6.眠れない夜の話(睡眠不足)
「お願いします……神様魔王様、どうかあの忌まわしき剣を封じてください……」
昨夜、剣術の練習で使った(正しく言えばそれを使うしかなかった)剣が部屋の前に現れてから、俺は一睡もできないほど眠気が消えてしまっていた。
だから今、シャドウの部屋に避難していたのである。
昨晩いなかったはずの花香が、こちらを振り向いて言う。
「宥二さん、見た感じあの剣はないみたいですよ!」
「外も明るいし、もう大丈夫だろう」
「いや……なんか嫌な予感というか、奴がいるような気配が……」
「またミリアさんに勘違いされますよ」
一息置いて、ドアを開けて廊下を見回した。
自分の部屋が開けっ放しだったので、閉めようとした。
奴が床に寝転がっていた。
「はあああああああああ……」
「宥二、魔法を詠唱する時の呼吸はそういう風では」
「違うんだよ! あいつが俺の部屋に! 昨晩ちゃんと閉じ込めたはずのあいつが!」
「まさか、私鎖とロープでぐるぐる巻きにしておきましたよ!?」
すると、そこに丁度よくミリアが走ってきた。
「すみません! 昨日の夜確かに剣を拘束しておいたのですが、鉄鎖も縄も断ち切られてい……て……」
いや、丁度よくはなかった。
その目は何が言いたいんだ、昨日は花香さんと二人でいたのに……って言いたいのか。
目を逸らすな、本当にそう言いたいんだと思ってるのか。
そもそもなんでその発想が浮かぶんだよ。
「そうなんですよ! 今も宥二さんのところにあるんです!」
「もしかしたらシスカ様の仕業かと思ったのですが、一向に口を割らなくて……」
「ほぼ犯人だと決めつけてるときの言い方だよねそれ」
「あの、万が一なのですが、ここにいるモンスター達は違うのですよね?」
「まあ、そうですね。彼らがそのような愚行を働くとは思えません」
「普通疑うなら魔王じゃなくて部下だと思うんだけど」
ミリアは階段の方からシスカを連れてきた。
青ざめているというか、どこか怯えているように見えないこともない……。
「シスカ様、ここですよ。本当にあなたではないのですね?」
「し、してません! 本当に私がしたのではありません!」
「本当なのですよね!?」
「本当にしてません!!」
「ま、まあまあ。シスカ様もそこまで否定しているのですから、誰もこれには触れていなかった、ということでほぼ確実なのだろうね」
「そうですね。前科があるとはいえ、これは冗談では済まされませんから」
「あの……そろそろこの話はやめて、朝ごはんにしませんか? 私、そろそろ」
ぐうううう……。
自分を含めた数名の身体が空腹を訴えた。
「ごちそうさまでした!」
「今日は妙にテンションが高いな……怖いくらいに」
「え? いつもと同じだと思いますけど?」
「魔法を初めて使ったのだから、気分が高揚しているんじゃないかな」
「俺はあいつのせいで落ち込んでるんだけどな。注意を払わないといけない相手が増えたんだ。これじゃあ安らかに眠れないよ」
「……らしいですよシャドウさん」
「お前もだよ花香」
「……も?」
「わ、私は宥二さんのためを思ってお部屋に入っているんですよ! 仮にあの剣が宥二さんの命を狙っているとしたら、私が守ってあげないといけませんからね!」
「まあシャドウよりはいいかもしれないけど……」
「本人の前で発言するべきではないと思うんだけどね……」
朝から騒がしい俺たちに、シスカとミリアの穏やかな視線が突き刺さって恥ずかしい。
花香に構わなければいい話なのだが、どうにも気がかりなのだ。
無視していると何かやらかしそうというのもあるが……。
と、シスカがぱんっと手を叩いた。
「では、今日も訓練を始めましょうか。昨日と同じ装備を使って下さいね!」
……シスカ様、容赦ないっすね。
「まあ、お前はいるだろうなとは思ってたけどさ……」
「宥二さんのためですからね!」
「……何でこんなに集結してるんだよ! 普通一人か二人くらいじゃないのか?」
「でも花香が、人手は多ければ多いほどいい、と言っていたからな」
「それに、安心感を与えるために来るだけでいいって」
この部屋には花香とシャドウに加えて、シスカとミリアまで集まってきている。
来てもらうのは誰でもよかったのだが、この面々が全員集まるとそれはそれで騒がしくて怖いどころの話ではなくなってしまう。
「とりあえず今日は安心ですね。……ではおやすみなさい」
「それ俺のベッドなんだけど」
「私も夜は早めに寝たいので……うぅ……」
「シスカ様……では私はシスカ様を寝かせてあげないといけませんので……」
「その気持ちはよくわかるけど、ここ俺の部屋なんだよ!」
来て早々三人もベッドに横たわり、なんと寝息を立て始めていた。
一体何をしに来たんだこいつら。
……まあ、恐怖心はかなり薄れたからよかったかな。
…………。
「ん? 今何か……」
「今夜も来たのか? ……音も気配もしないけど」
「いる。あいつは今、確実にこっちに向かってきてる」
昨日から散々つきまとわれてきたからか、あいつの気配が人一倍感じ取れるようになってしまったのだろうか。
今は武器庫から浮き出て、廊下を通過しているところ。
「この三人は起こした方がいいのか?」
「一応起こしておいてくれると助かる……無理のない範囲で」
シャドウがうなずくと、彼はまずシスカに手を伸ばし…………すぐに手を引いた。
シスカに手を出したらミリアに消される、というか溶かされると思ったのだろう。
次にシャドウは花香の肩を叩いたが、全く反応しなかった。
「彼女は君が起こしてくれないかな。きっとその方がすぐ起きてくれると思うんだ」
「まさかそんなわけ……いや、あるかもしれない」
俺の震える指先が花香の肩に触れた。
がばっ。
「どうしましたか宥二さん! もしかして敵襲ですかっ!? まさか寝ている私にあんなことやこんなことを」
「あいつが近づいてきてるんだ、だから起きててくれ」
「それしたら何かしてくれたりします?」
「何らかの形で恩返しする可能性があるかもしれない」
「じゃあ仕方がないですね!」
本当に起きるとは思わなかった。
すると、奴の気配がかなり近づいてきていた。
どうやらこの廊下の先にたどり着いたようだ。
「……もうすぐそこにいるから静かにしろよ」
「「…………」」
シャドウはともかく、一言も発さない花香に違和感が。
喋れってわけじゃないけどね。
『……コン』
「「「っ!?」」」
遂に決戦の時が来た。
扉か壁にもたれかかった音だろう。
開けた方がいいのか……それともこのまま待っていた方がいいのか?
二人と顔を見合わせる。
「宥二さんが行くべきだと思いますよ」
「一番その剣と関りがあるからさ」
「魔王の私としてもそうした方が賢明かと思います」
「お前ら俺の身を守りに来たんじゃないのかよ。あと寝てたんじゃなかったのかよ」
「念のため外に逃げられるように窓開けておきました!」
「時間稼ぎくらいならできる。その内に他の兵士を起こすか武器を取りに行けばいいさ」
「大丈夫です、私ならどんな傷でも回復できますから」
「なんで俺が襲われること前提で話すんだよ……これで死んだらお前ら全員呪い殺してやるからな」
ふぅ……ふぅ……覚悟を決めて、ドアノブに手を伸ば
『ガンッ!』
「「「「~~っ!」」」」
なんでなんでなんでさっきまで穏やかだったじゃん軽くノックする程度だったのに突然扉殴ってくるじゃん壊さないでください蹴破らないでください開けてと仰っていただければすぐにでも開けさせて頂きたいと存じましてよ!?
…………こ、今度こそドドアノブ
『コトン……』
「「「「…………?」」」」
あれ、何だか元気なくしてる?
あっ、ごめん、まさかそんなに傷つくとは思ってなくて、その
『ガアンッ!!』
「……チッ」
人前でしたことがなかった舌打ちをした。
そしてドアを開け放った。
「いい加減にしろっ! お前は何やってるんだよ! ずっとドアの前でコツコツガンガンしてさ! 何がしたいんだよ! 何が目的なんだよ!」
「「「宥二(さん)が怒ったっ!?」」」
遂に堪忍袋の緒が切れ、衝動的にドアを開けて剣に怒鳴った。
すると、日頃の鬱憤が溢れ出してきた。
「あのな、俺はここに来るまでもストーカーに追われ続けて、やっとこの世界に来て解放されると思ったけど、もっと状況が酷くなっただけだし、何ならお前とかいうストーカーがもう一人増えたんだよ! しかも腕が変な奴とか魔王らしからぬ魔王とかまでいやがるし!」
「「「…………」」」
「はぁ……はぁ……だから、その、何で俺の部屋に来てるんだ?」
好感度が地に落ちた音がしたが、とにかく今はこいつを問い詰めないと気が済まない。
って言っても、こいつは剣だから話せるわけがないか。
『……お主こそが、初めて我を剣として扱ってくれたからなのだ』
「あ、あの、宥二さん、さっきの話本当ですか?」
『本当だ。元々、この剣は我が生前携えていたもので、ずっと武器庫の奥に閉じ込められていたのだ』
「ゆ、宥二、た、確かに腕が変だということは自覚していたのだが、そこまで醜いとは……」
『酷く辛く、思い出したくないほどだ。我は毎日剣術の鍛錬を重ねていた、それ故に身動きの取れない時間は苦痛に過ぎなかった。そして、お主が我を使ってくれて、数年振りに体を動かせて、とても愉快だった』
「宥二さん、やっぱり……私、魔王としてまだ足りないことがあるのですね? 何がいけないのか、何でも仰って下さい!」
『ただ、お主は我を理解しているというわけではない。同様に、我もまたお主の事は何も知らぬ。だから、今までそうだったように、お主の傍にいようと思ったのだ』
ずっと二方向から話しかけられてきてお互いの話が交ざり合って頭に入ってこない。
というかお前喋れたのかよ……多分自分にだけ聞こえてると思うんだけど。
「なるほど。じゃあ別に俺を殺そうとしていたわけではないんだな?」
『無論。我はお主の命令通りに動く』
「ん……? 宥二さんまさか洗脳されてません!?」
「なっ……! 返事をしないと思ったら、そういう事だったのか!?」
「せ、洗脳を解く方法は……え~っと、その~あああああ……」
「誰が洗脳されてるんだよ! 洗脳じゃない、本当に話が聞こえてるんだよ!」
「あなたはそう思っているかもしれませんが、自分では分からないのですよ! 念のため一旦ちょっとだけでもいいので!」
『主よ、一体どうしたのだ? 信用出来ないかもしれぬが、我はお主を洗脳なんてしていない』
駄目だ駄目だ、収拾がつかなくなってきた。
もうこいつが悪い奴ではないことが確定したから早く帰ってほしいんだけど。
そもそもこういう場面を取りまとめてくれるミリアはなんで何も言わないんだ?
ふとベッドに視線を向けると、そこには原型がわからなくなるほど溶けきった紫色のスライムがあった。
最早怒りすらも沸いてこない。
「もういいもういい! お前らはさっさと自分の部屋に戻っていろ」
「ほ、本当に大丈夫なんですか? 本当に私がいなくても一人で眠れるんですか?」
「うんそれはいらないし逆にお前がちゃんと寝てくれるか心配だよ」
「それよりも……ミリアはどうすればいいんだ?」
「う~ん……こうなると意地でも起きないと思いますし……それに、私もミリアがいないと眠れないというか……」
そう言って、上目遣いで見つめてくるシスカ。
ここ俺の部屋なんだけど、今だけは大人になろう。
本当に魔王らしからぬ魔王だということは、誰の目から見ても明らかだった。
「仕方がありませんね。宥二さん、このベッドは二人に貸して、私と二人で寝ましょう」
「まあそうするしかな……おい」
「では私のベッドで寝るのはいかがですか? 凄く大きいので、三人でも寝れますよ!」
「いいんですか? じゃあお言葉に甘えて……」
ぎゅっ、と花香がシャドウと俺の手を握った。
この女、乗り気である。
しかも三人で。
「花香……お前本当に花香なのか? 今までそんな感じじゃなかっただろ」
「な、なんて失礼なことを言うんですか! 確かに最近、自分でも妙に自信満々だな~とは思ってましたけど」
「……それ、あの杖が何かしらの影響を与えているからではないのか?」
「そうだとしても、明るい性格というのはメリットじゃないですか? そんなことよりも、早く寝ましょうよ。そんなに嫌なら一人で寝ればいいじゃないですか」
今一番お前に言われたくない言葉だよ。
そう言っておいて、結局一人じゃ眠れませんって言うつもりだったのだろうが。
「宥二さんの言う通り、私は宥二さんがいないと寝れませんと言ってベッドに誘おうと思ってましたけども……でもそれを言うことを察してくれたということはもうほとんど合意なのではないでしょうかっ!?」
「……あーはいはいもう俺がどうなってもいいからとにかく寝かせてくれ」
「……あ、あの、本当にいいんですか!? 私、ただ、ちょっとした冗談だったのですが」
「宥二もそれでいいのか!? 今まで頑なに拒んでいたのに……」
「もうそういうことを言ってられないくらい寝れてないしさ……だから……もう……」
今になって突然疲れと眠気が溢れ出し、自分でも気づかないほどすぐに意識を放り投げた。
その時、初めて誰かと一緒に寝たいと思っていた。