16 完成
ドアベルを鳴らして夜野は店に入った。今日は仮面を受け取る約束になっていた。夜からは津野とディナーをすることになっているので、それに間に合って夜野はほっとしていた。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
店内は、いつ来てもほんのりと花のような香りが漂っていたが、今日はいつもより一段と豊かな香りが満ちていた。少し眼鏡をずらして覗き見ると、数日ぶりに見る少年の頬は健康そうな色つやを取り戻していた。夜野が席に座ると、少年は夜野の前に湯気の立ち上るティーカップを置いた。夜野はそのティーカップを丁寧に持ち上げ、マスクを下ろし、紅茶を一口、口に含んだ。まだその茶葉の高級な味わいを存分に活かしきれているとはお世辞にも言えなかったが、確かに上達が感じられる味をしていた。少年が胸の前で手をいじりながら、夜野の様子を不安げにうかがっていた。
「これは嘘じゃなく、本当に上手になったと思います。たくさん練習したのですね」
少年の顔がぱっと明るくなった。にこりと目じりを細めて笑う。
「夜野さんも、笑顔が上手になりましたね」
少年の母は明日、退院してこの店に戻ってくるらしかった。短くても一か月は療養が必要だと聞かされていたが、少年がある日から毎日お見舞いに行って言葉をかけているうちにみるみる元気を取り戻し、予定よりもずいぶん早い退院が可能になったという話だった。
少年はカウンターの下から箱と紙の束を取り出した。恭しく夜野の前に差し出す。
「こちらが完成した仮面です。そしてこちらが今回の仕事で頂戴する料金についてです。今回は僕が担当したので子供割引が適用されて、しめてこの額となっておりますので確認してください。期日は以下の通りで、お好みの方法でお支払いいただけます。保証は三年となっております」
「子供割引って、店側にも適用されるのですか」
「そういう決まりなんです」
少年は箱を開けた。そこには、美しい彫刻が施された仮面が一つ、芸術品のように鎮座していた。白を基調としており、全体は水色から青、そして紺色へと変わっていくグラデーションで、角度によって色味が微妙に変化し、空のように一度として同じ見た目の瞬間は訪れない。表面は、幾何学的な模様が細かい溝となって彫られている。目の穴の周りには柔らかなオレンジ色の小さな花の装飾があしらわれていた。
夜野は思わず息を呑んだ。
「試着してみてください。最後の微調整をします」
夜野はそっとその芸術品を持ち上げると、顔に着けた。すうっと体が空気に馴染んで、無に融けていった。
「着け心地はどうですか?」
人生で一番良い仮面だった。
「完璧です。……こんないい仮面、初めて着けました。子供料金しか払えないのが申し訳なくなるほどです」
感動で夜野の声は少し震えた。
「支払いは銀行振り込みですぐに行います。本当にありがとうございました」
心地よい安堵感に包まれていた。これでいいのだ。この店で少年と出会って言葉を交わし、危うく素顔で生きることへの抵抗感を忘れそうになる時もあったが、透明こそが私にふさわしいのだとはっきり思い出した。これで、今までどおり生きていける。