づきたいの……」
「分かります。手をつなぎたいんですよね」
「っ!?!?」
カティアの言葉に、ティアラの顔が真っ赤になった。
「いつかはキスなんて……憧れますよね」
「そ、それは……! もう! いじわる言わないで!」
「お嬢様の気持ちを代弁しただけです」
楽しそうに微笑んでいるカティアから顔をそむけ、ティアラは真っ赤な顔のままで眠っているエデルを見つめる。その長い睫毛が、愛しいと思った。
(話したいって思うのも、もっと近づきたいって思うのも……全部、わたしがエデルを好き、だからなんだよね……)
「――お嬢様。普通に話す練習、気長にやりましょう。エデル様の耐久値も、いつか上がるはずですから」
「……うん、がんばるね」
「うぅん……ティアラ……」
「っ!」
エデルが寝言で名前を呼ぶ。それだけでティアラは胸を押さえて、耳まで真っ赤になった。
「……どうかお嬢様まで倒れないでくださいね?」
「も、もちろんだよ!」
こうして二人は、『普通に話す』という小さな目標に向かって動き出した。しかしその道は――尊死と笑顔に満ちているのだった。




