怠慢
「おい、モト!起きろ。交替の時間だ。」
「今日は土曜日だから非番だろ?」
「バカ言え。潜水艦乗りは3交替せいだぜ?知らなかったのか?」
「そう言う事を聞いた覚えはあるな。よし!起きよう!」
「ったく、昔からマイペースな所は変わらねぇな。」
本山が潜水艦乗りになってから3年。階級は大尉に昇進し、この狭く汚い生活にようやく慣れて来た所であった。そんな折り、本山は永山大佐に急に呼ばれた。
「本山です。」
「入れ。」
「今日は何故呼ばれたか分かるか?」
「いえ。」
「君の勤務態度に関しクレームが入てっな。」
「はぁ…。」
「聞けば、貴様は交替時間を厳守していないそうだが?」
「つい、寝坊しちまうんすよ。」
「そんな事では少佐への昇進が遅れるぞ?」
「以後気を付けます。」
「頼むぞ。下がってよろし。」
「失礼します。」
「おいモト、艦長に絞られたか?」
「こんな事ばかりしてると少佐への昇進が遅れちまうとさ。つーか艦長にチクったのタニだろ?」
「さぁな。俺達海軍兵学校出身者にしてみれば、死刑宣告に近いな。マイペースも程程にしとけよ。」
谷山はポンポンと本山の肩を叩いた。
時は1940年5月の事である。本山五十八の青春がようやく始まろうとしていた。
「おい、モト。入浴の支度しなくていいのか?今日は入湯上陸の日じゃねーか。」
「嗚呼。」
「ちょっと酒保行ってくるわ。」
「何だよ。ソワソワしちゃって。」
潜水艦乗りにとっては、入湯上陸は最上の幸せである。「水の1滴は血の1滴」と言う標語が日本海軍にはあったのだが、長期航海において真水の重要性は痛いほど分かっている。上陸には、幾つか種類があるが、日本海軍において入湯上陸があるのは、潜水艦部隊だけである。
「遅いぞ!モト行くぞ。」
「わりぃな。待たせた。行こうか。」
「ついでにさ、何か旨い物でも食って行こうぜ!」
「ライスカレー食いたいな。」
「ライスカレーいいね!それにしよう。」
このライスカレーを食べに行く事で、本山の運命が大きく変わる事になろうとは、夢にも思っていなかった。