第二話 刺激を抑えた結果、すれ違いました
一限目を終えたあと。教養科の教室に戻ったティアラは、自席に突っ伏して落ち込んでいた。そんな彼女を慰めるようで、窓から射し込む陽が、頬を撫でる。
(もう、エデルったら……倒れすぎて危なくないのかしら?)
「フローレンス様の婚約者、また倒れちゃったんだって」
「えー、また? 大変だね」
周囲の同級生の噂話が、ぐさぐさとティアラの心を抉る。
(カティアの言う通り、わたしが刺激しているのなら控えないと……)
ティアラは意を決したように、ぱっと顔を上げた。
「明日は、刺激しない笑顔にしよう……!」
刺激しない笑顔とは? しかしそれを冷静に問いかけるカティアは今、絶賛仕事中である。
そして翌朝。昨日恥ずかしいところを見せたと反省したエデルが、今日こそはと意気込んで、ティアラの教室へとやってきた。
「ティ、ティアラ!」
「まあ! エデル!」
ティアラは笑顔になりかけて──はっと思い出した。今日はエデルをなるべく刺激しない。そう決めたはずだ。
「……ご、ごきげんよう……」
結果、ティアラの笑みはぎこちなくなった。目は泳ぎ、口元はひきつり、どこか他人行儀だ。本来の弾けるような笑顔は封印され、声もいつもの半分の大きさだった。
「え……? ティアラ……?」
それに衝撃を受けたのは、もちろんエデルである。
(ティアラが……笑ってくれない!? 目も合わせてくれない!?)
(このくらいの笑顔なら、刺激が少ないかしら……)
(これは、嫌われた……? 尊死しすぎて嫌われたのか……?)
エデルの精神は風前の灯だった。身体が震え、軽く白目をむいている。これでは、せっかくの美形も台無しである。
(まあ! エデルが倒れていないわ! これは成功かも!)
しかしエデルを直視しないように気を付けているティアラは気づかない。むしろ大いに安堵していた。
「あれ? なんかあの二人、微妙な空気じゃない?」
「ラシエール先輩もいつもよりかっこよさが半減してるような?」
「……は、はは……」
エデル、周囲の言葉にさらに心にダメージを負う。
そして二人のすれ違いはこれだけでは終わらなかった。活気のある大食堂での昼休み。ティアラはいつもと違い、エデルから遠い席に座ってしまった。
「お嬢様? エデル様のお近くに行かなくてよろしいのですか?」
「だ、だって! また倒れちゃうかもしれないもの!」
カティアの問いに慌てて答えるティアラとしては、刺激しない作戦のつもりらしい。しかしそんなことを知らないエデルは、またまた勇気を振り絞って、ティアラの近くへと歩み寄ってきた。
「ティ、ティアラ……」
かけた声は小さい。本当はしっかりとティアラの耳にも届いていたが、彼女は全力で気づかないふりをした。これもまた、刺激回避の一環だ。
(き、嫌われた……完全に、嫌われた……)
エデルの精神はもはや砕ける寸前だ。あまりのダメージに、身体がゆらゆら揺れていた。
(エデルが話しかけてくれてる……! でも、視線を向けるだけで倒れちゃうかもしれない……。 でも、話したい……!)
そのとき、ティアラの昼食のトレーからテーブルナプキンが落ちた。カティアより早く、エデルが反応して拾い上げる。
「あっ、ありがとうございます」
ナプキンを受け取ったティアラは、つい微笑んでしまった。
「………!!」
ティアラのはにかんだ笑顔に、エデルは目をぎゅっと閉じて耐える。そして。
「……っ無理……!」
やはり膝から崩れて、倒れてしまうのだった。
「きゃあ! エデル!?」
「はい。今日の尊死いただきました」
カティアだけは、今日も冷静だ。
さらに放課後。中庭の木陰で、ティアラは溜め息をついて座っていた。夕日が彼女の頬を照らし、ほんのりと赤く染める。
「こんなところにいらっしゃいましたか」
「あ、カティア……」
元気のないティアラの様子に、カティアの胸は突かれた。
「お嬢様。エデル様への態度ですが、控えめにするほどこじれてしまいます」
「どうして? わたしが刺激するから倒れてしまうんでしょう?」
「エデル様は敏感すぎて倒れるだけです。なので決してお嬢様が刺激しすぎているというわけではないのです」
カティアの言葉に、ティアラは困った顔をする。普通にしていては刺激が強いと言われ、控えればこじれると言われる。一体、どうすればいいというのだろうか。
「わたし、エデルと、普通にお話したいんです……」
「ええ、分かります」
「倒れないようにしたいだけなのに……」
「では、その心の内を正直にお話されてはいかがでしょうか?」
「え?」
カティアが一歩横に退くと、後ろから精神が復活したエデルが立っていた。
「エ、エデル!」
「ティアラ……」
「あっ、あの……今日は、変な態度を取ってしまって、ごめんなさい……」
「……!! 僕のことを嫌ってなど……ない……?」
嫌われたと思っていたのは勘違いだった。ようやくエデルの顔に、笑顔が広がる。
「嫌ってなんて……! そんなこと、ありえないです!」
「……っ、はあぁぁあ」
ティアラの言葉に胸を撫で下ろしたエデルは、思わずその場に座り込んでしまった。
ティアラもエデルに目線を合わせるために座り込む。同じ高さのはずなのに、なぜか上目遣いになってしまう。
「これからは……少しずつ、普通に接しますね」
「う、うん……!」
それだけでエデルの顔は真っ赤だ。しかし倒れていないだけマシである。
「では、これからは徐々に刺激を上げていくのが良いでしょう」
「「刺激……?」」
カティアの提案に、二人は同じように首を傾げるのだった。
こうして無事に和解し合った二人。帰り際、ティアラが小さく手を振れば、やっぱりエデルが尊死してしまったのは言うまでもない。
そして、そんな中庭での光景を見ていた騎士科の男子生徒が一人いた。ティアラの可愛さに落ちた、あの生徒だ。
「……ラシエールのやつ、本当に倒れたぞ」
噂には聞いていたが、まさか本当に倒れるなんて。あんな可愛い一年生を前にしたら、倒れても仕方ないのかもしれない。……いや、でもやっぱり軟弱だ。
彼はエデルを非難しながらも、その視線はずっとティアラを追っていた。




