夜食を食われた先輩が夜叉になった
「昨晩、僕の夜食が何者かに食い尽くされるという事件が起きた。犯人は速やかに名乗り出ろ、今なら焼きカレー土下座で許してやる」
「……先輩、『焼きカレー土下座』って何ですか?」
「焼き土下座のカレー版だ」
ざわ……ざわ……
後輩たちがにわかに騒ぎ出す中、黄瀬先輩は夜叉のごときオーラを纏いながら俺たちを睨みつけている。
女子が見れば確実にハートを撃ち抜かれるだろう甘いマスク、黙っていれば菩薩のように美しくスタイルもいい黄瀬先輩。……だが俺たち後輩はよく知っている。この人は怒ると悪鬼羅刹のように恐ろしい存在となることを。食べ物が絡むと特に、手が付けられなくなることを……すらりとして無駄のない体をしているのに、一体どこに食べたものが消えているのだろう。そんなことを考える俺の前で、黄瀬先輩が高々と空になった皿を掲げる。
少し深めのその皿には、無残に食い散らされたカレーの残滓がこびりついていた。小型の鍋のような形で、両サイドに持ち手のようなものがついている。あぁ、よりによってカレーを食べたのか。カレーは黄瀬先輩の大好物なのに……先輩の殺気を全身で受けながら、縮こまっている俺の隣で恐れ知らずの茶木が「いや、なんでよりによって夜食がカレードリアなんですか」と声を上げる。
「普通、夜食ってあっさりしたものを作るでしょう。いくらなんでも重すぎますよ」
「僕のカレーへの愛はどんな思いより重いんだ」
「そのへんのヤンデレ女もびっくりの重さじゃないスか」
「失礼だな純愛だよ」
どこかの特級呪術師にしか許されないセリフを零す黄瀬先輩に、俺はおずおずと話しかける。
「先輩、お怒りはごもっともですがどうか抑えて……俺、今日の夕飯当番だからカレー作りますよ。それでなんとか、堪えてください」
「駄目だ。このカレーは僕のこだわりが詰まった、僕による僕のための僕のカレーなんだ。他のカレーには代えがたい……それに、僕にはもう犯人の検討がついている」
恐ろしいほど冷え切った声音で言い切る先輩は、冷酷な刑務官のように告げる。
「最期にもう一度聞く。僕の夜食を、僕のカレーを食べたのは誰だ。カレーは命より重い……! これ以上、黙っているつもりなら鉄骨渡りも付け加えるぞ。さぁ、大人しく出て来い」
先輩、「最期」って「最後」の間違いですよね。後輩をラストミールにするつもりじゃないですよね。
そう聞きたいのを必死に堪え、俺は茶木に目を向ける。だが茶木はぶんぶんと首を振り、俺と同じように黄瀬先輩の覇気に身を縮こまらせて耐えていた。……友人として引導を渡そうと思ったが、無理のようだ。俺の溜め息と共に、黄瀬先輩が「タイムリミットだ」と地の底から響き渡るような声で告げる。
「茶木……僕の夜食を食い尽くしたのはお前だろう……よくも僕のカレードリアを……」
「えっ、あ、ちょっと待ってください! なんで俺なんスか、落ち着いて……!」
白々しく言い逃れを続けようとする茶木に、黄瀬先輩がゆらりと近づく。
「いいか、茶木……僕は『夜食』としか言っていない。そしてこの皿にはカレーの跡が残っているが、これだけでは『カレー』だということしかわからないはずだ……普通『カレー』と言えば『カレーライス』じゃないか? 茶木、なぜ僕が作ったのが『カレーライス』ではなく『カレードリア』だと知っている……?」
黄瀬先輩の最終通告を聞いた茶木が、「あ……」と顔を真っ青に染める。
もう遅いよ、茶木……
縋るような目で俺を見つめる茶木から、そっと顔を逸らす。黄瀬先輩の威圧感が、より一層凄みを増したようだ。
「痛っ……熱っ……いぎゃああああ!」
つんざくような茶木の悲鳴が、俺たち後輩の耳に響いた。
8/7 [日間]推理〔文芸〕 - 短編 1位ありがとうございます。




