5.魔法と呪われた剣(あと魔法少女)
「魔法を扱う前に、まずはどうやって魔法を詠唱するか決めましょう」
「「は~い」」
数十分間魔法に関するあれやこれやをひたすらに話されて、ようやく実践に移ろうとしていた。
あとちょっと遅かったら机に突っ伏して意識を放り投げていたところだ。
「詠唱には主に三つ方法があります。一つは杖を使う方法で、一番オーソドックスなやり方です。この時に用いられる杖は主に……」
……あ、やばい、そろそろ限界かも。
「宥二さん。寝たら私、あなたに色々してしまいますよ」
花香から過去最大の脅しを受けてか、俺の睡魔もすっかり消え失せた。
これでは俺はこの先永久に花香に頭が上がらなくなってしまう。
そしていつかは……考えることすらおぞましい。
可愛い顔してやってることが恐ろ
「今可愛いって言いましたね!?」
「言ってない! 言ってないから!」
「ふむ……やっぱり口で説明するより、武器庫に行って実物を見ながら説明しましょうか。そうした方が、より分かりやすいと思いますし」
つい先日足を運んだばかりだが、その時は女児向けアニメの見た目をしたステッキと、青白い呪われてそうな剣ぐらいしか印象に残っていない。
そのせいで悪霊に取り憑かれてはいないかと不安なのだ。
間違っても俺が魔法少女になるなんて事態にはならないと信じている。
「あっ、そういえば少し気になっていたんですが、シスカさんはどうなりました?」
「ああ……シスカ様は、今頃私の部下に厳しく指導されているところだと思いますよ。きっと心を入れ替えて、真面目に鍛錬を」
『いや~さっきミリアから大目玉頂いちゃいました~。あはは、そうしたらね、シャドウさんが……多分気絶しちゃったんですかね……? い、いえ、大丈夫ですよ! それよりもちゃんとやっていないとまた起こってしまいますから、早く始めましょう!』
カタカタ……ガタガタガタ……。
「……では、この本に後のことは書かれているので、これを見ながら自分で試してみてください。必要があればすぐに呼んでいただいて構わないので……」
メキ……メキメキ……。
「あ、ありがとうございます……」
俺たちはミリアの背後の黒い影を、見えなくなるまで見続けていた。
「よいしょっ。さあ、早速武器庫に行って魔法を振り回してやりましょう! なんなら今ミリアさんが起こした地震以上にすごいやつを!」
あれは魔法ではなくミリア特有の能力というものではないだろうか。
ともかく、花香と俺はまだ震えが収まっていないシャドウを引きずって、見た目だけの大きな門をくぐった。
「……で、結局それしか見つからなかったと」
「えーっと、そのですね、今訓練中じゃないですか。だから、皆杖を持っていってしまったらしく、残っていたのが……この魔法のステッキです」
普通の剣も一般的な魔法の杖もなく、残っていたのは呪われた剣とステッキのみ。
だから三人で回して使おうという運びとなった。
剣は誰も持ってきていないし触れてすらもいない。
シャドウが手に持った魔導書を読み上げる。
「まずは、『自身の身体に流れる生命エネルギーを捉える』ところからだね」
「「…………?」」
「そうしたら『手の先にエネルギーを集中させて道具に流し込み、魔石の内部で魔術へと変換させ』」
「ああもうじれったいですね! 要は自分の力でやればいいんでしょう!? 私もうしちゃいますからね!」
花香の堪忍袋の緒が切れた!
というかそんな適当に魔法って使っていいのかよ!?
「待て! そもそもそれで魔法が詠唱出来ないのかも分からないんだぞ!」
「知りません! あ、えーっと、何にしよう……ああもう適当です! マジカルラブミサーイルっ!!」
キュイイイイイイイイイイ……ズガガガガガ!!
「えっ?」
「ええっ!?」
「えええええ!?」
…………。
「ど、どうですか! これが私の底力です! はい!」
「「……えっ」」
「あ、あの! 花香さん、今一体何を……?」
耳をつんざく爆発音に、訓練中もしくは説教中だったミリアとシスカ、そして他モンスターたちが飛んできた。
「ち、違うんです! べべべ別に魔王軍に宣戦布告とかそういうわけじゃないんですよ! なんとなくで思いついた魔法の名前を言っただけなんですよ! あ、あの……」
「……素晴らしいです! あなたにはそれほどの才能があったのですね! 今すぐにでも我が軍隊に……いえ、四天王の一人としてご活躍して頂きたいです! ぜひ! ぜひっ!!」
ピンク色のミサイルで地面に大穴をあけた花香、自分でもわけがわからないまま持てはやされている。
そしてそれを呆然と眺めるシャドウと俺。
花香は魔法少女になる資格を得た、と一瞬で察した。
自分じゃなくてよかった、と俺たちは思った。
「宥二さん、私魔法の才能がありますよ! それすなわち、私が最強ってことになりますよね!? ね!?」
「近い近い目力強すぎ。というか、今の魔法は今考えたのか?」
「いえ、昔見てたアニメでそういうものがあって」
名前からすると、やはり女児向けのアニメで使われたものだろう。
ミサイルという要素は似合わない気もするが。
「花香さん、あんな魔法は今まで見たことがありません! 一体どのように詠唱なさったのですか!?」
「い、いや、その、特別なことは何もしてませんよ? 頭の中で、こういう魔法だったなあって考えながら言っただけです!」
「たったそれだけであれを!? いや、もしかしたらそのステッキが原因で……?」
花香は両手を振って否定している。
ちなみに、例のステッキは現在彼女の前に翼をはためかせて浮遊している。
いつ生やしたのかも、本当にそれで浮いているのかもわからない。
「とりあえず、これは……宥二さん、次やっていいですよ」
気は進まないが、同じように試してみることにした。
「え、えっと……何言ってたっけ」
「マジカルラブミサイルですよ。さあ、大きな声で力強く!」
「……ま、まじかるらぶみさーいる……」
……しかし、何も起こらなかった。
「ふむ、恐らく魔法を詠唱することへの想いが足りなかったのだと思います。しっかりとイメージすることが大切ですよ。それではもう一回」
これ詠唱成功するまでずっと言わせる気だな。
「……ま、マジカル」
「もっとはっきりと! パワフルに!」
「マジカルラブミサーイル!!」
ひゅ~ん……ぽんっ。
こいつへし折ってやろうか。
「……爆竹より弱い」
「シャドウ、お前もやってくれるよな?」
「ッ! ぼ、僕の推測によると、きっとこの杖は使用者を選ぶんだと思うんだ! だから花香のときは上手くいったが、宥二のときは上手くいかなかったんだ! そうに違いない!」
この辱めから逃れようとするシャドウに容赦なく圧をかける花香、シスカ、そして俺。
いくら正体不明のお前でもこの圧力には敵わないだろう。
「……分かりました……」
終始笑顔を保った花香を見るに、多分こういうことに慣れているんだろうな。
ステッキを受け取ったシャドウは、まっすぐ前を見据えた。
「マジカルラブミサイル!」
……やはり、何も起こらなかった。
「僕の言った通りじゃないか! この杖は人を選ぶって!」
「まあまあ、少なくとも私なら扱えるということがわかったのでよかったじゃないですか! これからこのステッキは私のものですね!」
「そうですね。その杖は花香さんにあげましょう。あと残っているのはあの剣ですが……」
「それより先に俺に魔法を教えてくださいあの剣に触りたくな――」
すると、そのとき背中に冷気が流れ込んだ。
気味の悪さに後ろを振り向くと、そこにはミリアが例のブツを持っていた。
「剣の扱いにも慣れておいたほうがよろしいかと……すみませんね、丁度空きがあったのがこれだけでして……」
待てシャドウ、お前ちょっとどころじゃないくらい遠くないか?
花香も何でミリアの背後に隠れてるんだよ、半透明だから透けて見えてるんだよ。
……いや、他の奴らも全員離れてる。
何だこの統率力の高さは、流石魔王の親衛隊といったところか。
「お、お前ら覚えてろよ! 俺じゃなくお前らが呪われるかもしれないからな!」
「憑かれるのなら宥二さんだと思いますよ」
「では訓練を続けましょう……宥二さんは別で」
やり場のない憤りを抑えて、ミリアと一対一で練習することにした。
遠くで花香の放つピンクの光に劣等感を抱きながら。
「……物騒すぎて印象に残ってるんだろうな……」
あの後特に悪影響もなく訓練を終えた俺は、夕食を終えて今は風呂が沸くのを待っているところだ。
何故この世界に風呂があるのかシスカとミリアに聞いてみたら、
『それ以上言うと……いいですね?』
『ああ、人間の国から伝わったのですよ。この国は水が豊富なので、国の皆さんも楽しんでいますよ』
と言っていたらしく、邪推するようなことはなかった。
「まあまあ、深く考え込まない方がいいですよ。お風呂に入れるという事実を喜びましょう!」
お前みたいに楽観できるやつが羨ましいよ。
「それにしても、宥二さんの剣さばきは上手でしたね。どこかで習っていたりします?」
昔親に連れられて剣道をしていたが、まさか本物に触れることになるとは。
「人生何が役立つかわからないものですからね!」
「あと、さも普通のことのように部屋に上がり込むな!」
「あ、お風呂一緒に入りたいですか?」
「話が飛躍しすぎだろ! ……で、そう言われて本当に入る奴がいると思うか?」
「……そ、そうですよね!」
……えっそれちょっとどういうことですか。
からかうためだけに言ってみただけですか。
「えへへ……」
「う、うん……?」
…………すっ。
「じ、じゃあ先に入りますね! 入ってこないでくださいね!?」
「だっ、誰が入るか!」
意味のない会話をとっさに切り上げた花香がドアノブに手をかけた。
その時。
ガタン。
「わっ!」
「なッ!?」
少しだけ開かれた隙間から、あの青白い色が倒れてきた。
花香が部屋に入ってきたときにはなかったはずなのに。
確かにあの中へ保管しておいたはずなのに。
三回くらい戻ってちゃんと固定されてるか確認したくらいなのに。
「呪われてる……俺は完全に呪われてるんだ……」
「ゆ、宥二さん、きっと誰かのいたずらですよ! まさかこの剣が勝手にここまで来たなんてこと……ありえませんよ、多分……」
「あー……ネクロマンサーとかでいいから何とかしてくれる奴はここにいないのか?」
この剣をどうにかしないと、翌朝には俺の首と胴体が分離されているかもしれない。
一刻も早くこいつを封印しないと。
「ちょっとシスカに聞いてくる。お前はさっさと風呂入ってろ」
「念のため私も行きますよ! あ、剣は宥二さんが持ってくださいね!」
俺は柄をつかんで、シスカがいる広間へと走った。
彼女は驚いたような顔をしたが、剣を見つけた途端に青ざめた。
「すみません! 俺の部屋の前にこんなのが置いてあったんですが! 除霊してもらえないでしょうか!?」
「えっ、それは確かにしまっておいたはずなんですけど……」
「そのはずなんですけど! 何故か! 勝手に動いてきたんですよ!」
「わ、分かりました! 事情は分かりました! だから近付かないで下さい!」
すると、騒ぎを聞きつけたミリアが事情を尋ねてきたので、同じことを説明した。
「なるほど。生憎ここには対処出来る者はいませんから、都市に戻って専門家に頼まないといけませんね……。現段階では応急処置程度の事しか出来ませんが、それでもいいですか?」
「それでも対処できるならお願いします! ただでさえ花香って奴のせいで夜も安心して眠れないんです!」
「あのちょっとそれどういう」
「あと、これからの剣術の練習には、新しいものを本国から送ってもらいましょう」
これで一件落着といったところだろう、物わかりが良い側近で助かった。
例の代物をミリアが奥へ持っていったのを見て胸を撫で下ろした……が。
ぎゅっ。
「じゃあこれで安心して、お風呂に入れますね!」
「あっ……では私はお皿を洗わないといけないので……」
これで全ての悩みの種がなくなったわけではないのである。