第十三話 励ましたら、二人まとめて倒れました
今日も爽やかな朝がはじまる。ティアラとエデルは仲良く一緒に登校していた。心なしか、今までより二人の距離が近い。前より歩く歩幅が合っている。確実に仲が深まっている証拠だ。
「エデル、今日もなるべく倒れないように気をつけてくださいね」
「もちろんだよ。心配してくれてありがとう、ティアラ」
そのとき、トンっと二人の手がぶつかる。その瞬間、エデルの尊死ゲージは上限を突破し、カティアが即サポートに回った。
「『気を付けてくださいね』、エデル様」
「く、苦労をかける……」
もうあのような奇妙な手紙は届かないとカティアに言われたティアラだったが、それでも書かれていた言葉は簡単に忘れられない。
一方のアルノーはというと、昨日カティアに叱られたダメージで全体的に灰色がかっていた。
「――はあぁぁぁぁ」
口から盛大な溜め息が漏れる。壁に手をつき、魂が三分の一くらい抜けているようだ。カティアの声が幻聴として聞こえる。
「あれ? なんかフィオレル落ち込んでる?」
「どうしたどうした?」
そのとき、教室にティアラたちが入ってきた。ティアラは明らかに負のオーラを背負っているアルノーに気づいて、首をこてんと傾げた。
(この前、合同講義でたくさん話しかけてくれた先輩だ。どうしてあんなに落ち込んでいるんだろう?)
純粋にアルノーの心配をするティアラ。彼女はそっと、アルノーに近づいた。
(あっ、お嬢様、やめ――)
カティアは心の中で叫ぶが、間に合わない。
「あの、大丈夫ですか? この前はたくさん優しくお話してくださったのに……今は元気がないみたいで……。わたしでよければお話、聞きます」
「えっ!?」
予想外にティアラに話しかけられて、アルノーは上手く反応ができない。
(えっ!? 手紙の件がバレて……? いや、違う、これは……励まし!? ああ……天使だ……)
目の前にずっと話したかったティアラがいる。その事実にアルノーの精神は崩壊した。まるでエデルのように膝から崩れ落ちるが、意識はあるようだ。
「せ、先輩!?」
後ろからエデルが駆け寄ってくる。そしてティアラが他の男子生徒を心配している姿を見て、衝撃を受けた。
(ティ、ティアラが他の男の心配を……! あんな優しい声を……!)
尊死ではなく、ショック死で白目をむくエデル。床に頭を打つ間一髪のところで、カティアがスライディングキャッチをした。
(やっぱり、こうなると思ってましたよ……!)
誰よりも苦労する侍女、カティアである。
「フ、フローレンス、嬢、あ、ありが――」
半分倒れた状態で感謝の言葉を言おうとするアルノー。しかしアルノーの視界に映ったのは、無表情のカティアだった。
「アルノー・フィオレル君。倒れないでください。迷惑です」
「す、すみません……! で、ですが、フローレンス嬢があまりにも優しく……」
「お嬢様は誰にでもお優しい方です」
「ひぃっ」
『勘違いするなよ、この野郎』という心の声が聞こえてきそうだ。アルノーは身体こそ萎縮しているが、その心は強く燃え上がっていた。
(優しい天使……好きだー!!)
「先輩、あの……わたし、励ましたかっただけなんです。学院祭の準備も大変ですし……」
(し、死ねる……っ)
「倒れないように気をつけてくださいね?」
「………」
ついにアルノーの精神は限界突破したらしい。音もなく倒れた。もちろんカティアは支えない。
エデルはショック死。アルノーは尊死。ティアラだけ状況が理解できない。カティアにはもう、溜め息をつくしかなかった。
「……今日はもう全員、保健室に行きましょうか」
「え? カティア、わたし何かしたかな……?」
「いいえ、お嬢様は悪くありません。ただ、可愛すぎるだけです」
「そうだよ、フローレンスさんは悪くないよ」
「むしろこの二人がメンタル弱いんだよ」
「ええっ!?」
その一言に、倒れていた二人の指先がぴくりと動いた。どうやら聞こえているらしい。
そしてエデルは保健室でティアラに手を握られ、ショック死から尊死。目覚めたアルノーは保健室から帰されながら、また決意をあらたにする。
(フローレンス嬢……! 僕は絶対、諦めない……!)
カティアはアルノーのしぶとさに辟易して、心の底から大きな溜め息をついた。
何も気づかないティアラに、アルノーに嫉妬するエデル。恋の炎が燃え尽きないアルノーに、全てを見通している過労気味のカティア。
四人の騒がしい学院生活はまだまだ終わらない。カティアは空を仰ぎ、小さく肩を回してから、仕事用の小さなメモを開いた。
《本日の業務記録
・お嬢様:無自覚に可愛い行為七件
・エデル様:尊死四回、ショック死一回
・フィオレル君:尊死二回
・侍女業務:通常 + 増加(特に精神的負担:大)》
「……そろそろ追加手当がほしいですね。旦那様に抗議してみましょうか……」




