鬼神の如く
伊400号に与えられたミッションは、どうにか作戦計画を充分に遂行出来るレベルに達していた。だが、本山は部隊の練度が不充分である事を感じていた。
「米国海軍って、そんなに強いんですか?」
と、ある新品少尉に聞かれ本山はこう答えた。
「日本海軍も弱くはないが、米国海軍は俺達の10倍は強いぞ。」
「戦争早く終わると良いですね。」
「ああ。そうだな。」
その新品少尉は、晴風の副操縦士であった。本山はこいつを死なせる訳にはいかないと、本気で
思ったが、ウルシー泊地への攻撃計画においては、晴風回収の目処は立っていなかった。
「おい、モト?これで良いか?」
「多少のリスクや、死者が出るのは仕方無い。」
本山の決意は嘘っぱちなんかではなかった。
「戦争で死ぬのは良い奴か若い奴と、相場が決まっている。」
この作戦において、晴風は単なる捨て駒であった。そう言いたくはないが、大多数の潜水艦乗組員の命の方が、1機2名の戦死者より大切で尊いものではなかった。誰も死なない戦争など無い。
「俺はな、冷酷非道な大馬鹿野郎だ。」
「モト?いきなりどうした?」
「晴風を見殺しにしようとしている。」
「ランデブーポイントは割り出したぞ?気に病むな。それに、晴風ごと海には潜れんだろ。」
たとえ新兵だとしても、十死零生の特攻に行かせる訳には行かない。とは言え、ウルシー泊地に停泊している米国海軍機動部隊を叩きのめす。その為には鬼神となり一切の情を捨てなければならなかった。
「皆、いつ死んでも良い様に腹くくってるよ。」
「なぁ、タニ?俺は鬼になる。」
「ああ。俺も心を鬼にして、今一度作戦計画を見直してる。」
「戦いの時は近い。」
本山にとって、一生忘れられない激戦の日々が、遂に始まろうとしていた。
「総員戦闘配置。」
米国本土攻撃計画が白紙となった今、大本営は米国海軍機動部隊の壊滅を図るべく伊400号を呉から出港させた。
もう丘に戻る事は無いかもしれない。そんな想いで、本山は艦長として堂々と指揮を執る事にした。昭和19年1月6日の深夜の事である。暗闇の中を潜水せず、航行していた。
「艦長、間もなく晴風放出ポイントに達します。」
ここまでは敵艦船に巡り会わず来れた。そして遂に覚悟を決めて、晴風3機を出撃させた。