女の子に転生した俺の高校の担任教師になったのは、前世で付き合っていた幼馴染だった!?
「香代子、す、好きだ! 俺と付き合ってくれ!」
「――!」
中学一年生の夏休み前日。
俺は誰もいない校舎裏で、幼馴染の香代子に遂に告白した。
心臓が自分のものじゃないみたいにバクバク暴れている。
全身からダラダラと汗が吹き出ているのは、暑さのせいだけではないだろう。
だが、香代子からの返事は――。
「……嬉しい。私も、隆二が好き!」
「っ!!」
そう言いながら香代子は、俺にギュッと抱きついてきたのである。
うおおおおおおおお!!!!
よっしゃあああああああ!!!!
「その代わり、一生私の側にいてね」
「ああ、もちろんだよ」
俺は誓いを立てるように、香代子を抱きしめ返した。
そうだ、もう二度と、香代子を辛い目に遭わせるわけにはいかない――。
――あれはつい先月のこと。
なんと香代子は一ヶ月近くも誘拐されていたのである。
幸い無事に戻っては来れたものの、誘拐犯は未だ捕まっていない。
香代子も誘拐されたことが余程ショックだったのか、誘拐犯の顔もろくに覚えていないそうだ。
小学生の頃から密かに香代子が好きだった俺は、身が捩れるほど後悔した。
――俺が側にいれば、香代子を守れたかもしれないのに。
だから今後は俺が彼氏として、一生香代子を守る!
そう決心し、勇気を振り絞って告白したのだ。
そしたら香代子も俺が好きだったなんて……!
嗚呼、今日は人生最高の日だ――。
こうして恋人同士として夏休みを迎えた俺たちは、ほぼ毎日二人でいろんな思い出を重ねていった。
自由研究のために水族館に行ったり、人混みに四苦八苦しながら花火大会を楽しんだり――。
ただ、俺たちはあくまでまだ中学生。
男女の付き合いといっても、手を繋いで歩いたり、たまに触れるだけのキスをしたりという、年相応の健全なものだった。
いつか年を重ねたら、俺たちも大人の関係になる――。
この時は、そう思っていた――。
「ジェットコースター楽しかったね、隆二!」
「ハハ、ホント香代子はジェットコースター好きだよな」
「うん、大好き!」
夏休み最終日。
思い出作りのシメにと、二人で遊園地に行った帰り道。
香代子と手を繋ぎながら横断歩道を渡っていた、その時だった――。
「……ん?」
俺たちのほうに、トラックが物凄いスピードで突っ込んできた。
見れば運転手が居眠り運転をしている。
あ、危ない――!
「香代子ッ!!」
「キャッ!?」
このままでは二人とも轢かれてしまう。
せめて香代子だけでもと、俺は思い切り香代子を突き飛ばした。
――その次の瞬間。
ゴシャッという不快な音と共に、全身に尋常ではない激痛が走った。
「ガハッ」
「い、いやあああああああ、隆二いいいいいいい!!!!」
息ができない……。
目が霞む……。
嗚呼、俺、死ぬのか……。
「死なないで!! 死なないで隆二!! ずっと私の側にいてくれるって約束したじゃないッ!!!」
うん、そうだよな……。
約束したのにな……。
本当にゴメンよ香代子……。
どうやら約束は、守れそうに、ないや……。
「隆二いいいいいいいいいいいいッッ!!!!」
「……!」
その時だった。
眩いばかりの光が、俺の全身を包んでいった。
嗚呼、なんて心地いいんだろう……。
痛みがどんどん引いていく……。
これが、天からの迎えってやつか……。
「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあっ」
…………ん?
赤ちゃんの泣き声?
「おめでとうございます。元気な女の子ですよ」
「ああ、可愛い……! ふふ、まだこんなにちっちゃいんですね」
っ!?
見知らぬ美女に抱かれている俺。
誰!?!?
「おぎゃあ、おんっぎゃあ」
「ふふ、生まれたばかりなのに、本当に元気ね」
あっ、この泣き声、俺が出してるんだ……。
……どうやら俺は、今流行りの転生というものをしてしまったらしい。
――しかも女の子として。
――そして十五年の月日が流れた。
「……ハァ」
雛元真美としての二度目の人生。
俺は今、高校の入学式を終え、教室で担任教師の到着を待っていた。
前世では送れなかった高校生活が今日から始まるかと思うと、感慨深いものがある一方で、どうしても香代子のことを考えてしまう。
俺が転生したのは俺が死んだ直後だったから、今の香代子は二十七歳。
もうすっかり大人の女に成長していることだろう。
結婚はしているのだろうか……。
香代子には幸せになってもらいたいという気持ちはあるものの、どうしても香代子が俺以外の男と結婚している姿を想像するとモヤモヤしてしまう……。
ああ、せめて今の俺が男だったらなぁ……。
そうしたら絶対、もう一度香代子に告白するのになぁ。
「なあなあ、担任の先生どんな人かなぁ!」
「なんか名前からは、美人のオーラをビンビンに感じるよな!」
「わかるぅ!」
同じクラスになった男子たちが、キャッキャはしゃいでいる。
そういえば担任の名前確認してなかったけど、どんな先生なんだろう。
「入学おめでとうございます、みなさん」
「――!!」
その時だった。
担任教師と思われるスーツ姿の女性が、颯爽と教室に入って来た。
その顔を見た瞬間、俺は絶句した――。
「私が今日からみなさんの担任になる、沼田香代子です」
それは大人の女に成長した、香代子その人だった。
えーーー!?!?!?
そ、そんなバカな……。
こんな偶然、あっていいものなのか……?
ここは香代子の地元からも大分離れてるのに。
だが、十五年ぶりに再会した香代子のあまりの美しさに、そんなことはどうでもよくなっている自分もいた。
一本に縛ったサラサラの長い黒髪。
十五年前はかけていなかった、知的なアンダーリムのメガネ。
何より変わったのは、当時はツルペタだったその胸部装甲!!
今の香代子の胸部装甲は、スーツのボタンが弾け飛びそうなくらいパッツパツに育っていた……!
あどけなさの残る美少女だった香代子は、妖艶な鱗粉を振り撒く蝶へと羽化していたのだ――。
「――!」
「……ん?」
その時だった。
俺と目が合った香代子が、一瞬だけ獲物を狩る直前の猛禽類の目になったような気がした。
え? もしかして俺だってバレた?
い、いやいやいや、今の俺は女の子になってるし、前世との共通点は一つもない。
バレるはずがない、よな……?
「うおおお、メッチャ美人ッ!! ねえねえ先生! 先生って彼氏はいんの!?」
さっき騒いでいた男子が、早速香代子に喰らいついている。
オイ、お前みたいないなかっぺ大将が、香代子と釣り合うわけないだろうがッ!!
「フフ、彼氏はいませんよ。――好きな人はいますけど」
――なっ!?
……うん、まあ、そりゃそうだよな。
香代子ももう二十七だもんな……。
好きな男の一人や二人、いて当たり前だよな。
「なんだよー、ちぇっ」
サラッと失恋したいなかっぺ大将のすぐ横で、超特大の失恋に胸を貫かれている男(いや女)がいることは、知る由もないだろう。
「雛元さん、ちょっとだけいいかしら?」
「は、はい?」
各自簡単な自己紹介を終え今日は解散になったのだが、いそいそと一人帰ろうとしていると、なんと香代子から声を掛けられた。
まさか香代子のほうから話し掛けてくるとは思っていなかったので、ドクンと胸が弾む。
「実は明日みんなに配るプリントのホチキス留めを今からやらなきゃいけないんだけど、もしよかったら、手伝ってはもらえないかしら?」
「あ……、は、はい、いいですよ」
「フフ、助かるわ」
香代子はニコリと、色気のある笑みを浮かべた。
「本当にありがとね雛元さん。お陰で思ったより早く終わったわ」
「い、いえ、私は大したことしてないですし」
俺と香代子以外だれもいない、放課後の教室。
ホチキス留めしたプリントを纏めつつも、俺に頭を軽く下げる香代子。
放課後の教室に好きな女の子と二人きりというと、男子なら誰もが憧れるシチュエーションだが、不幸なことに今の俺は女の子だし、俺と香代子は生徒と教師という関係。
しかも香代子は他に好きな男がいるときている。
一枚でも致命的な分厚い壁が三重にもなっているこの絶望感は、筆舌に尽くし難いものがある。
ああ、せっかく二度目の人生を送れてるっていうのに、そりゃないぜ神様……。
「フフ、それにしてもやっぱり若いっていいわね。雛元さんのお肌、こんなにスベスベ……」
「せ、先生……!?」
その時だった。
急に距離を詰めて来た香代子が、俺の頬にそっと手を添えてきた。
んんんんんんんん???
「あ、あの……」
「このちょっと癖のある髪も、とっても可愛いわ」
「か、かわ!?」
今度は俺のくせっ毛を、クシュクシュと指で擦ってきた。
あれれれれ????
なんかちょっと距離感おかしくないか、香代子??
それとも女教師と女子生徒だったら、これくらい普通なの??
「それにこのプルンとした瑞々しい唇。凄く美味しそう……」
「……!!」
香代子は俺の唇に親指で触れながら、恍惚とした表情を浮かべる。
ちょっ!?
「せ、先生……!」
流石にこれはマズいだろ!?
思わず後ずさりして距離を取る。
「フフ、ごめんなさい。雛元さんが可愛いから、ちょっとからかいたくなっちゃった」
「……!」
香代子はあざとく舌を出した。
な、なんだ、ただの冗談か……。
すっかり大人になったと思ってた香代子だけど、まだそんな子どもっぽいところも残ってたんだとわかると、そのギャップで胸がときめく。
嗚呼、やっぱり俺は今でも香代子のことが好きなんだな――。
窓の外の満開の桜を背にしている香代子は、まるで妖精の女王様みたいに美しかった。
「そうだ、ホチキス留めを手伝ってくれたお礼に、よかったらお茶くらいご馳走するわ。――今から私の家に来ない、雛元さん?」
「――え」
お、俺が香代子の、家に……!?
「さあ、散らかってるけど、遠慮せず入って」
「お、お邪魔します」
香代子の住んでいる家は、こぢんまりしていながらも、防犯設備だけはしっかりしている賃貸マンションだった。
女性の一人暮らしなのだから、当然といえば当然かもしれない。
玄関を開けるとキッチンスペースがあり、その奥の扉の向こうがリビングになっているようだ。
「フフ、実は雛元さんに見せたいものがあるの」
「え?」
俺に、見せたいもの?
「――この部屋よ」
「? ……なっ」
リビングに一歩踏み入れた俺は、そのあまりの光景に言葉を失った。
――そこには壁一面に、前世の俺の写真と、今世の俺の写真が、ビッシリと貼りつけられていたのである。
前世の写真は俺と香代子が付き合い始めてからのものが大半だったが、今世の写真は、古いものは幼稚園時代から、新しいものは先日の中学校の卒業式まで実に幅広い。
そのほとんどは盗撮したと思われるものだった……。
こ、これは……!?
「フフ、どう? ビックリした、隆二?」
「――!!!」
香代子に後ろからギュッと抱きしめられた。
い、今香代子、前世の俺の名前、を……!?
香代子の豊満な胸部装甲が、容赦なく俺の背中に押し当てられている。
あわわわわわわ……!
「最初から気付いてたのよ私は、あなたが隆二の生まれ変わりだってね」
「……なっ」
なんだとッ!!?
「というより、私が隆二のことを転生させたの」
「っ!?!?」
えーーー!?!?!?
「ひあっ!?」
後ろから俺を抱きしめたまま香代子は、俺の耳たぶに軽くキスをしてきた。
全身に電流が走ったみたいにゾクゾクする……。
くっ、俺って、耳、こんなに弱かったのか……。
「私が一ヶ月誘拐されたことがあったじゃない? あれ実は誘拐じゃなくて、異世界に聖女として召喚されてたの」
「――!! んあっ」
衝撃の事実を開示しつつも、香代子の俺の耳への愛撫は続く……。
嗚呼、いろんなことがいっぺんに起きすぎて、俺もう、どうにかなりそうだ……。
思わず腰が抜けて立っていられなくなった俺を、香代子が優しくソファーに寝かせてくれた。
「そこで私は聖女として、世界を浄化する使命を負わされた。やっとのことで浄化を終えてこちらの世界に帰って来たら、一ヶ月近くも経っていたというわけ」
「……」
ソファーに横たわる俺の頭を撫でながら、香代子はそう零した。
そういうことだったのか……。
そりゃ誘拐犯も捕まらないわけだ。
むしろ中学一年生の女の子に課せられた使命としては、誘拐されるよりも過酷だったのは想像に難くない。
当時の香代子が乗り越えた苦難を考えたら、ボロボロ涙が溢れてきた。
「フフ、隆二――いや、今は真美か。相変わらず真美は優しいわね」
「だって……! だってぇ……! 自分が情けないよ俺は……! 香代子がそんな辛い思いをしてたのに、全然気付けなかったなんて……!」
「……ううん、そんなことないわ。私があっちの世界で頑張れたのは、真美がいたからだもの」
「……え?」
「真美ともう一度逢いたいという想いがあったから、私はどんな苦難も乗り越えられたの。私にとってはあなただけが、この世界で生きる希望だったのよ、真美」
「か、香代子……!」
香代子は俺に覆い被さるようにして抱きしめてきた。
香代子の体温を直に感じる。
嗚呼、香代子の心臓も、俺と同じでこんなに早い……。
好きだ……!
香代子、好きだ……!
「――だからこそ、真美がこの世からいなくなるのだけは、絶対に許せなかった」
「? か、香代子?」
途端、香代子の纏うオーラが、若干湿度のあるものに変わった気がした。
メガネの奥の目も漆黒に染まっている……。
「こちらの世界に帰って来てからも聖女の力は残ってたから、骨折くらいならすぐ治せたんだけど、あの日の真美の怪我は、私でもどうにもできなかった……」
「香代子……」
当時の悔しさが込み上げてきたのか、震えながら香代子は唇を噛む。
「だから最後の手段として、聖女の力を全力で使ってあなたの魂を転生させたのよ」
「……そういうことだったのか」
あの日俺を包んだ優しい光は天からの迎えじゃなく、香代子の聖女としての力だったのか。
「あなたが雛元真美として新たに生を受けたのは聖女の力で感じ取っていたから、この十五年間、ずっと陰であなたのことを見守ってきたわ」
「……」
その結晶が、この壁一面の盗撮写真というわけか……。
まさか香代子がここまで重度のヤンデレだったとは……。
……いや、俺が死んでしまったことで、ヤンデレにしてしまったんだな。
「私がどれだけこの日を待ちわびていたか……。これでやっと、あなたと一つになれるわ、真美」
「え? んふぅっ!?」
途端、香代子にキスで唇を塞がれた。
ぬるりと温かい舌が蛇みたいに歯を割って侵入して来て、俺の舌を蹂躙する。
「ふ……ふぁ……。んっ、はぁほぉほぉ……」
ジュルジュルとワザとイヤらしい音を立てながら、俺の舌を吸う香代子。
あ、ああ……気持ちいい……。
触れるだけの子どものキスと全然違う……。
大人のキスって、こんなに気持ちいいものだったんだ……。
「ぷぁっ。はぁ……はぁ……」
「はぁ……はぁ……」
たっぷりと俺の口腔を隅々まで嬲った香代子が顔を離すと、香代子の舌と俺の舌が糸を引いていた……。
嗚呼、すごくやらしい気がする……。
俺は既に焼き切れそうになっている最後の理性を振り絞って、香代子に言う。
「……ダ、ダメだよ香代子……。今の俺たちは女同士だし、生徒と教師という関係なんだよ……?」
「フフ、大丈夫よ。だって真美の中身は、私と同い年のオジサンでしょ?」
「ん? んんんん??」
た、確かに??
「だからなんの問題もないわよ」
「んー??」
そうかな???
「――どちらにせよもう私、我慢できないわ。――愛してるわ、真美」
「んふぅっ」
再度香代子にキスで唇を塞がれた。
――この日、俺たちは十五年越しに一つになった。
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