第十六話 応援したら、勝負が決まりました
時間は少し進んで、模擬試合はすでに佳境。序盤から熱い試合を見せられ、観客席の熱気も最高潮だ。
「三年生も順当に勝ち進んでいましたが、いやあ、今年の二年生は強い! エデル・ラシエール君とアルノー・フィオレル君が怒涛の勢いで相手を打ち破っていきました!」
実況役の生徒が、アナウンスで会場を煽る。
「ラシエールの奴、一戦ごとに動きが研ぎ澄まされていってるよな」
「対戦相手にも礼儀正しいところがかっこいいよね」
エデルの人気はうなぎ登りだ。女子生徒の黄色い声が聞こえて、ティアラも落ち着いてはいられない。
「フィオレルもいつも以上に動きにキレがあるな」
「勝つたびにフローレンスさんの方を見るの、ちょっと気持ち悪くない……?」
アルノーも男子生徒からの評判は良い。そんな周囲の声を聞きながら、カティアは状況を冷静に分析していた。
(お嬢様の応援のおかげで、エデル様はこれ以上ないほどのやる気に溢れています。優勝は手堅いと思いますが、問題はアルノー・フィオレル君ですね。彼は完全に恋の暴走モードに突入している……)
恋に暴走した者ほど、どんな本領を発揮するか分からない。そのとき会場のトーナメント表に、大きく準決勝の対戦内容が表示された。
《準決勝 エデル・ラシエール VS アルノー・フィオレル》
観客席から、割れんばかりの歓声が上がった。
その頃控室では、エデルとアルノーが向かい合っていた。エデルは汗を拭きながらも、落ち着いた表情をしている。対するアルノーは目がギラギラしていて、やや危険なオーラをまとっていた。
「……ラシエール。君が強いのは認めよう。だが――フローレンス嬢を守るのは僕だ」
ギラリ。アルノーの鋭い視線がエデルを射抜く。
「……ティアラを守るのは、婚約者である僕の役目だよ」
冷静に見えるエデルだったが、その心は嫉妬を引きずっていた。アルノーがティアラに花束を渡したことを、まだ根に持っていたのだ。
(フローレンス嬢にこの想いを届けるんだ! これはもう、運命の試合なんだ……!)
(絶対にティアラは僕が守るんだ。花束なんかに負けない……!)
二人は控室を出て、会場の真ん中に立つ。二人の間に、審判の教師が立った。
「木剣による一対一の模擬戦だ。有効打数の多い方、または戦闘不能で勝敗が決まる。もちろんルール違反や危険な行為は禁止だ。正々堂々と勝負するように!」
エデルとアルノーが睨み合う。観客席からは絶え間なく大きな歓声が飛んでいた。
「エデル! がんばってください!」
ティアラも立ち上がり、周囲の歓声に負けない声で叫ぶ。その声はピンポイントでエデルの鼓膜を打ち抜き、エデルの心臓は大きく跳ねた。
思わずエデルはティアラへと振り向く。視界にティアラがアップで映る。
(か、可愛い……!! 僕の名前を、あんなに真っ直ぐ……!!)
エデルの膝が一瞬笑う。身体がふらついたが、エデルは自分で踏ん張った。
(倒れるな、僕! ここで倒れたら、ティアラが悲しむ! カティアさんにも呆れられる! 何より、フィオレルに負けを認めることになる……!!)
エデルは大きく深呼吸をした。そして足幅を少し広く取り、木剣を構えた。
(む? 今のは尊死……! だが立ち直った、だと……!?)
アルノーも木剣を構える。
「さすがはラシエール! 僕のライバルとして相応しい!」
「準決勝……はじめ!!」
審判の合図とともに、アルノーが先に飛び込んだ。素早い踏み込みながらも、力強い一撃を連続で叩き込む。エデルはその剣戟を防御と回避で華麗にさばいていった。
「フィオレル、すごい! 速い!」
「ラシエールも防ぎ切ってるぞ!」
木剣同士が激しい音を立てて打ち合う。二人が踏み込むたびにザッと砂煙が舞い、木剣が振り下ろされるたびにビュッと切っ先が風を切った。
(フローレンス嬢が見ている……! 僕の一撃一撃すべてが、彼女へのアピールだ!)
無意識にアルノーの視線がティアラの位置を確認した。カティアはそれを見逃さない。
(よそ見をしながら戦う騎士など論外ですが……)
しかしよく見ると、エデルも無意識でティアラを意識している。カティアは小さく息をついた。
(どっちもどっちですね。恋に溺れる男は愚かだということでしょうか……)
最初は押され気味だったエデルだが、徐々にアルノーの攻撃に対応する距離の取り方や受け流し方を学びはじめる。一歩引いて斬り込みを受け流し、逆に相手の体勢を崩した。
「ラシエール君、やっぱり上手い!」
「フィオレルの攻撃もキレがすごいけど、ラシエール相手じゃなかなか当たらないなあ」
(エデル……! いつもの優しい姿と違って、すごくかっこいい……!)
興奮で頬が上気しているティアラを、エデルは見逃さなかった。
(ティアラ、見ていて。僕はもう、簡単には倒れないから……)
さらに気合いが入る。一瞬だけ花束のことがチラついたが、エデルは冷静にアルノーを見据えた。
(あれはあれ、これはこれだ。ここで勝って、僕がティアラを守る騎士だと証明するんだ!)
攻撃をさばかれてばかりのアルノーも、戦略を変えてきた。攻撃にフェイントを混ぜたり、踏み込みの速度を変えて、相手を惑わせる。
(ラシエール、やるな……! だが、ここで引くわけにはいかない! フローレンス嬢のために、僕は絶対に立ち続ける!)
(守るだけじゃ、ティアラを任される騎士にはなれない……。僕は、自分の力で勝利を勝ち取るんだ!)
エデルの剣戟に、強い攻撃の意思が見えはじめた。
「――ここだ!!」
エデルの隙をついて、アルノーが強い一撃を振り下ろす。その切っ先はエデルの頬を裂いたが、紙一重でかわされ、代わりにアルノーの懐に相手の木剣が滑り込んできた。
体勢を崩されながらも、アルノーはエデルの一撃を弾く。その勢いで、バランスを崩してしまった。
よろけたアルノーの視界に、ティアラの姿が映った。
(フローレンス嬢……!)
祈るように両手を組み、こちらを見ているティアラの姿に思わず見惚れる。そのせいで、アルノーは余計に足をもつれさせてしまった。
エデルはその隙は見逃さない。崩れた体勢のアルノーの懐に入り込み、喉元ギリギリに木剣の切っ先を突きつけた。
「そこまで!!」
審判の声が響き、会場は一瞬静まり返った。次の瞬間。
「わああ! ラシエール先輩だ!」
「フィオレルもすごかったけど……決めたのはラシエールだ!」
観客席から大歓声が上がった。
「エデル! すごいです! 本当にすごかったです!」
ティアラも声を上げて、応援旗を振り回しながら大喜びしている。エデルは興奮するティアラの姿に尊死しかけるが、格好悪い姿は見せられないと、根性で持ちこたえた。
「勝者! エデル・ラシエール! 守護生徒候補だ!」
大歓声の中、アルノーは片膝をつき、肩で息をしていた。
「……参ったよ、ラシエール。君は……強いな」
「ありがとう、フィオレル。……ティアラを守りたい気持ちは、きっと同じなんだろうけど僕は、婚約者として負けるつもりはないんだ」
エデルは微笑んで、アルノーに手を差し出した。
(……そうだな。僕は恋のライバルとして、負けたのかもしれない……)
アルノーは苦笑しながらも、差し出された手を取った。
試合後、控室に戻ったエデルのもとに、ティアラが駆け込んできた。
「エデル! すごかったです! 大きな怪我もなくて、本当に安心しました……!」
ティアラがエデルの手をぎゅっと握る。その瞬間、エデルの尊死ゲージは爆発した。
膝がガクッとなるエデルだったが、震える脚で踏みとどまる。そして深呼吸をして、笑った。
「ありがとう、ティアラ。君の声が聞こえたから、最後まで立っていられたんだ」
ティアラは頬を赤らめながらも嬉しそうに笑う。二人の距離は、以前より一歩近かった。
(……よく耐えましたね、エデル様。今日の尊死回数はギリギリ合格です)
カティアが心の中でエデルの努力を称える。そのときふと、離れたベンチで一人座り込んでいるアルノーが見えた。
(勝敗がついて、彼の中で恋の決着はどうなったのでしょうか。――まったく恋というものは、どこまでも面倒です)
控室にまで、いまだ歓声が届く。空は晴れて、会場の上には祝福のような光が降り注いでいた。




