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倒れる騎士と倒れさせる令嬢 ~甘すぎて毎日尊死してますが、婚約者です~  作者: 秋乃 よなが


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第十八話 甘い言葉を贈ったら、涙の尊死になりました


 模擬試合からしばらく。中庭や校舎を行き交う生徒の間では、未だ模擬試合の話題が飛び交っていた。


「ラシエール先輩、ほんとすごかったよね」


「フィオレル先輩もかっこよかったー」


 ティアラは、教養科の廊下を歩きながらそんな声を耳にする。エデルのことを褒められると、胸がじんわりと温かくなった。


(エデル、本当にかっこよかった……。でも、わたし、それをちゃんと伝えられていない気がする)


 『おめでとう』と笑顔で言ったものの、それは誰にでも言える祝福の言葉だ。本当はもっと、心の奥から出てくる『特別な言葉』を贈りたいと、ティアラは考えていた。


「――お嬢様。模擬試合が終わったというのに、今度は一人で恋の反省会でしょうか?」


 そっとカティアがティアラの横に並び、彼女が考え事をしている気配を察知した。


「こ、恋の反省会って何!? ち、ちがうもん! ……たぶん」


 明らかに図星な様子のティアラを見て、カティアはいじらしいと、ふっと笑うのだった。


 昼休み。ティアラとカティアは中庭のベンチで大食堂のテイクアウトを食べていた。


 周囲の生徒たちは、まだ模擬試合の余韻で盛り上がっている。その声はしっかりとティアラたちの耳にも届いていた。


「お嬢様。今のご心境を業務記録に残した方が良いですか?」


 あまり食の進んでいないティアラを見かねて、カティアが核心に迫る。


「そ、そんな記録、残さなくていいです!」


「では残しませんので、お気軽に私に話してください」


「………」


「――エデル様のことをもっと褒めたいのに褒めきれず、もやもやしている。ちがいますか?」


「……カティアはなんでもお見通しね」


 カティアの観察眼に観念したティアラは、いつもより小さな声で打ち明けた。


「模擬試合のエデル、本当にすごく素敵だったの。だから、その、『素敵だった』ってちゃんと言いたいんだけど、なんだか甘い言葉ではずかしくて……」


 カティアはすっとメモ帳を取り出し、『お嬢様がエデル様に言いたい甘い言葉案』と書き始めた。


「『すごく素敵でした』、『わたしの自慢の騎士様です』、『誇りに思いました』……こんな感じでしょうか?」


「ひゃあ! あ、甘い言葉ばっかり!」


「はい、甘いです。砂糖菓子が砂糖をかけて焼かれて、さらに蜂蜜を塗られるレベルです」


「そんなに!?」


 冗談を口にしているように聞こえるカティアだったが、その顔は真剣だった。


「ですが、どれも全部、お嬢様の本心ですよね?」


「……うん」


「でしたら、一度は伝えるべきです。……エデル様の尊死覚悟で」


 最後の言葉は聞こえなかったらしい。ティアラは赤くなった頬を両手で覆いながらも、心の中で決意を固めていく。


(こ、今度こそ……! ちゃんと口に出してみせます……!)


 そして放課後。授業が終わり、生徒たちが徐々に帰り支度を始める時間。カティアはそっとティアラに近づき、耳打ちをした。


「お嬢様。エデル様に、少しお時間をいただきました。中庭の噴水のところで待っていらっしゃいます」


「えっ、いつの間に!? また心の準備が……!」


「準備には『キリ』というものがありません。今すぐ行くしかないのです」


「うう…っ」


 ティアラは緊張で足が竦みながらも、カティアに背中を押されて中庭へと向かう。カティアは少し離れた物陰から、そっと二人を見守ることにした。もちろん担架が保管されている場所も、ばっちり確認済みだ。


 夕方の中庭。噴水の爽やかな音と、夕陽のオレンジ色が混じる。そんな中、エデルもまた、緊張した面持ちで立っていた。


(ティアラと二人きりで話……! なんだろう? でも、しっかりしないと……!)


「エ、エデル」


 そこへティアラがやってきた。


「お、お待たせしてしまって、ごめんなさい……」


「い、いえ。ティアラのためなら何時間でも待てるよ」


 二人とも少しぎこちない。そのまま静かに向かい合った。


「……模擬試合、本当におつかれさまでした。今もまだ、たくさんの人に声をかけられてますよね」


「う、うん。ありがたいことだよ。フィオレルも、とても強かった」


 エデルは、そっとアルノーの話題にも触れた。


「彼が全力で向かってきてくれたからこそ、僕も逃げずに戦えた。同じ騎士として、尊敬してるよ」


「わたしもそう思います。フィオレル先輩、とても立派でした」


 ティアラは、あの日のアルノーの『区切りの言葉』を思い出しながら、心の中で感謝をする。そして、一度大きく息を吸って、話題をエデルに戻した。


「でも、やっぱり一番すごかったのは――」


(今です! お嬢様!)


 カティアの心の声は、いつになく熱がこもっていた。


「すごかったのは、ええっと、エデルで……」


「ティアラ……?」


(大丈夫、言える。ちゃんと伝えるって決めたんだから……!)


 ティアラは胸に手を当てて、深呼吸を一度した。


 そしてエデルへ半歩近づく。ティアラとの距離が近づいたことで、エデルの尊死ゲージがじわじわと上昇していく。


「ティ、ティアラ? なんだか距離が近いような……」


「………」


(ティアラが近い! 可愛い! 尊い! でも今、逃げちゃいけない!)


(がんばれ、わたし! わたしなら言える!)


 ティアラは視線を真っ直ぐエデルへと伸ばし、口を開いた。


「エデル」


「は、はい……っ」


「先日の模擬試合、本当に……」


 胸に当てた手をぎゅっと握って、大きく息を吸う。


「本当に、すごく、素敵でした」


 その言葉を聞いた瞬間、エデルの時間は止まった。噴水の音も、風の音も、遠くの喧騒も、すべてが遠のく。まるでこの世界に、二人きりしかいないような感覚に陥った。


(素敵、だった……? ティアラが、僕に言ってる……?)


「エデルがわたしのことを守ろうとしてくれて……あんなに真っ直ぐで、かっこいい騎士様がわたしの婚約者なんだって思ったら……胸がいっぱいになりました」


 エデルは目を見開いたまま動かない。ただその視線は、真っ直ぐにティアラを見つめていた。


「……わたし、エデルのこと、とても誇りに思います。わたしの、大切な騎士様です」


 ティアラは今まで伝えられなかった気持ちを全て込めて、想いを言葉に乗せた。その言葉は甘い音となり、エデルのもとへと届く。


「………」


 一方のエデルは、完全にフリーズしていた。


「……あの、エデル……?」


 微動だにしないエデルの顔を、ティアラが覗き込む。その分二人の距離が、また縮んだ。


「……っ、ティアラ! それは、その……っ、甘すぎ、ます……!」


 頬から耳まで真っ赤になり、エデルの瞳にはうるうると涙が浮かぶ。苦しそうに胸元を押さえながらなんとか必死に立っているが、その足は小刻みに震えていた。


(うれしい! うれしすぎる! ティアラが僕を誇りに思って、大切な騎士様だって……!)


 堪え切れなかった涙がぽろり、地面に落ちた。


「エデル!?」


 それを見たティアラは慌ててハンカチを取り出し、そっとその涙を拭った。


「ごめんなさい、エデル。わたし、また何か間違えましたか……?」


「ちが…っ。すべてが尊すぎるだけで……! あまりにも幸せすぎて、心臓が……!」


 ティアラの顔は目と鼻の先にある。それにまた、エデルは動揺して涙を零した。


「でも、どうして涙が……? そんなに嫌でしたか?」


「嫌どころか、最高で……っ。こ、これ以上は――」


 エデルの視界がふっと白くかすんでいく。薄れゆく意識の中、最後の気力でエデルは口を開いた。


「ティアラ……」


 エデルの身体がゆっくりと前に崩れ落ちる。慌ててティアラが支えようとするが、その細腕には難しく、半ば抱き留めるような形になった。


「きゃっ!? エデル!?」


 そこへカティアが駆けつける。保健医とともに担架を担いでやってきた。


「はい、尊死一名です。最高レベルの甘さによる気絶を確認しました」


「カ、カティア! やっぱりわたし、言い過ぎましたか!?」


「いえ、お嬢様。むしろ、ようやく適正量に達したと言うべきでしょう」


 カティアと保健医が二人がかりでエデルを担架に乗せる。担架の上のエデルは、微笑んだまま気絶しているのだった。


 保健室のベッドで安らかに眠るエデルを、ティアラは心配そうに見守っている。


「……あの、カティア。本当にエデルは大丈夫なんでしょうか……?」


「いつもの尊死の延長線上です。むしろ、うれし涙を流してから気絶するという、新たなステージに到達しましたね」


「あ、新たなステージ?」


 カティアはポケットからメモ帳を取り出し、本日の記録を手早く書く。


 《本日の業務記録

 ・お嬢様:自覚ありの甘い言葉 一件

 ・エデル様:うれし涙尊死 一回(過去最高レベル)

 ・侍女業務:恋愛相談および担架運搬対応によりやや増加》


「……でも、ちゃんと伝えられてよかったです。エデルが、わたしの騎士様でいてくれてうれしいってこと」


 そっと頬を赤らめるティアラを見て、カティアは肩を竦めた。


「お嬢様。その気持ちを今後も素直に伝えていただければ、私の担架業務は増えますが、恋愛の進展としては望ましいでしょう」


 そのとき、エデルがうっすらと目を開けた。その目元には、まだほんのりと涙の跡が残っている。


「……ティアラ……? さっきの言葉は……夢か……?」


「エデル、目が覚めましたか? 夢じゃないですよ。何度でも言います。――先日のエデル、とっても素敵でした。さすがわたしの騎士様です」


 エデルは白目をむきかけるが、布団をぎゅっと握りしめてなんとか耐える。


(い、生きていてよかった……!)


 そして心の中で、最大量のボリュームで叫ぶのであった。


 無事に模擬試合を終えて、二人の日常は少しずつ甘さを増していく。エデルが尊死しなくなる日も遠くない――のか?


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