第7話 違う世界線に迷い込む。
永礼崇は地元で味わった更なる挫折に落ち込む事はなかった。
それは相手があの嶋田烈で、嶋田烈なら仕方ないと言って、嶋田烈をより崇拝するようになっていた。
大学では一晩の平和はすぐに崩れ去ったが、永礼崇の顔は一目ではわからない程に変形していて、少しだけ気分が良かった。
永礼崇は一晩離れていただけで、顔をボコボコに腫らして帰ってきただけで、とてつもない孤独感に苛まれていた。
他人感が強まっていて、誰も帰ってきたことに対する挨拶もなければ、飲みに行こうという者も現れなかった。
それは翌週も変わらずに、後輩達は「崇さん、今は怪我を治すべきですよ」と気遣うふりをして距離を置いてきた。
大学の溜まり場にも居ない連中を見て舌打ちをすると、「ザマァないね」と声をかけられた。
声の方を見ると今年の一年で、自身が所属するテニスサークルのメンバーが立っていた。
「あ?なんつったコラ?」
そう言って威圧しながら詰め寄る永礼崇を軽く笑った女は、「祟さん」と言った。
何を言われたかわからない永礼崇に言葉をつづける女。
「アンタ、崇さんなんて呼ばれながら裏では祟さんって呼ばれてるんだよ」
永礼崇が言葉の意味を察したところで、女は煽るように「タタリさん」ともう一度言って笑った。
顔を赤くして「テメェ!ドブス!」と永礼崇が激高した瞬間に、鼻っ柱に速いパンチを入れられて、怯んだタイミングで左頬を思い切り殴られた。
「ふふ。よっわ。ざっこい」
そう言って笑った女は、「今ならバレないよね。ボコボコだもんね」と言うと、永礼崇の胸ぐらを持って立たせて、もう2発殴って沈めてしまった。
起き上がれずに震える永礼崇は、悪い夢の続きにいる気分だった。
嶋田烈にボコボコにされた時に、違う世界線に迷い込んだのかと本気で思った程だったが、これは現実で、立ち上がれない永礼崇は追撃で蹴られると痛かった。
女はケラケラと笑い「ザコ」と言った後で、「お前みたいな悪い子ちゃんごっこはムカつくんだよね」とドスの効いた声で言うと、「お前、突っ張るの今日までな?」と続けた。
永礼崇に拒否権はなかった。
厳密にはあったが、痛みと暴力で最後には「わかりました」と言わされた。
「で?なんでボコボコなの?なんで突っ張ったの?」
逆らっても殴られるだけの永礼崇は、諦めて一から説明をすると、女は呆れ顔で「しょーもなっ!」と言った後で、「お前、井の中の蛙って知ってるか?それ以上だぞ?暗く深い井戸の底にいるのに世界を見下してるぞ?」と指摘してきた。
井戸の底で空を見ているのに、世界を見下す蛙の姿を思い浮かべながら「え?」と聞き返す永礼崇に、女は「人を見下すな。その服だって自分で作れないだろ?飯だって無理だろ?なんだって1人じゃできないんだから他人を見下すな!」と言い放った。
「それは金を払ってるんだから…」
「はぁぁぁ…」と盛大なため息をついた女は言った。
「ばぁぁぁか!自分にできないもんを金でやって貰うんだよ!助けてもらってんだよ!何金を払ってやらせた気になってんだよ!?バカか?王なのか?何様だよ!?」
何を言っても永礼崇は女に勝てなかった。
屁理屈も何も正論で納得をさせられた永礼崇は、落とし所まで用意されてしまう。
女はドスの効いた声で「とりあえずスマホ出せ」と言う。
「え?」
「いいからその嶋田ってのに電話しろ、出るまでかけろ、でなきゃ家電だ。やれと言ったらやれ。出来ないなんて聞いてないからな」
握り拳で強く迫る女の圧に負けた永礼崇は、恐る恐る嶋田烈に電話をかける。
5コール目で嶋田烈は「よぉ!どうした崇?」と電話に出てくれた。
女はすかさず電話を奪いスピーカーにして、「もしもーし、嶋田さん?どうも、正義の味方です」と名乗る。
いきなりすぎて話についていけない嶋田烈に、女が説明をする。
「とりあえず、この悪い子ごっこちゃんがムカつくんで、更生させたいんですよ。で、ちょうどボコボコじゃないですか?素直になるまで説得をして話を聞いたら嶋田さんにシメられたって言うじゃないですか?なので実家に行った時に嶋田さんにボコられて心を入れ替えたことにしたいんですよ!」
この説明に、嶋田烈は笑いながら「そんなので電話くれたのかよ?別に好きにしていいのに!」と言う。
「そうは行かねっすよ。筋は通させてください!」
「そうか?ならさ、一個お願い聞いてくれよ」
「なんすか?彼女とかは嫌ですよ。まあ頼まれたらブラジャーくらいならあげますけど」
そんな女の返しに、嶋田烈は笑いながら「いらねーよ。貰うなら彼女に貰うって」と言った後で説明をする。
「真人間に戻ったら一度こっちに連れてきてよ。激変した崇を見たおじさんとおばさんがショックで寝込んじゃったんだよ」
この説明に、女は「はぁぁぁ?親を寝込ませた?このクソ雑魚が?」と言いながら永礼崇を殴る。
「ふざけんな!後悔しろ!死んで詫びろ!今ここで生まれ変われ!」
そう言った後で、「じゃあ再来週の週末には連れて行きますんで!」と言って電話を終わらせると、永礼崇をもう一度盛大に殴り飛ばして「生まれ変わるぞクソ雑魚。ミジンコから頑張って哺乳類になれ」と言って髪の毛を掴んで美容室まで連れ込んでしまった。




