接触
あまりにも現実離れした目の前の光景、太陽を背にした化け物を見て私は全く動けない。かろうじて動けた風雅が私の前に立ち銛を向けるのが精一杯だ。
その化け物からは生気を感じない、まるで先日解体した鹿の骸のような雰囲気を感じる、だが生物じゃないとは言いきれない曖昧な感覚。それでいて化け物からは歓喜や困惑、狂気やプレッシャーを強く感じる。
この体になって初めての汗が頬を伝う。本来なら発汗機能がある事に違和感を持つだろうが今はそんな疑問を持っている暇がない、それだけ強大な感情のプレッシャーがひしひしと伝わってくる。
動けない私達が見えているのかは知らないが化け物はそんなことお構い無しに手を招き、背を向けて歩き始める。まるで『お前達の求めるものはこっちである』と言うかのように。
「……どうするナギサ、逃げるなら今しかないぞ…」
小さな声で風雅がそう私に聞いてくる、確かに背を向けている今が逃げ出すチャンスだ、だが
「今は…アレに着いていくしかない、見えるだろあのノコギリが」
「仕事柄よく使ってたからわかるが化け物の手のアレは硬いものを切るノコじゃない、もっと柔らかい物を切る用のノコギリだ」
化け物に付いているノコギリは木を切る用のノコギリではなく肉を切るのに使うような刃の付き方をしているのだ、もし逃げ出した事にあの化け物が激昂したらきっとノコギリで切ってからあの顎で……これ以上は想像つかないし考えたくない。
「なるほどな、今は着いていくのが正しいか……わかった、歩けるか?」
「ありがとう風雅、大丈夫歩けるよ」
「フゥ…よし」
不安はあるし恐怖もある、だがそれが進まない理由にはならない。私は気を貼り直しちょっぴり気合いを入れる。
ゆっくりだが既に前に進んでいる化け物の後ろを着いていく、化け物はこちらに何も干渉せず川の上流に向けて歩きやがて森に入る。
昨日居た森と違い動物の気配が全くしない、おそらくこの化け物から動物達は逃げているのだろうと考えながら森の中を進む。
少し傾斜のある森を登って行く、一体何処に向かっているのか全く分からない、だが今はついて行くしかないのだ。
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しばらくして森を登りきると少し開けた場所に出てそこから日本ではほぼ見ることの無いであろうだだっ広いが何も無い草原を見下ろす。
美しい風景に目を開くが同時に疑問も出てくる、何故この化け物はこの場所に連れてきたのだろうか?
そう考えている時に化け物が左手を上げて丘の下にある草原を指差す。
何かあるのか?と私達は指差す方を見るとそこにはさっきまで無かった村があるのだ。
少し解けていた警戒心が一気に高まりさっきまで化け物がいた方を見るが、化け物はまるで元からそこに居なかった様に消えていた。
「ッ!?風雅ッ!!」
「わかってる!!」
私は即座に剣を持ち周りを警戒する、風雅も同じように銛を持ち私の背後を庇うように警戒する。だがいくら経っても何も起こらないしあの化け物がいた時のようなプレッシャーを感じない。
「……何も起こらない?罠じゃないのか?」
風雅がそう呟き少し警戒を緩める、ただそれでも周りは常に警戒する。
「……とりあえずあの村に行ってみよう、もしかしたら何かわかるかもしれない」
「そうだな、それしかないか……」
さっきよりも不安は高いがここまで来たからには進むしか無い、決意を決めて村に向かって歩き出す。
森と一体化した丘を警戒しながら下る、まだ何が起きるか分からない。
丘を下りきっても森は続いており森の中をしばらく進む、すると近くの茂みから【ガサガサ】と音がしてそちらに警戒し剣を向ける。
あの化け物がやってきたのか?と考えつつ私達は警戒する中、茂みからその音の正体が出てくる。
「お~い誰かほこにおんのけ〜?」
そう言いながら茂みから片手に斧を持った髪は茶色がかっており、ガタイのいい青年が現れる。
この場所に来て2人目の遭遇なのだが、その耳はエルフの様に尖っており私の知っている人種とは全くもって当てはまらない。
「お~い、もしも〜し聞こえとるか〜」
そして何よりこの男が喋っている言葉、聞いたこともない発音、何故か理解できるがこれにより完全に理解してしまったのだ。
私は、私達は異世界に来てしまったのだと。
to be continued……
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