風化
第二次世界大戦が終わって20年。1965年、日本人は既に戦争の記憶が風化し始めていた。
本山五十八(元伊400号潜水艦艦長)も、海上自衛隊の海将になって10年。定年の時が近付いていた。当然谷山や山田も定年間近であった。
自衛隊は若年定年制度を採っており、階級毎に定年の年齢が異なる。一番若くて三等陸海空曹の53歳で、一番階級の上の陸海空幕僚長でも62歳である。
「なぁ、モト?俺達もうすぐ定年だな。」
「あーあ。体は全然ピンピンなのにな。」
「経験の有る者でも定年には勝てないんだな。」
「人件費の問題なんじゃね?」
「あ、それか。」
「とりあえず現行憲法では、先制攻撃は出来ぬ。丘の上の護衛艦や航空機を守るには潜水艦の魚雷が一番早く反撃出来る訳じゃねーか?」
「まぁ、魚雷一発打って、更にどうやって反撃しろって話にもなる訳だが…。」
「専守防衛か…。言葉は格好いいけど、それを実行する現場は命懸けだもんな。」
「最近入隊してくる若者は、戦争を知らない世代がほとんどだろ?"腹をくくる"って精神が無いんだよな。」
「分かる分かる。でもそれって戦争を体験した者にしか分からないモノなのかもしれないな。」
「伊400号潜水艦に乗ってた時を思い出せ。」
「あーあ。ゾッとするぜ。いつ死んでも良いって感じ。」
「米国西海岸まで行けたのはマジ奇跡だったよな。」
「それは俺の操舵が良かったんだよ。」
「いやいや。水雷科の俺達が一日交代で見張ってたからだよ。」
「どっちも神ってたよ。ブラボー、ブラボー。」
「それにしても、おやしお型の潜水艦は優秀だな。」
「あーあ。こいつらも伊400号潜水艦の血を受け継いでるからな。設計段階から俺がチェックしてた。」
「そうなのか?」
「当たり前じゃねーか。日本は原子力潜水艦を持てないんだぞ?ディーゼル潜水艦でも、米国の潜水艦に勝るとも劣らない潜水艦にするには、伊400号潜水艦の血を受け継がなきゃ駄目だと思ったが、その通りになったな。」
「米国海軍との海上演習で見事に空母エンタープライスをしとめた。しかも米国海軍潜水艦隊の猛烈な網を潜り抜けてだ。エンタープライスのけつにおやしおがドルフィンした時は、鳥肌が立ったぜ。アトミカルサブマリン(原子力潜水艦)は音がでかいんだ。おやしお型よりも遥かにな。」