農協の平和は世界の幸せ
『婚約破棄は農協の夜明け』の続編です。
先にそちらをお読みください。
「セージ! ミモザ!」
王都の街中で、聞き覚えのある声が聞こえた。
「あの声は……」
「……ですわね……」
嫌な予感と共にミモザと一緒に振り返ると、予想通り元・王立学園農耕協働クラブの部長が駆け寄って来た。卒業して三か月経つが、つい「部長」と言ってしまう。
予想外だったのは、部長が女性連れだったことだ。僕たちより幾つか年下の、ぽっちゃり体形の真ん丸な笑顔が可愛い少女が後をついて来てる。部長の溺愛する婚約者だろう。
「セージ! 王都に来てるならなぜ連絡しない」
「色々忙しいもので……。婚約の手続きとか」
「それを連絡せんか!」
だって部長との接触はできるだけ一回で済ませたいから、全部決まってから連絡と思ってたんだもーん、とは言えない。
「それより部長、この可愛い方がご自慢の婚約者ですの?」
ミモザが話を逸らしてくれる。
「おお! お前たちとは初対面だったな。メラニーだ。メラニー、こいつらは農協の部員のセージとミモザだ。いつの間にか婚約したらしい」
部長の嫌味も気にせず
「メラニー・フローランドです。フローランド男爵家の長女です」
と、笑顔で挨拶してくれる婚約者さん。いい人っぽい。
僕の「それじゃあ、また」という声は無視されて、部長に近くのカフェの個室に引きずり込まれた。
「そもそも俺のおかげで婚約できたというのに!」
注文のお茶とケーキが届いても、部長の怒りは治まらない。
「部長のおかげ……」
ですかね?、までは言わないでおく。
あの卒業パーティーの日、部長が騒ぎを起こしてさっさと消えた後、僕はギャラリー達のガン見のプレッシャーで何も言えないでいたらミモザがブチ切れて、ギャラリー達に
「見世物ではありませんわ!!」
と一喝。皆が文字通り蜘蛛の子を散らすように逃げ出して二人で大笑いした。
それからちゃんとプロポーズして、両家に歓迎されて婚約が整った。
ミモザが卒業後に婚約破棄するのは内々に決まっていたそうで(在学中に破棄すると、婚約破棄後も顔を合わせないといけないから)、揉める事なく前の婚約は破棄され、ミモザのご両親とはキウイの件で何度か顔を合わせていたので、好感度が高かった僕は問題無く次の婚約者になれた。
僕の家では、女っ気がないと思ってた男爵家の次男坊に好きな女性がいた。しかも、婚約者から奪い取ったと聞いて「お前にそんな甲斐性が!」と大騒ぎだった。(奪い取ったわけじゃないんだけど)
「……部長も、卒業後は養子に入るので忙しいかと思って」
部長は、モーリッツ侯爵家の分家のモーリッツ子爵家に養子に入って跡を継ぐ事になっている。実際は既に両家を行き来してて、上手くやっているようだ。
「手続きは、メラニーが学園を卒業するまでにすればいいんだ」
養子を受けたのは、子爵になったら男爵家のメラニーと貴賤結婚にならないからと、わかりやすい男だ。
それもあって、学園ではモーリッツ子爵家の子息のように振る舞っていたから、本当は侯爵令息と知っている人は少なかった。
更に、優秀な侯爵家の家令が、肥料や、刃や土の付いた農耕具を運ぶ部長を使用人用の馬車で登下校させてたので。
「メラニー嬢は、来年王立学園に入学するんでしたよね」
「そうだ! だから学園で必要な物をオーダーに来たんだ」
早過ぎませんか? いや、オーダーなら余裕を持たないとかな。
「メラニー様に、何をオーダーされますの?」
と言うミモザの問いに、返事は
「鍬だ!」
だった。
……えーと、あの長い木の柄にL字に刃がついて、畑をザックザックと掘り返す、あの鍬でしょうか。
「部室の鍬では、メラニーの可愛い手に合わないからな!」
やっぱりあの鍬ですか。
「それから、手袋と日よけの帽子と……」
全部『学園で必要な物』じゃなくて、『農協で必要な物』です。
「それでな、メラニーの所有印として全部に豚のモチーフを付けようと思うんだ」
豚? メラニー嬢も驚いている。
「部長……何で豚なんです?」
「可愛いからだ!」
あーー、これ、絶対人の話を聞かないやつ。
部長にデリカシーは期待出来ないけど、お年頃のぽちゃ体形の女の子のトレードマークに豚って……。
「部長。豚が子孫繁栄の象徴である事はご存知ですわよね」
ミモザが冷たい声で言う。
「もちろんだ」
「婚約者から豚を贈られれば、それは『子作りしましょう』という意味になりますが、よろしくて?」
「子っ……!」
いやいやそんな意味にはならないが、部長は信じた。
「学園にも入学していない子供に劣情をもよおすだなんて、なんて汚らわしい。メラニー様、この男はケダモノですわ」
ミモザがわざとらしく蔑む。
「劣っ、そっ、……そんな意味では……」
メラニー嬢に嫌われたと、しょんぼりモードになる部長。
「なら、豚はおやめあそばせ。そうですわね、花のモチーフはいかがかしら?」
勝負ついたー! さすがは部長が密かに「キックラビット」と怯える猛者。メラニー嬢が救世主を見る目になってる。
「花か! それもいいな!」
「この場合の『花』には、ネギボウスやじゃがいもの花は入りませんからね」
「え?」
……入れる気だったか……。あだ名が「ネギ」か「じゃがいも」になるぞ。
「……部長。何の花にするかは女性陣にまかせて、ちょっと外に出ませんか。男同士の話が」
思うところがあって、部長を部屋の外に連れ出す。
ドアを閉めると、
「部長! 書類の不備があるたびお兄様に『セージなら知ってる』って言わないでください!」
と、迫った。
卒業パーティーの後、
「兄上! ミモザの婚約者にこんな事を言われたので抗議してください!」
「分かった。どこの家の者だ?」
「それは知りません!」
というやり取りがあったそうだ。
「あ、セージなら知ってるはず」
そしてこの一言が生まれた。
それ以来、書類の不備があると「セージが知ってる」「セージなら分かる」と言うので、兄上からの問い合わせの手紙が僕の実家に定期便のように届くようになった。
「分かった。兄上に手紙を出さないように言っておく」
「じゃなくって! 部長がちゃんと書類を仕上げろと!」
と、言って慌てて声を潜める。中に聞こえなかっただろうか。
「ミモザ様はウォルター様をお好きだったのでしょう?」
静かにしたら、中からとんでもない話が聞こえた!
「はあ? いいえ!全然!全く!爪の先ほども!好きではありませ……いえ、好きだった事はありませんわ。何故そう思いましたの?」
僕も部長もそこが知りたい!、とドアに身を寄せる。
「あの……手作りのプレゼントを贈られてたので……」
「プレゼント? 部長にですか?」
そんな事あったっけ? 部長も心当たりが無いようだ。
「手作りの……匂い袋を」
「あーーーっ!」
ミモザも僕も部長も思い出した。
「違うの! あれは、あの中身はキウイの茎の粉なの!」
キウイの茎はマタタビと同じ成分なので、猫にはたまらないらしい。
「じやあ、部長に与えたら大人しくなるんじゃない?」
そういう部員たちのふざけた実験で、皆でキウイの茎の粉を作り、ミモザが袋を縫って匂い袋を作ったのだ。
部長はそれを略して「ミモザが作った匂い袋をくれた」と言ったのだろう。略し過ぎだ!
「ごめんなさい。メラニー様に誤解されるなんて思わなくて。浅慮でしたわ。男子部員から渡すべきでした」
「い、いえ! 私ったら恥ずかしい……」
部長は、自分がメラニー嬢に焼き餅を焼かれてたと知って
「人間にマタタビが効くわけ無いのに、ミモザも残念な奴だな!」
と、上機嫌だ。本当、人間で残念です。
「ミモザ様がお綺麗だから、私ったらつい……」
「ありがとうございます。でも、普段の私は『お綺麗』から程遠いんですのよ」
うんうんと頷く部長の後ろ頭にチョップを入れる。
「メラニー様は可愛らしいですわ」
「家族やウォルター様は私を可愛いと言ってくださいますが、私は……一般的に言って醜女ですわ」
「一般的!」
部長との会話ではついぞ聞いた事がない単語に、ミモザは驚いたようだ。
「……そういう所が可愛らしいのだと思いますわ」
うん。部長には無い美点だ。
社交辞令と思ってるメラニー嬢に続けて言う。
「メラニー様、恋に『一般的』はありませんのよ。もし、『ウォルターは一般的に空気を読まない自己中なマイペース男で迷惑を掛けられるから結婚はやめなさい』と言われたら彼と別れます?」
「いいえ! ウォルター様は素敵な方です!」
あ、部長がぱあぁっと周りに花吹雪が舞っているような笑顔になった。
「そうでしょう? 私だってセージ様はそういう方ですわ」
ぽぽぽぽぽん!と、僕の周りで花が咲く音が聞こえた気がした。
「しかし、やたら具体的な例を上げてたな。誰を思い描いてたんだろう?」
と、言ってる部長と共に部屋に戻る。
僕たちのにやけた表情で、ミモザは会話を聞かれていたのを察したようだ。
ミモザのどうしたらいいかわからない時の怒り照れ笑いに、ついニコニコしてしまう。
「……何ですか」
「卒業の時、もうミモザの怒り照れ笑いが見られないんだなぁと思っていたから、何か嬉しくて」
見る見るうちにミモザが赤くなった。
両手を口に当てて、尊い物を見るようなキラキラお目目のメラニー様。
目を丸くして珍獣を見るような部長。もう一発チョップをくらわせますよ。
カフェの前で部長たちと別れる。
「セージは王都にタウンハウスは無いんだよな。久しぶりにうちに泊まらないか?」
と言った部長の後ろ頭を、メラニー嬢がポコっと叩く。キックラビット化してませんか?
「早く結婚して王都に住めよ!」
と言う声が聞こえた気がするが、嫌な予感がするので聞こえなかった事にしよう。
キウイ情報は山村久幸様より。
ありがとうございました m(_ _)m